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公開拡大FD「現場が動きだす大学教育のマネジメントとは」
―学ぶ人の変化を捉えた「質」の議論、「適応」と「抵抗」の目利き

 98日(金)、「現場が動きだす大学教育のマネジメントとは『学修の質保証』への転換」と題した公開拡大FDFaculty Development:教育力を高める実践)を実施しました。当初ハイブリッド形式で実施の予定でしたが、台風の影響により、全面オンラインでの実施に切り替え、当日は学内から約100人、学外から約150人が参加し、活況を呈しました。

公開拡大FD配信動画

 茨城大学では今年5月、独自の教育の質保証の取り組みについてまとめた一般書籍『現場が動きだす大学教育のマネジメントとは茨城大学「教育の質保証」構築の物語』(太田寛行嶌田敏行編、「茨城大学コミットメント」プロジェクト著)が技術評論社より発刊されました。

現場が動きだす大学教育のマネジメントとは

 茨城大学では、各種学修データをもとに ①教員個人、②学科・コース等、③学部、④全学 という4つの階層それぞれで議論を行い、教育改善を行う独自の質保証の仕組みを2017年度に構築しました。ディプロマ・ポリシー(学位授与の方針)に基づいた学生・卒業生の学修達成度評価では、卒業時の達成度の割合が年々向上するなどの結果が見られており、学生の学びの実感をベースとしたこれらの取り組みを積極的に発信しています。

 今回の公開拡大FDは、本学の取り組みを題材にして、高等教育論の専門家や中等教育の関係者を交えた議論を行うことで、本学の教職員による理解を深めるとともに、他の教育機関の方にはそれぞれの実践に活かせる視点を提供することを目指しました。

今月の公開拡大FDのチラシ 今回の公開拡大FDのチラシ

 前半の基調講演では、教育社会学、高等教育論が専門の名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授の丸山和昭氏が、「大学の質保証の社会的意味と課題」と題して話をしました。
 丸山氏はまず、大学教育の質保証が求められる背景について、国内外の歴史的な経緯なども踏まえて説明。その中で、「公的資金の投入に対して成果を求める政治的・経済的・社会的要請や、商用の大学ランキングなどにあらわれる外的な説明責任要求に対する、各大学の抵抗と適応の形としてそれぞれの質保証のあり方が形作られてきた」という見解を示しました。

fd03 続いて、大学教育の質保証の難しさとして、質の概念がきわめて多様であること、政策的な野心と現場の実態が乖離しやすいことなどの点を指摘。一方で、マネジメントに対する教員の「抵抗」は、各分野の教育専門性に基づく裁量の要求というより、学生の発達過程に対する教員間あるいは教員と質保証制度との間の共通理解の不足によるものではないかという視点を、先行研究をベースに示しました。
 それらを踏まえ、丸山氏は、茨城大学の質保証の実践における注目すべきポイントとして、①ボトムアップを重視した内部質保証システム、②学修データに関するボトムアップ型の「弱い活用」、③入口から出口までの体系的な学生調査の整備、④一部自動化を含む現場のニーズに応じた迅速なフィードバック体制、⑤大学教育の質保証×理念の共有とPR という5つを挙げ、「ボトムアップのアプローチにより、教員の考える教育の質と組織が考える教育の質のずれを埋めるのに有益な取り組みだと思う。ディプロマ・ポリシーで示した理念の共有を軸にして、それをうまく拡大し、活用している点も共感できる。学修達成度の持続的な向上は、こうした取り組みの成果ではないか」と語りました。

 基調講演のあとは、本学の太田寛行学長と全学教育機構の嶌田敏行教授が、茨城大学の取り組みについて改めて解説しました。
 その中で印象的だったのは、嶌田教授の報告の中の2つのリアルタイムアンケートです。
 ひとつめの質問は、「貴学(もしくはある学部)のディプロマ・ポリシーを挙げてください」というもの。下の図は左が茨城大学からの参加者、右が他の大学等からの参加者の回答結果です。茨城大学からの参加者については「一言一句違わず挙げることができる」「ポイントのみであれば挙げることができる」という回答が7割を示しており、同じ項目の回答が約半分に留まる他機関からの参加者に比べて高いことがわかります。

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 続いて、「所属大学(学部)で授業レベルの点検活動を行っていますか」という質問については、下の図のように、左の茨城大学は「データを見ながら授業点検・改善活動ができている」という回答が100%となりました。嶌田教授は、「茨城大学では自己点検・評価の実施が教員評価の項目のひとつになっているということが影響していると思うが、仕組みとして定着していることがわかる」と話します。

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 さらに、カリキュラム・レベルの点検活動の有無について聞くと、他機関の差がより明確にあらわれました。これはまさに、4階層の点検・改善をルーティンとして組み込んでいる「茨城大学の最大の強み」(嶌田教授)と言えそうです。
 嶌田教授は、「茨城大学は全国的に見ても特色ある取り組みをしている。大学の売りは質保証というより、先生の授業だと思うが、それを支え、改善につなぐことができる質保証システムとして、他大学のみなさんの参考にもなれば」と話しました。

