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心理学的な学習行動を利用してニワトリの味覚を可視化
制限アミノ酸や糖類に反応 嗜好性に寄与する飼料成分の理解に貢献

 茨城大学農学部の吉田 悠太 助教、同大学大学院農学研究科修士課程生の藤代 柊さん、同大学農学部4年生(研究当時)の河合 亮汰さん、弘前大学農学生命科学部の川端 二功 准教授らの研究グループは、味覚嫌悪学習とよばれる心理学的な学習効果を利用することにより、ニワトリが味覚を感じる飼料成分の候補を複数同定しました。
 美味しい飼料の開発は、動物の健康や福祉の向上に直結します。しかしながら、ヒト以外の動物とは言語を介した意思疎通ができないため、動物がどのような飼料成分に味覚を感じているかは十分に理解されていません。
 本研究では、「味覚」と「内臓不快感」に特異的に生じる連合学習である味覚嫌悪学習を応用し、ニワトリが味覚を感じる飼料成分の同定を試みました。その結果、① ニワトリは飼料中のL-アミノ酸のうち、主に塩基性アミノ酸に味覚感受性を持つこと、② 中でも主要な飼料原料で不足しがちな制限アミノ酸であるL-リシンに強い応答を示すこと、及び③ ニワトリは甘味受容体を失っているにもかかわらず数種類の糖に味覚感受性を持つことを明らかにしました。
 本手法は、動物が味覚を感じる飼料成分のプロファイリングに有効であると考えられます。嗜好性に寄与する飼料成分を理解することで、将来的に嗜好性の高い飼料設計への貢献が期待されます。
 この成果は、2023年12月12日、国際科学雑誌「animal」のオンライン版に掲載されました。

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背景

 味覚は、日々の食事の喜びを享受する上で重要な化学感覚です。ヒトのみならず動物の味覚を理解することは、嗜好性の高い飼料の提供に繋がり、動物の健康や福祉の向上に貢献します。一方、ヒト以外の動物は言葉を話さないため、動物がどのような飼料成分に味覚を感じているかは十分に理解されていません。
 動物の味覚嗜好性を評価する手法として、2種類以上の味溶液または風味付けした飼料を選択させ、それぞれの摂取量を比較する方法が広く知られています(例:二瓶選択嗜好試験)。しかし、選択試験を実施するためには、動物が試料を選択する時間を十分に確保する必要がある一方、時間が経過すると、味物質が消化管に到達することで摂取後効果が起こり、その影響で味覚に関係なく試料を選択するようになることが知られています。この摂取後効果を最小限にするために、味溶液に対する極めて短時間の摂取行動を測定する方法も開発されています(短時間アクセス試験)。ただし、この方法では飲水に対する動機づけのために長時間の絶水処置が必要であり、通常の生理的条件下での味覚応答の測定は困難でした。
 そこで本研究では、動物の味覚を直接的に評価するために、心理学的な学習行動である味覚嫌悪学習に焦点を当てました。味覚嫌悪学習は、多くの動物が示す学習行動の一つです。動物は特定の食物を摂取した後に内臓不快感を経験すると、以後同じ味を持つ食物を忌避するようになります。これは、動物が有害な食物を回避する上で重要な役割を果たしていると考えられています。過去の研究により、味覚嫌悪学習は「味」と「内臓不快感」の間で特異的に生じる連合学習であることが明らかにされています。このため、もしニワトリが特定の味溶液を摂取した直後に内臓不快感を経験し、以後その味の溶液を避けるようになれば、ニワトリがその溶液の味を識別できることを逆説的に証明できると考えました。
 また、味覚嫌悪学習試験では、対照群と内臓不快感を経験させた群において、同一の味溶液に対する摂取量を比較することから、味物質の摂取後効果の有無に関わらず、その溶液に対する味覚感受性を純粋に評価することができると考えました。

研究手法

 塩化リチウムの腹腔内投与は、齧歯類の味覚嫌悪学習試験において、内臓不快感を誘発する刺激として最もよく利用されています。本研究では、ニワトリヒナに味溶液を飲水させた直後、対照群には生理食塩水を、内臓不快感を与える群には塩化リチウムをそれぞれ腹腔内投与しました。味溶液の呈示と塩化リチウムの投与は2回ずつ行い、その後再び味溶液を呈示した際の、水に対する味溶液の摂取率を対照群と塩化リチウム群で比較しました。

