茨城大学学術研究院応用生物学野の小松﨑将一教授(グリーンバイオテクノロジー研究センター長)らのグループは、東京農工大学大学院農学研究院生物生産科学部門の杉原創教授および京都府立大学大学院生命環境科学研究科の矢内純太教授らと共同で、日本の代表的な火山灰土壌である黒ボク土壌におけるダイズ栽培を対象に、アメリカ・コーネル大学で開発された土壌健全性評価の枠組みを日本の土壌条件に合わせて再構築した評価指標を用いて、不耕起・カバークロップ(被覆作物)・バイオ炭施用を組み合わせた管理体系を対象として評価しました。これらは、環境再生型農業で重視される要素です。あわせて温室効果ガス排出との関係性を解析しました。
その結果、不耕起栽培は耕うんを毎年行う体系に比べて土壌健全性を維持しやすく、さらにカバークロップやバイオ炭を組み合わせることで、土壌有機炭素の維持、生物性の改善、温暖化影響の低減につながる傾向が示されました。また、総合的な土壌健全性スコアの高い管理区ほど正味地球温暖化ポテンシャルが低い傾向がみられました。
本研究は、日本の農地条件に即して、土壌の総合的な健全性と温室効果ガス排出との関係性を評価した点に特徴があります。
本研究成果は、Springer Natureのオープンアクセス誌Scientific Reportsに掲載されました。
背景
土壌は、作物生産の基盤であるだけでなく、水や養分の保持、微生物の生息環境の形成、炭素の貯留など、多面的な機能を担っています。近年、こうした機能を総合的に捉える概念として「土壌健全性(soil health)」が国際的に注目されています。これは、単に病害に強いことや肥沃度が高いことだけを意味するものではなく、土壌の生物的・物理的・化学的機能が総合的に健全である状態を示します。本研究代表者の小松﨑教授や共著者の矢内教授が委員として参画した2026年3月の日本学術会議土壌科学分科会でも、「Soil Health(土壌の健康):国民的理解と持続可能な管理のイノベーションの推進」と題した報告がなされました。
また、近年は、海外を中心に、土壌炭素の貯留や生物多様性の回復、温室効果ガスの削減を通じて農地の多面的機能と持続性を高める環境再生型農業(regenerative agriculture)への関心が高まっています。しかし、日本の農地条件で、その効果を土壌健全性と気候変動緩和の両面から評価した研究は限られていました。
小松﨑教授が所属する茨城大学農学部附属国際フィールド農学センターの長期試験圃場では、環境再生型農業の方法を取り入れた栽培実験と気候変動緩和への影響評価を長年にわたって続けており、本研究もその特性を活かしたものです。
研究概要
本研究では、茨城大学農学部附属国際フィールド農学センターの長期試験圃場(黒ボク土壌)におけるダイズ栽培を対象に、環境再生型農業の代表的な管理手法である不耕起・カバークロップ・バイオ炭施用の組み合わせについて、土壌健全性に与える影響を評価しました。そのうえで、こうした管理手法の違いと土壌健全性と土壌炭素、作物生産、温室効果ガス排出との関係を解析し、土壌機能の改善と気候変動緩和との関係を検証しました(図1)。
研究手法・成果
本研究は、長期継続試験圃場を用い、2017年、2020~2022年の計4年間にわたり、代表的な穀物であるダイズの栽培を対象に実施しました。評価にあたっては、アメリカ・コーネル大学で提案されてきた土壌健全性評価の枠組みを参照しつつ、容積重が低く、アロフェンなどの非晶質鉱物に富む日本の黒ボク土壌に適した評価値を設定しました。具体的には、土壌容積重、貫入抵抗、団粒安定性、有効水分、土壌有機炭素(SOC)、活性炭素、基質誘導呼吸、β-グルコシダーゼ活性、pH、電気伝導度、硝酸態窒素、交換性塩基などを測定し、それぞれをスコア化して総合的な土壌健全性指標を構築しました。また、各管理区における土壌炭素蓄積量や温室効果ガス排出量との関係を解析し、土壌健全性指標と環境影響指標を統合的に評価しました。
土壌健全性評価では、不耕起区とプラウ耕区およびロータリー耕区とを比較した結果、不耕起区が他の耕区に対して高い総合土壌健全性スコアを示しました。これは、土壌攪乱を抑えることで、土壌構造や土壌生物の活動が維持されやすくなるためと考えられます(図2)。また、カバークロップについては、カバークロップのバイオマスと土壌健全性スコアとの間に正の相関が認められ、有機物供給と土壌表面保護を通じて土壌機能の安定化に寄与することが示唆されました。さらに、バイオ炭施用区において生物性スコアや総合スコアの改善が確認され、土壌中の炭素保持や微生物活動の場の形成に寄与した可能性が示されました。また、特に土壌有機炭素(SOC)が物理性・化学性・生物性を横断的に支える中心的な指標であることも示されました。
さらに、各耕区において温暖化緩和効果を示す正味地球温暖化ポテンシャル(GWP)を測定したところ、総合土壌健全性スコアが高い耕区ほど、正味地球温暖化ポテンシャルが低い傾向が認められました。これは、不耕起・カバークロップ・バイオ炭の組み合わせによる持続的な土壌管理が、気候変動緩和に寄与する可能性を示しています(図3)。
一方で、収量や生産量は年次変動の影響も受けており、土壌健全性の向上が直ちに最大収量へ結びつくとは限らないことも示されました。
今後の展望
本研究により、海外で提案されてきた土壌健全性評価の枠組みを参照しつつ、日本の黒ボク土壌の特性に合わせて検討した評価手法が、管理方法によって異なる環境的意義を比較するうえで有効であることが示されました。特に、不耕起・カバークロップ・バイオ炭施用を組み合わせた管理は、土壌有機炭素の維持、生物性の改善、温室効果ガス排出の抑制に寄与する可能性があり、環境再生型農業を支える有望な管理体系として期待されます。
本研究は、日本においても環境再生型農業の効果を土壌健全性と気候変動緩和の両面から評価できることを示したものであり、その普及と実装に向けた科学的基盤を提供する成果です。今後は、他地域や他作目にも適用範囲を広げ、日本の土壌条件に即した土壌健全性評価体系の発展を目指します。さらに、土壌健全性の診断を基盤として、炭素貯留や温室効果ガス削減を組み込んだ持続的農業の実装につなげていくことが期待されます。
論文情報
- タイトル:Soil health improvement and climate change mitigation in soybean agroecosystems
- 著者:Ratih Kemala Dewi(インドネシア・ボゴール農科大学)、Qiliang Huang(中国・中国農業大学)、Rahmatullah Hashimi(米国・Texas A&M University)、杉原創(東京農工大学)、矢内純太(京都府立大学)、坂上伸生(茨城大学)、小松﨑将一(茨城大学)
雑誌:Scientific Reports - 公開日:2026年4月2日
- DOI:10.1038/s41598-026-45849-8