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中性子結晶構造解析によって酵素ラジカル反応中間体の詳細構造を初めて解明
―酵素を効率的に働かせるための"手品のタネ明かし"― 

概要

 大阪医科薬科大学、大阪大学、量子科学技術研究開発機構、筑波大学、茨城大学、理化学研究所らの研究グループは、大強度陽子加速器施設(J-PARC)内に設置された、物質・生命科学実験施設(MLF)の茨城県生命物質構造解析装置(iBIX) を用いた実験により、銅アミン酸化酵素の触媒反応途上に形成されるセミキノンラジカル中間体の中性子結晶構造解析に成功しました。これはラジカルタンパク質として初めての成果であり、活性中心の水素原子の位置を明らかにすることにより、酵素タンパク質内でラジカル中間体が安定に存在できる仕組みの一端を解明しました。同時に活性中心にアミン基質が結合していることも発見し、この基質が、補酵素の構造変化を助けるために反応途中で生成物と入れ替わったものであることを明らかにしました。本研究は、酵素を効率的に働かせるために仕込まれている"手品のタネ"を明かしたといえます。
 今回の研究は酵素の精緻な反応メカニズムの一端を原子レベルで明らかにしたものであり、またこれにより、ラジカルを反応中間体とする各種の有用酵素の開発にも大きな進展をもたらすことも期待されます。
 本研究成果は、米国科学誌「ACS Catalysis」に、97日(木)19時(日本時間)に公開されました。

>>詳しくは大阪医科薬科大学のリリースをご覧ください

研究の内容

 銅アミン酸化酵素は様々な生物種に広く存在し、アミン類をアルデヒドとアンモニアに分解する活性を持っています。活性中心には、銅イオンと補酵素トパキノン(TPQ)を含んでおり、ヒトの血清中の本酵素は、糖尿病の発症にも関与しています。これまで、本酵素は複数の反応中間体を経て効率的に反応を触媒することがわかっており、その過程で、補酵素TPQが大きく構造変化してセミキノンラジカル反応中間体が形成されることが知られていました(図1)。しかし、どのような仕組みで構造変化が起きるのか、その駆動力は何なのかなど、多くの未解明な点が残されていました。また、有機ラジカルは一般に高い反応性を有することが知られていますが、酵素がどのような仕組みでそのようなラジカルを安定に保持しているのかもわかっていませんでした。
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 研究グループは、微生物由来の銅アミン酸化酵素結晶を、嫌気下で基質アミン溶液に浸漬することによりセミキノンラジカル反応中間体を作り出し、J-PARC/MLFiBIXにて中性子回折測定を行うことにより、高分解能の中性子結晶構造解析に成功しました。決定された構造では、補酵素TPQは銅イオンに直接配位し、さらに2つの水酸基の水素原子が解離して、周囲のアミノ酸残基と強い水素結合を形成していました(図2)。さらにTPQの芳香環は、周囲の残基とXH-πXC, N, O, S)相互作用と呼ばれる弱い相互作用をしていることが判明し、このような相互作用が総合的にラジカル中間体の安定化に寄与していることがわかりました。さらに、実験的に決定された構造に基づいて量子古典混合計算法による解析も実施し、補酵素TPQを含めた活性中心解離基のプロトン化状態が正しいことも理論的に証明することができました。

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 また活性中心に、基質であるフェニルエチルアミンを検出しました。これまでのX線結晶構造解析による研究では、この分子は生成物のフェニルアセトアルデヒドであると考えられていたのですが、水素原子が検出できる中性子結晶構造解析により、アルデヒドではなくアミンであることが明確に示されました(図3
 これにより、触媒過程の途中で第二のアミン基質が生成物であるアルデヒドに置き換わり、それが引き金となって補酵素TPQが構造変化するという仕組みも明らかになりました。このような実にうまく仕組まれた酵素触媒反応のメカニズムは、酵素を効率的に働かせるための"手品のタネ"であり、今回の研究で明らかにされた大きな成果といえます。

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本研究が社会に与える意義(社会的意義)

 今回の研究では、酵素の精緻なメカニズムの一端を原子レベルで明らかにしています。酵素科学の分野の大きな研究テーマとして、新しい機能性を持つ酵素の分子設計を行うことが挙げられますが、今回の研究成果が大きく寄与する可能性があります。とりわけ、ラジカルを反応中間体とする各種の有用酵素の開発にも大きな進展をもたらすことが期待されます。

研究者のコメント

 タンパク質中を構成する原子のうち、およそ半分が水素原子であり、その一部は水素結合を介して、全体的な構造の安定化、あるいは基質などのリガンドとの相互作用に寄与しています。さらには、酸化還元酵素をはじめとする多くの酵素では、水素原子の移動や反応中間体における水素結合状態は、酵素反応メカニズムの解明に極めて重要な情報となります。そのため、本研究で用いた中性子構造解析によって、酵素構造中(特に反応中間体)において水素原子を可視化できれば、酵素科学の研究分野において、大きな進展につながるものと期待しています。

論文情報

  • 本研究成果は、202397日(木)19時(日本時間)に米国科学誌「ACS Catalysis」(オンライン)に掲載されました。
  • タイトル:"Neutron crystallography of a semiquinone radical intermediate of copper amine oxidase reveals a substrate-assisted conformational change of the peptidyl quinone cofactor"
  • 著者名:Takeshi Murakawa, Kazuo Kurihara, Mitsuo Shoji, Naomine Yano, Katsuhiro Kusaka, Yoshiaki Kawano, Mamoru Suzuki, Yasuteru Shigeta, Takato Yano, Motoyasu Adachi, Katsuyuki Tanizawa, and Toshihide Okajima
  • DOI:https://doi.org/10.1021/acscatal.3c02629