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建築家の遠藤克彦教授が設計を手がけた大子町役場の新庁舎が完成
―茨城県産木材だけの純木造建築「一歩踏み込む設計者に」

photo_1 建築家の遠藤克彦さん。大阪中之島美術館の設計などを手がけた遠藤さんに、昨年(2021年)茨城大学の教員という新たな肩書きが加わった。現在、大学院理工学研究科/工学部の都市システム工学専攻/同学科の建築デザインプログラムで教鞭をとっている。
 茨城大学と関係をもつようになったのは、先月(20227月)竣工した大子町役場の新庁舎の設計がきっかけだったそう。その完成記念内覧会を訪れ、遠藤さんに話を聞いた。

photo_2.jpg 大子の町を見下ろす小高い丘。かつて県立大子第二高等学校があったその場所に建てられた2階建ての新庁舎に入ると、立ち込める木の香りとともに、壁のない広々とした空間に林立する、高い柱の姿に圧倒される。それぞれの柱は、低い位置から天井に向かって急な傾斜で4本の方杖材(柱と梁をつなぐ斜めの木材)が伸びており、それはまさに木が枝を広げるような佇まいだ。訪れる人は林の中を歩いているような感覚へと誘われる。

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「大子は八溝山を抱える林業のまちですから、ここで純木造の庁舎をつくることが大切でした」と遠藤さん。この庁舎の建築に使われた木材はすべて茨城県産。地域の資源を最大限生かし、将来世代へとつなぐこの庁舎ができるまでは紆余曲折があった。

 遠藤克彦建築研究所のプロポーザルが大子町役場新庁舎の最優秀プランとして選定されたのは2018年のこと。しかし、その後選挙で新しい町長が選ばれ、計画は見直し。さらに2019年の台風第19号による水害などを経て、計5回も基本設計を行うという難儀なプロジェクトとなった。

「当初は川に囲まれた旧庁舎の隣につくる予定で、住民のみなさんとのワークショップや職員の方々へのヒアリングを重ねてきました。ところが台風で庁舎が浸水してしまって、場所の選定からやり直しになった。僕の人生でも5回の基本設計、というのは初めてです。おかげさまでずいぶんタフになりました(笑)。でもこの場所になったことで設計の自由度は増して、最初に出てきたいろんなニーズも柔軟に取り入れることができました」。

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 最初は鉄骨造のプランだったが、茨城県からの提案を受け、県産材を使った純木造の設計にシフトした。また、場所が低地の市街地から高台へと移ったこともその決定を後押しした。「当初は市街地だったので、機能を集約させて移動の利便性を追求する『道の建築』を目指していました。それが高台に移ったことで、今度は丘には丘にふさわしい、『森の建築』のしつらえを考えるのが建築家の仕事と思って取り組みました」。また、大子町の人たちも実は木造を望んでいたのではないかということも遠藤さんは感じ取っていたという。

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 とはいえ、使用する木材は体積にして約900立方メートル。とてつもない量だ。遠藤さんは県や林業組合などと連携しながら、材料の調達とトレーサビリティ(生産・流通情報の透明性)の確保に全力を尽くした。加えて、庁舎として必要な高い耐火性、耐震性、高齢者住民が多い町の役所としての利便性やバリアフリーにも苦慮し、純木造の庁舎ができあがった。木組みの構造を美しく見せるため、空調のダクトや電気の配線をどのように這わすかという点まで細かく図面に起こした。

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 本庁舎の北側には、渡り廊下でつながった議会ホール棟が建つ。議場は壁一面に細長い木材が何本もぐるりと密に並び立つ空間だ。

「民主主義の議論をする議場はオープンな方がいいって、ずっと思っていました」と遠藤さん。その言葉どおり、議場の天井近くには大きなガラス窓がはめられており、その向こう側の空間は多目的スペースとして開放されている。木製のテーブルと椅子が置かれていて、町の人たちはそこでゆったりと時間を過ごしながら議会を傍聴できるつくりだ。さらに議場の入り口にもベンチが置かれている。

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 こうしたオープンな議場のつくりや建設予算について、遠藤さんが議会に呼ばれて説明をする機会もあった。求めるクオリティと実際の予算の中で苦慮しながらも、自身としてこだわる点については自ら丁寧に説明をし、結果的に多くの理解を得ることができた。

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 この日の内覧会には工学部と理工学研究科の学生たちも見学に来ていた。遠藤さんは学生たちに向けて、「一歩踏み込む設計者になりなさい」と呼びかけた。「図面を書いて終わりではなく、何が大切かということを、公共建築であれば行政に対しても市民の代表である議会に対しても説明できるようになることが、今後の建築家には必要になる。その努力を怠らなければ良いものに辿りつくはずです」。学生たちは真剣な面持ちでそのメッセージを受け取っていた。

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 茨城大学の教員になって1年余り。多くのプロジェクトを手がける建築家であり、東京と大阪などにオフィスを構える事務所の代表でもある遠藤さんにとって、大学教員の仕事と両立できるか最初は不安だった。しかし、学生たちと多くの時間を過ごし、深く教育に携わることに対して、確かな手応えを感じ始めている。

 純木造という今回の大子町役場の新庁舎もまさにそうだが、これまで手がけてきたいずれのプロジェクトでも、それぞれの地域の資源や社会資本を建築という形でつなぐことを意識してきた。その経験を踏まえ、今、茨城大学という地方国立大学で自身が果たすべき役割についてこう語る。

「建築はそれぞれの土地から離れられないものだから、建築家はある意味で移動するのが仕事。いろんな土地に横断して関わりながら、僕が得ているものを地域のあいだで共有していく。地域に関わり、深く入り込んでいる地方大学という場で、僕自身のそういうクラウドのような役割を活かして、地域の知が横断する触媒となっていければと思っています」。

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遠藤克彦(えんどう・かつひこ)●建築家、茨城大学大学院理工学研究科教授

1970年、横浜市生まれ。1995年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。同年、博士課程進学。1997年に遠藤建築研究所を設立。2007年遠藤克彦建築研究所に組織改編。現在、東京、大阪、大子の3カ所にオフィスを構える。2021年、茨城大学大学院理工学研究科准教授となり、翌年同教授。これまで大阪中之島美術館をはじめ国内の公共建築のコンペやプロポーザルで最優秀に選定されている。

(取材・構成:茨城大学広報室)