メカノケミカル反応で機能性水素材料を開発
水素含有量増大と格子ひずみ導入で触媒活性を大幅に向上

 理化学研究所(理研)開拓研究所小林固体化学研究室の小林玄器主任研究員、竹入史隆研究員(研究当時、現近畿大学理工学部理学科化学コース講師)、東京科学大学総合研究院元素戦略MDX研究センターの北野政明教授、量子科学技術研究開発機構の大和田謙二グループリーダー、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の森一広教授(茨城大学学術研究院応用理工学野教授)らの共同研究グループは、メカノケミカル反応を用いることで、負の電荷を持つ水素“ヒドリド(H)”を多量に含む遷移金属酸水素化物を開発し、触媒活性の大幅な向上に成功しました。
 この結果は合成・機能・解析のいずれの観点からも興味深く、Hを含む機能性材料の新たな開発指針となる成果といえます。
 今世紀初頭から、Hを含む酸化物(酸水素化物)の有用性に関する報告が増加しており、その代表例である水素化チタン酸バリウム(BaTiO3–xHx)は、触媒やイオニクス材料としての応用が期待されています。そのH量の上限(2種類以上の元素が溶け合うことができる限界の比率である固溶限界)は0.6(結晶の中で陰イオン全体でH量は2割)程度にとどまっていました。
 今回、共同研究グループは、メカノケミカル法を用い、同物質のH固溶限界を1まで拡張することに成功しました。得られたBaTiO3–xHxはアンモニアを合成する触媒として従来の3倍を超える高い活性が得られました。また、本合成法では、従来法で得られた酸水素化物と比較して10倍もの格子ひずみ(結晶格子が歪むことで原子間の距離や角度が変化した状態)が存在し、それが高い活性に寄与していることも分かり、触媒活性の向上につながる新たな因子を捉えることができました。
 本研究は、科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版(7月1日付)に掲載されました。

背景

 水素は最も身近な元素の一つですが、正の電荷を持つプロトン(H+)と負の電荷を持つヒドリド(H)の両方の電荷を取り得るなど、他の元素にはないユニークな特徴を持っています。小林主任研究員らのグループは、電池材料の研究を通し、Hが価数、サイズ、柔らかさ(分極率)などの観点から、高速拡散に適したイオン種であること、Hの強力な還元力が物質変換や高エネルギー密度の電池に応用できる可能性があることに早くから着目し、Hを含む機能性材料の開発に取り組んできました。

 今回研究対象とした水素化チタン酸バリウム(BaTiO3–xHx)は、2012年にイオン交換反応によって初めて合成が報告されたペロブスカイト型構造を取る酸水素化物であり、そのHと電子の混合導電性や触媒機能が注目を集める物質です。しかし、従来の合成法ではH量の上限(固溶限界)は0.6程度で、結果として機能性材料としてのポテンシャルも十分には発揮されていませんでした。小林主任研究員らのグループは2021年に、機械的エネルギーを化学反応の駆動力としたメカノケミカル合成が遷移金属を含む酸水素化物の合成に適用できることを世界で初めて報告しました1。今回、共同研究グループは、同法を用いて得られたBaTiO3–xHxにおける水素固溶限界の調査、その触媒活性への影響、同法の生成物に特有な格子ひずみの実験的な観測に取り組みました。

研究手法と成果

 本研究ではまず、メカノケミカル法を用いて得られたBaTiO3–xHxにおける水素固溶量(H量、すなわちBaTiO3–xHxx)を調べました。その結果、最大でx=1の仕込み組成(BaTiO2H)まで不純物なくペロブスカイト構造が得られました。その生成物の詳細な結晶構造を調べるため、大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設に設置された中性子回折装置「SPICA」で粉末中性子回折測定を実施したところ、反応時に調整した原料比に基づく濃度のHがペロブスカイト構造内に存在することが明らかとなりました。昇温ガス分析などの化学分析からも、それを支持する結果が得られています。