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図1 ニワトリの味覚嫌悪学習試験の模式図

結果

 味覚嫌悪学習試験を用いて、まずは飼料の重要な栄養素の一つであるL-アミノ酸に対する味覚感受性を検証しました。その結果、ニワトリは味覚嫌悪学習に関係なくL-アルギニンを強く忌避すること、並びにL-バリン、L-ヒスチジン、及びL-リシンに対して味覚嫌悪学習を示すことが明らかになりました。味覚嫌悪学習が生じたL-アミノ酸の中でも、とうもろこしや小麦などの主要な飼料原料において不足することが多い制限アミノ酸であるL-リシンに対して、ニワトリは特に強い忌避を示しました。これらのことから、ニワトリは飼料に不足しがちなアミノ酸を積極的に摂取するために、特定のアミノ酸に対する味覚を発達させている可能性が考えられました。
 実際に、アミノ酸に対する味覚感受性には種差があることが知られており、例として、ヒトのうま味受容体は酸性アミノ酸 (L-グルタミン酸とL-アスパラギン酸)のみに特異的に応答する一方で、マウスの受容体は多くのアミノ酸に応答することが知られています。本研究の結果、ニワトリは塩基性アミノ酸 (L-アルギニン、L-ヒスチジン、及びL-リシン)に敏感に味覚を感じるという特徴を持つことが明らかになりました。この結果は、ニワトリの飼料の嗜好性を調整する際には、これらの塩基性アミノ酸が重要な役割を果たしている可能性があること、さらに、ヒトの味覚を基準とするのではなく、ニワトリの味覚を理解することの重要性を示すものと考えられます。

図2 ニワトリにおけるL-リシンに対する味覚嫌悪学習応答 図2 ニワトリにおけるL-リシンに対する味覚嫌悪学習応答

 飼料中の必須アミノ酸のうち一つでも不足すると、畜産物の生産 (タンパク質の合成)にロスが生じます。中でもリシンは、主要な飼料原料において不足しがちな最も重要な制限アミノ酸の一つです。生理食塩水を投与した対照群と塩化リチウムを投与した群におけるL-リシンの摂取率を比較すると(2)、塩化リチウムの投与により、L-リシンの摂取率が有意に減少していることから、ニワトリはL-リシンに対して味覚嫌悪学習を示すことが示唆されました。
 続いて、主要な栄養素の一つである糖類 (単糖、二糖、及び多糖)に対する味覚感受性を検証しました。ニワトリゲノムにおいては、甘味受容体を構成するサブユニットであるT1R2をコードする遺伝子が失われており、ニワトリは甘味を感知しないと考えられてきました。しかしながら、本研究の結果、ニワトリはいくつかの糖類に対して味覚嫌悪学習を示すことが明らかとなりました。従って、ニワトリは従来の甘味受容体に依存しない甘味受容機構を持つこと、及び糖類はニワトリの飼料の嗜好性に寄与する可能性が考えられました。

今後の展望

 味覚嫌悪学習試験により、飼料の嗜好性に寄与する成分をプロファイリングしていくことで、ニワトリにとって美味しい飼料を開発するための基盤となる情報が得られると期待されます。一方、味覚嫌悪学習試験では、ニワトリがその物質に嗜好を示すかどうかを検討することはできません。またその成分を認識するための分子機構を理解することも重要です。今後は、二瓶選択嗜好試験や味覚受容体アッセイをはじめとした多面的な解析から、動物に喜びをもたらす飼料の開発を目指して研究を展開していきます。

論文情報

  • タイトル:Characterization of taste sensitivities to amino acids and sugars by conditioned taste aversion learning in chickens
  • 著者:Yuta Yoshida, Shu Fujishiro, Ryota Kawai, Fuminori Kawabata
  • 雑誌:animal
  • 公開日:2023年12月12日
  • DOI:10.1016/j.animal.2023.101050
    ※本研究は、JSPS科研費 (21K14957, 21H02338)の助成を受けて行われました。