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学生たちの台風被害の報道分析結果が契機
茨城県が映像を用いた災害情報発信に着手

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 茨城大学の研究・教育の活動やその成果が、社会の具体的な仕組みや生活スタイルにインパクトを与えた事例について、学外の方にインタビューをする企画。今回は、茨城県 防災・危機管理部 防災・危機管理課の大関裕之さんに、「茨城大学 令和元年度台風19号災害調査団」の活動・研究成果をもとにした施策の展開について聞きました。

―茨城大学 令和元年度台風19号災害調査団は、茨城県内でも大きな被害をもたらした201910月の台風19号に際して結成され、昨年(2021年)3月に最終報告書を出しました。このうち、人文社会科学部の村上信夫教授のゼミによる「台風19号茨城水害における自治体の情報発信の状況と報道量の関係について」(本記事の終わりに概要を掲載)という成果をきっかけに、村上教授へのヒアリングなどをして今後の情報発信の施策の検討を始めたということですね。

大関「村上教授とゼミの学生のみなさんが、令和元年度台風19号の発生時に各地の被災状況を伝える全国向けの報道を分析した結果、茨城県の情報が少なかった、あるいは遅かったということでした。さらにあったとしても水戸に偏っていたということですね。
 しかも影響力のあるテレビの報道量の差は、ニュースソースとなるような強い映像の多寡が決定的となり、取材現場においては、自治体が発信するLアラートやSNSの情報は参照されていない、というヒアリング結果も示されました。県内の被災状況に関する映像情報の少なさが、結果的にテレビ報道の報道量の差につながり、なおかつそれが全国から各被災地域への関心や支援の規模の差につながっていたのではないか、というのがゼミのみなさんの課題意識でした。
 実は、大井川知事から、令和元年東日本台風時の情報発信の状況を踏まえ、今後は災害に関する動画情報を積極的に発信するよう指示を受けておりましたので、その実現に向け検討を始めておりました。
 このような課題は、広報の視点に立つことで見えてくることであり、防災に携わる者にはなかなか気付きにくいことだと考えております。
 Lアラートはテキストメッセージですが、それだけでは情報としての広がりを欠いてしまうということ、マスコミに取り上げられにくいということが分かりましたので、その後も村上先生に助言いただくなどして、県としてマスコミ対応や映像情報の重要性を意識した情報発信について、詳細の検討を重ねてきたところです。」

茨城県庁 大関さん茨城県 防災・危機管理部 防災・危機管理課の大関裕之さん(写真:同課提供)

―人命救助に一刻を争うような災害の状況の中で、防災・危機管理課のようなセクションが、映像の手配やマスコミ対応のマネジメントまで行うというのも限界はあるかと思います。具体的にはどのようなことを考えていますか?

大関「平時を含めてそうした映像の情報の取得・共有をできるだけ自動化しておくことが必要だと思っています。県内の河川や危険度の高い箇所の映像を平時から一カ所に集めておいて、報道機関のみなさんも災害時はそこにアクセスすればデータを入手できる、というような仕組みです。実際にテレビやアプリ関連の業者さんと検討を始めています。」

―平時から映像情報への対応が必要だということですね。

大関「また、平時からの情報発信についても、取り組み始めました。最初は、ショッピングモールやスポーツの会場など人通りが多い場所で、防災意識を醸成するような動画を流すことから始めました。若い職員が面白がって積極的にやってくれたので、協力していただける事業者さんもどんどん増えてきております。実は、村上ゼミの学生のみなさんにも、東日本大震災時のそれぞれの経験を語ってもらうという動画コンテンツにご協力をいただきました。この動画は、投稿後1週間で再生回数が1 万回を超え、令和45月末時点で約2.4万回再生となり、現在も再生回数は伸び続けています。15分超過の自治体作成動画としては、全国的に見ても極めて異例な数だと思います。
 このような動画を通じて、動画を視聴された方々が、平時から備えておくことの重要性に気付き、自ら備えるための行動をとっていただけることを期待しています。
 やはり情報は伝わらないと意味がありません。村上教授やゼミ生の皆様から、「動画、画像の持つ伝わる力」に気付かせていただいたことが大きかったと考えております。」

―村上ゼミの研究成果に注目したきっかけは?