 BaTiO3–xHxは既知物質ですが、従来のイオン交換反応による合成では、先に指摘した通り、H量の上限(固溶限界)は低水準にとどまっていました。今回得られた結果は、その固溶限界を大幅に拡張したこととなります。その起源を考えるため、H量を変化させた化学組成における第一原理計算を実施し、その安定性を評価しました。その結果、今回得られたH量の組成も熱力学的に十分に安定であり、適切なプロセスを選べば合成可能であることが示されました。また、さまざまなH量のBaTiO3–xHxを合成し、その安定性を熱重量分析で調べたところ、x≥0.75の組成領域では、100ºC前後から酸化反応、すなわち水素の脱離反応が起きることが分かりました。これらを総合すると、今回共同研究グループが高いH濃度のBaTiO3–xHxの合成に成功した理由は、非加熱で化学反応が進行するメカノケミカル合成の特徴にあると考えられます。この知見は、今後のHを含有する機能性材料の探索においても重要な指針となります。

 続いて、メカノケミカル合成によって得られたBaTiO3–xHxのアンモニア合成触媒活性を評価しました。H量が多い組成ほど高い触媒活性が観測され、x=1(BaTiO2H)では温度400°C、ガス圧力0.9メガパスカル(MPa、1MPaは100万パスカル)の条件において、最大34mmolg–1 h–1(1gで1時間当たり34mmolのアンモニアが発生)の活性が得られました(図1)。これは代表的な酸水素化物系触媒であるBaCeO3–xNyHz注2)に匹敵する、極めて高い値です。この結果は、Hの固溶限界拡張が触媒機能の向上に寄与したことを示しています。

<strong>図1</strong> BaTiO3–xHxのアンモニア合成触媒活性

 また興味深いことに、合成法の違いによって同じH量においても触媒活性が大きく異なる現象が見られました。具体的にはx=0.5(BaTiO2.5H0.5)において、メカノケミカル法で得られた生成物は従来のイオン交換法で得られたものと比較して、比表面積(単位質量当たりの表面積)が同程度であるにもかかわらず3倍ほど高い活性を示しました。そこで、大型放射光施設「SPring-8」のビームラインBL22XUにおいて、両者の1粒子の状態を比較できる、ブラッグコヒーレントX線回折イメージング(Bragg-CDI)実験を行い、試料の結晶内部の詳細な解析をしました。その結果、メカノケミカル反応の生成物には、イオン交換法で得られるものと比較して10倍もの格子ひずみが内包されること、また変位方向が逆向きに異なる滑り面(図2上段)の存在も示唆されました。触媒分野においては、合成法によって表面状態が異なれば活性が異なることは自明とされていますが、本結果は、表面のみならず、粒子内部まで有意な格子ひずみの差が観測されており、それが水素化触媒反応にどのように寄与するか、という点は今後の解明が待たれる興味深い知見です。

<strong>図2</strong> Bragg-CDI法で調べた1粒子の状態比較

今後の期待

 本研究では、非加熱合成プロセスであるメカノケミカル法がヒドリド(H)を含む機能性材料の合成に極めて強力な手法であることが明らかとなりました。今回は既知物質における水素固溶限界の拡張に取り組みましたが、今後は同法による全く新しいH含有化合物、触媒はもちろん、小林固体化学研究室が得意とする電気化学デバイスにおける電極材料などの開拓が期待されます。

論文情報

  • タイトル:Mechanochemical Synthesis of H– Materials: Hydrogen-Rich Perovskite Oxyhydride with Lattice Strain as Ammonia Synthesis Catalyst
  • 著者名:Fumitaka Takeiri, Norihiro Oshime, Shibghatullah Muhammady, Tasuku Uchimura, Hiroshi Yaguchi, Jun Haruyama, Akihiko Machida, Tetsu Watanuki, Takashi Saito, Kazuhiro Mori, Kenji Ohwada, Masaaki Kitano, and Genki Kobayashi
  • 雑誌:Journal of the American Chemical Society
  • DOI:10.1021/jacs.5c04467

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