 後半は、丸山氏と太田学長、嶌田教授に加えて、茨城県立勝田中等教育学校の下山田芳子校長、教育事情などに詳しいライターで、『現場が動きだす大学教育のマネジメントとは』の執筆のサポートも担当した高橋盛男氏が参加し、中等教育の変化を踏まえた教育の「質」のあり方と、ボトムアップ的な質保証を進めるための人材や組織についてという2つの論点で議論が繰り広げられました。

 勝田中等教育学校では、嶌田教授が学術顧問を務めており、同校のポリシー活用などの取り組みに関わっています。
 下山田氏はまず、「今、大きな生徒の変化が起きている」と指摘。そのポイントとして、①生まれたときから情報を取捨選択して育っており、日本の教育への批判的視点も含むメタ認知が高くなっていること、②年内で完了する大学入試の受験者が増えており、「浪人」をしなくなってきていること を挙げました。年内で完了する入試は、たとえば国立大学の学校推薦型選抜や総合型選抜など、認知能力よりも非認知能力の活用が問われるものが多いことから、下山田氏は、「高等学校が非認知能力の育成に向けていよいよ本気で取り組まないといけない。全員参加型の活動を見直したり、体験やアウトプットの機会を増やしたりするなど、学校全体で取り組むにあたって、ポリシーもツールにして考えていきたい」と語ります。

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 一方、高等学校の変化は、丸山氏が「そうした経験と能力を備えた高校生が入ってくるのだということを大学は考えないといけない」と言うように、大学・高等教育の変化を問うことに直結します。
 丸山氏は、「学生の満足度は、大学に対する事前の期待度と入学後の事後評価で決まる。入学者の事前期待が変わるとすれば、ディプロマ・ポリシー自体を変えるのか、それとも維持したまま解釈や授業の内容で対応していくのか、質保証の議論から言えば、そうしたことが問われてくる」と指摘しました。
 この点については下山田氏も、「私たちも、子どもたちが何を学びたいか、何を大学に求めるかが変わる中で、『入りにくさ』で大学の価値を語れなくなり、従来のようなコミュニケーションでは、すり合わせができなくなってきていると感じる。中学や高校の段階で、研究室を週1回訪れるような機会をつくるなど、大学の手を借りてコミュニケーションをとりながら、子どもたちが大学で何を学ぶかを考えられるような取り組みが必要になるのではないか」と提案しました。
 これらの指摘や提案を受けて太田学長は、「結局は高校生たちが何を望んでいるかを的確に把握し、適正にプログラムを提供するという、私たち本来の職務に徹するということでもある。それをまさに真剣に考えられるかどうかだ」と語りました。

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 質保証を担う人・組織の問題については、まず高橋氏が本学の取り組みから、「茨城大学の取り組みでは、IR室の立ち位置が興味深い。私は市民活動の支援を行っており、そこでは別々の団体同士をつなぐ『中間支援』という役割があり、互いの間を行ったり来たりしながら、それぞれの考え方や持っているアセット、共通の目標や課題を理解し合うところから進めていくが、茨城大学のIR室の取り組みも、それと似たところがある」と語りました。
 この点について、丸山氏は、「経営学では、起業などで外の世界と中の世界をつなぐ『境界連結者』がイノベーションを起こす意味でも必要とされる。質保証の担い手についても境界連結者の役割が求められるのでは。そこにさらにICTの知識が伴えば、つないだ結果を迅速なコミュニケーションに結びつけることができる」と話します。
 その上で、「外部環境への適応は必要だとしても、過剰適応は経営を危うくするとも言われている。大学で言えば、『ここまでは適応しないといけないが、これ以上については大学らしさを保たないといけない』という振り分けの目利きができる人が必要であると強く思う」とも指摘しました。

 このように、学ぶ人の変化を捉えながら、初等・中等教育、高等教育、生涯学習という枠を超えて教育の「質」について考え、議論することと、外部環境への「適応」と「抵抗」の目利きができる「境界連結者」が、各現場で質保証の実践を担えること という2つの重要なポイントが確認された今回の公開拡大FD。
 太田学長は、「現場では、学内という範囲内であれば学生の学びや成長を把握することができるし、そのための実務に日々専念せざるを得ない。一方で、そもそも入ってくる人がどんどん変わっている状況をどう認識し、理解して教育の成果を見ていくかについては、トップダウンの視点ももって、FDなどでしっかり対応していかなければならない課題だ」という認識を示しました。

 茨城大学では今後もこうした議論を学内外において積極的に行っていくとともに、今回指摘のあった、「質」の議論をベースとした中等教育や社会との接続の取り組みなどをしっかりと進めていきます。

(取材・構成:茨城大学広報室)