大関「もともとはこの調査の過程で、ゼミのみなさんが私たちのところにヒアリングに来てくださったことがきっかけです。県の災害時の情報発信の体制についての調査でした。その後報告書をお送りいただき、報道関係者へのヒアリング内容も含めた調査結果を知りまして、われわれが全く気付いていなかった視点の指摘だったので、こちらから連絡させていただいたんです。
 実はこれまで、私としては、茨城大学に限らず大学との連携というのはあまりできていなかったんですね。大事なことという意識はあったものの、じゃあどんな先生がいて、誰にどんな相談をすればいいのか、ということが分からなかったんです。今回の令和元年度台風19号の調査をきっかけに、村上先生だけでなく、田中耕市先生(人文社会科学部教授)にも、3Dマップの活用という、こちらも新たな取組みに対して協力をいただくことができました。」

―これまでは大学との連携といっても接点が薄かったということですが、今回のケースをきっかけに、県の防災・危機管理という面で大学との連携は展開できそうでしょうか?

大関「こうして村上先生や田中先生といった専門家とつながることができたので、今後は水害に限らず、地震なども含めて、さまざまな災害への対応でもご相談していきたいです。」

―個々の教員とのつながりに留まらず、地域防災のマネジメントという、より大きな面での連携も考えられるように思います。たとえば、茨城大学内には、茨城県地域気候変動適応センターが設置されています。全国で唯一、大学内に設置されている都道府県の適応センターです。同センターは、各地域において、気候変動による災害の激甚化にどう適応するか、という視点ももっていますから、防災・危機管理のマネジメントという面でも連携できることがあるかも知れません。

大関「とても興味深いです。大学とどのような連携が可能なのか、どういう研究活動や仕組みがあるのか、ということは、ぜひ今後も教えていただきたいです。さまざまな形で協力し、地域の防災力の向上につなげていければと思います。」

(取材・構成:茨城大学広報室)

インパクトにつながった研究は?

人文社会学部・村上信夫ゼミによる研究「台風19号茨城水害における自治体の情報発信の状況と報道量の関係について」

 201910月、関東や東北地方を中心に、全国的な被害をもたらした台風19号。茨城も大きな被害にあい、一級河川の那珂川、久慈川などが氾濫した。しかし、テレビの報道は翌日の昼からであり、新聞、その他でも他地区に比べ、その報道量は少なかった。
 東日本大震災と同じ、「報道されない被災地」、そんな声が県内に起っていた。

 研究は、まず10月から12月かけて、台風に関する自治体の情報の発信と内容、報道された内容・量を分析した。その結果、報道量はあるものの、茨城県の報道は、水戸に集中していることが分かった。

 なぜそのようなことが起るのかを、報道側はTBS、テレビ朝日、朝日新聞、共同通信など全国メディアと、茨城放送、FMぱるるん、FMだいご、茨城新聞、朝日新聞水戸総局などの県内メディアの記者達にヒアリングを行った。一方、発信側として茨城県、水戸市、常陸太田市、常陸大宮市、大子町にもヒアリングした。

 その結果、発信側の自治体と報道の間の課題が見えてきた。その一つは、「Lアラート」に関する自治体とメディアの現場のギャップだ。Lアラートとは、災害発生時に地方公共団体などが多様なメディアを通じて情報発信するサービスである。しかし、自治体の書き込んだ情報がそのままUPされるため、発災時の混乱からしばしば誤情報があり、修正もわかりにくい。

 二つ目は、一次情報発信者の問題。一級河川の管理者は国交省であり、その判断がないと、氾濫といえない。今回、氾濫危険情報が未発表だったことで、各自治体は判断に悩んだ。

 三つ目の課題は、発信する側の情報流通が縦割り化、一方通行化が起こっているということだ。他の都市と危機意識の情報が共有されない。

 そのため、記者たちはネットで一般の人のリアルな被災状況の書き込みを探し、自治体に電話をかけて裏を取る。問い合わせの電話への対応は、自治体の大きな負担となっていた。 水戸が多かったのは、町が大きく対応する体制が出来ていたこともあったといえる。

 そこで提言したのは、Lアラートの内部にデータを蓄積できる仕組みをつくり、誤情報があって修正されたら、どこが更新されたがわかるようにする。情報を明確にするのだ。

 またLアラートに基づく誤発信や発信遅れに関しては、マスメディアの免責範囲を定めることで、今回の「忘れられた被災地茨城県」のような状況が減少する。
(文章提供:村上信夫教授)

茨城大学台風19号災害調査団

茨城大学では、201910月に茨城県内をはじめとする関東甲信越・東北地方に大きな被害をもたらした台風19号災害について、被害の発生過程や農業・生態系への影響、避難の状況などを調査し、災害の状況の把握と地域の復旧・復興、今後の持続的な地域づくりに寄与するため、「茨城大学 令和元年度台風19号災害調査団」を発足。5つの調査グループと3つの学内公募研究で調査に取り組み、20213月に最終報告書を公表して活動を終了した。