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G7も注目の「合成燃料」とは?国際的な脱炭素化における日本の戦略とは?
―田中光太郎カーボンリサイクルエネルギー研究センター長に聞く

 今年5月に行われるG7サミット(首脳会合)に関連したG7気候・エネルギー・環境大臣会合が、41516日、札幌で開かれました。気候変動の影響の見通しは厳しさを増しており、エネルギー価格高騰も続く中、各国の事情を踏まえた侃々諤々の議論の末に共同声明の採択に至りました。その共同声明において脱炭素化の目標達成に関するキーワードとして盛り込まれたひとつが、「合成燃料」の普及です。今月オープンし、この「合成燃料」の研究を主たるターゲットとしている茨城大学カーボンリサイクルエネルギー研究センター(CRERCのセンター長を務める理工学研究科(工学野)の田中光太郎教授に話を聞きました。
(インタビュー:茨城大学広報室 山崎一希)

――今回のG7気候・エネルギー・環境大臣会合開催にあたっては、化石燃料の使用廃止や電気自動車(EV)の普及といった面で、日本の取り組みが各国から後ろ向きと捉えられているというような報道もありました。結果的には、合成燃料の開発を国際的に進めていくことや二酸化炭素の回収、再利用といったことも声明に盛り込まれました。こうした動きをどう見ていますか。

田中「ゴールが何かということを見失ってはいけないでしょう。二酸化炭素(CO2)の大気中濃度を下げていくという共通のゴールに対し、国や地域ごとにエネルギーに関するバックグラウンドが異なるところでどう達成していくかということだと思うんですね。それを、ある一時的な側面だけで捉えて、全て電動化しようとか炭素を全く使わないといったやり方だけが主張されるのは危険だと思っています。
 日本はハイブリッドカーでも石炭火力発電でも、CO2をできる限り排出しないような高い技術を蓄積してきていますので、それを活用しながらアンモニアや水素などの脱炭素燃料と混焼するなど、エネルギーのバランスを考えて削減していくというシナリオを作っています。単に遅れや抵抗勢力といったネガティブな見方だけで捉えるべきではないと個人的には思いますね」

――混焼についても、化石燃料の寿命を永らえるだけではないかという批判もあります。しかし、それぞれの地域の現実的な戦略の違いを踏まえず、EUの戦略のみで進めようとしても世界全体での脱炭素は実現できないということですね。

田中「日本では原子力の利用が非常にセンシティブな問題になっている中で、エネルギーのソースが熱エネルギーにほぼ限られてしまっている状況があります。再生可能エネルギーの割合を増やす努力はもちろん必要ですが、太陽パネルの設置にせよ風力の活用にせよ、面積が十分にとれないという地理的な難しさがある。熱源を脱炭素の燃料にしましょうといっても、それを作るのにもエネルギーが必要になるので、単純に電気や脱炭素燃料に置き換えるのは非常に難しいと思います」

――ドイツが脱原発を完了したという報道もありましたが、ヨーロッパ各国の場合は域内でエネルギー調達の融通が利くという特徴もありますね。その点では、今回の共同声明に合成燃料の開発などの視点を盛り込めたのは、日本にとって大きいのでしょうか。

田中「そう思います。化石燃料が枯渇することはわかっていますし、使い続けるべきでもないという中で、日本がとりうるCO2削減方法の重要な選択肢として合成燃料の開発という結論を導けたというのは、それなりの成果だったと思いますね」

――では「合成燃料」とはどういうものか改めて教えてください。

田中「大気から回収したCO2と水素に、少しのエネルギーを加えて、化石燃料と同じようにC(炭素)とH(水素)で構成されるような燃料をつくるというものです。この『少しのエネルギー』というのは電気を利用するので、e-fuelとも呼ばれます」

――世界における合成燃料の技術開発の進展状況は?実用化までいっているのですか。

田中「実用レベルという点では、まず供給量として追いついていないということと、コストが非常にかかるということがあります。一般に普及している燃料に対して、現時点は約10倍のコストがかかっているので、それをいかに下げていくかということが課題です。とはいえ、この分野で最も先進的なドイツでは、実用化、社会実装に向けたレベルでかなり研究が進んでおり、今後の展開によってはコスト削減もようやく見えつつあります」

――コスト削減において最もポイントとなるのは?

田中「やはり、水素の合成です。水素は合成燃料作るときにも絶対必要なものになりますが、今のところその合成に最も費用がかかっています。その次にCO2の回収ですね。そこが鍵となる技術です」

――ドイツが先進ということですが、日本の合成燃料研究はどうですか。

田中「日本でも国の主導のもと産学連携の研究が進んでおり、技術力としては蓄えられてきています。燃料の合成自体は古くからその方法が研究されていたものの、それを実用化するときにエネルギーが必要になるということで、なかなか研究レベルを超えられずにいました。しかし今では、いかにそのエネルギーを低くしつつ燃料を作るかという研究が進み、日本でもだいぶ実用に近いところにまで進める段階になってきていると思います」

――そうした中で脱炭素化に向けて日本がとるべき戦略とは?

田中「CO2を減らすためには、最初から出さないということと、出てしまったCO2を資源として使う、という2つしかありません。出さないという点では再生可能エネルギーと水素、アンモニアという熱エネルギーの利用、資源利用という点では合成燃料、あるいは地中に貯留する(CCS)ということになります。これらのミックスの最適な割合は各国で異なるはずで、日本としてはどの割合がベストかというシナリオを作ることが非常に重要です。
 特に日本においては、水素をどう調達するかということが一番のネックです。水素のエネルギーを使うにあたり、自前で作るのか、それともどこか安価に大量合成できる地域から運んでくるのか。この問題を解決する見通しを立てることが一番のポイントです。
 あとはCO2の回収ですね。CO2の回収自体は自前でもできる技術ですが、できるだけ低エネルギーで回収できる技術を実用化していくことが必要です。CO2が回収できたとして、そのCO2と水素を合成し、燃料を作るわけですが、水素を運搬することが難しい場合は、たとえば海外である程度合成燃料にしてから輸入するということもあり得ます。その場合、回収したCO2を海外に一旦輸出しないといけなくなるわけで、そうしたシナリオも選択肢として考えなければなりません。ただし、輸送エネルギーは無駄なエネルギーでもあり、水素の調達というボトルネックについて、国際的な関係性を築きながらエネルギーバランスとコストを考慮し最適解を探していくしかないのです。
 あわせて、2050年のカーボンニュートラルという目標はあるものの、完全に達成できない可能性もあります。その意味で、継続的な視点をもって、原子力や他のエネルギー源を社会としてどこまで許容していくかということを議論し、見通していかなければなりません」 カーボンリサイクルエネルギー研究センター――そうした中で今月、茨城大学カーボンリサイクルエネルギー研究センター(CRERC)が立ち上がりました。「合成燃料」への注目が集まる中、CRERCへの期待も高まります。

田中「CRERCはまさに合成燃料を主たるターゲットにして、カーボンのリサイクルについて研究しようとしています。『リサイクル』と簡単に言っても、CO2回収でも燃料の合成でもエネルギーが必要になりますから、そのエネルギーをいかに低く抑えながらリサイクルできるかが重要です。
 そのためには、CO2の回収、燃料の合成、それを無駄なく利用する、というそれぞれの局面だけを取り出して断片的に議論してもうまくいきません。サイクル全体を見通した上で、この点を妥協すればトータルではプラスになるといったバランスのとれた視点で研究・開発を進めていくことが必要であり、これらを一体的に研究する環境、研究者を集めたCRERCの強みはそこにあります。引き続き皆様にご支援をいただければと思います」