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農学部のDX-農学部で芽吹く持続可能な農業のシーズ
デジタルが導き、広げる 自由でユニークな研究世界

農学部はデータの宝庫。素材が山ほどあります
農学部 地域総合農学科 3年 益子優希さん

阿見キャンパスの農学部と、広大な国際フィールド農学センター。生き物たちがうごめく環境で、DXへの独自の取り組みが進んでいます。

 電動ドライバーが吊り下がった穴あきボード、作業台の上のカラフルなケーブル、コンデンサなどの電子部品......ここは工学部ではなく農学部の特殊実験棟内の一室だ。農学部地域総合農学科の益子優希さん(3年)が開いたノートPCの画面を、大学院農学研究科の礒嵜友輔さん(修士1年)がのぞき込んでいる。
 
 二人の出会いは2021年の冬。岡山毅教授の呼びかけで企画され、他大学の農学系の研究者や学生も参加した「物体認識AI勉強会」というオンラインコミュニティの場だった。約1カ月の間に計4回のセッション。各参加者がAIに認識させたいもの―キャベツや昆虫!―を持ち寄り、役立つアプリやプログラム、活用のアイデアについて意見交換した。「あれはおもしろかったですね。次やるときは講師側の立場にもなってみたいです」(益子さん)。

岡山教授に触発されて始めたカイコの幼虫のAIによる行動解析

 益子さんが茨大農学部に入学した2020年4月は、新型コロナウイルス感染症による最初の「緊急事態宣言」の直前。大学のほぼすべての活動がオンラインになった。「ずっと獣医師になりたかったんです」という益子さんは、大学進学でその目標を変更せざるを得なかった。失意のステイホーム期間中に始めたのが、プログラミングと機械学習についての独学。「気持ちを切り替えて、10年後、15年後に自分がどうなっているべきかを考えてやり始めたらハマったんです」。
 
 2年次になって水戸キャンパス(ほとんど通えなかった)から阿見キャンパスへと拠点が移る。 そこでいろんな教員と出会い、おもしろそうな教員には果敢に話しかけ、貪欲に知識や考え方を吸収した。その1人が岡山教授だった。

 岡山教授の専門は農業工学。動物の行動の映像解析などに取り組んでいて、研究室には 極小パソコンとも言われるマイクロコンピュー ター(マイコン)や小型カメラなどがあった。 2022年度から農学部で始まった「農学分野データサイエンス教育プログラム」の監修も務めており、「物体認識AI勉強会」の開催はそのプレイベントのような位置付けだった。
 
 勉強会で刺激を受けた益子さん。さっそく 岡山教授からマイコンなどを借り、気の向くままに使ってみた。まずはカイコの幼虫の行動解析。飼い主である益子さんの存在をカイコが認識しているかを知るために、箱の内側の一角に益子さんの顔写真を貼りつけ、カイコの動きを3日間定点撮影。その動画をAIに分析させたところ、カイコは箱の中を動き回りつつも、顔写真の付近にいる時間が一番長いように見えた。「これって僕の顔を認識しているということかな、と。有意差とかとっていないので学術的とは言えませんが、こういう研究はおもしろいなと思いました」。
 
 自由に自己実験に取り組んでいる益子さん に、大学院生の礒嵜さんも触発された。自身はプログラミングの経験はゼロだったが、研究対象としているマウスの行動解析にAIの活用は欠かせなくなるという予感を改めて強めた。 現在、益子さんや岡山教授とはチームコミュニ ケーションツールのSlackを使って頻繁にやりとりをしている。礒嵜さんの指導教員である 豊田淳教授もメンバーだ。「このチームでの活動を通して自分の研究世界が一気に広がった感じがします」(礒嵜さん)。

農場での収穫実習に登場する複数のスマート機器

果樹園

必要な機能を組み合わせるスキルこそが、小規模農家を助けると思うんです
農学部 小松崎将一教授

 打って変わってこちらは農学部の附属農場である国際フィールド農学センター。この日は赤く実ったばかりのカキを収穫する実習だ。冒頭、段取りを説明する小松﨑将一教授が掲げた小さなヘアドライヤーのような形のものは、 ハンディタイプの非破壊糖度計。果実をカットしなくても甘さを計測できる機械だ。先端部分を果実の表面に当ててボタンを押すと、液晶画面に糖度が表示される。大きな農家には ベルトコンベアがセットになった定置型の糖度計もあるが、ハンディタイプのものは場所をとらず、収穫前の状態でも糖度を測れる。デー タはExcel の形式で引き出すことができる。 学生たちにはそのデータの分析が宿題として課された。
 
 収穫したカキをコンテナに丁寧に並べる学生たち。そこに、キーンという高い音を立ててキャタピラーのついた荷台がトコトコ走り寄ってきた。学生たちがカキの詰まったコンテナをこの荷台に乗せると、荷台はまた別の場所へと移動していく。現時点ではラジコンのように 近くにいる人が操作しているが、近い将来には GPSを利用した自動走行になるだろう。
 
 学生たちに非破壊糖度計の使い方を手ほどきしていたのは、TA(ティーチング・アシスタント) の王嘉憶さん。大学院農学研究科の修士1年、 中国からの留学生だ。ブドウの有機栽培を学ぶ。ブドウが鈴なりになっているビニールハウスにはところどころにセンサーやカメラが設置されていて、王さんは手元のスマートフォンで ハウス内の状況を常にモニタリングできる。取材中、王さんはその画面を見せながら、「夜になるとハクビシンのような害獣が入ってきていることがわかったのでハウスの屋根を密閉したのですが、そうすると湿度が上がり過ぎてしまう。なかなか難しいですね」と説明してくれた。

遊び心から生まれる自由な発想が 小規模農家に役立つ研究を生む

 デジタル技術を活用した効率的で高度な農業が「スマート農業」として注目されている。 国際フィールド農学センターにおける設備投資 も、「農学分野データサイエンス教育プログラム」のスタートも、スマート農業の普及を見据えたものだ。
 
 スマート農業というと大規模な生産管理体制を思い浮かべるかもしれない。しかし、岡山教授の視点はやや異なる。「僕自身が関心をもっているのは、個人農家の人たちが活用して、 持続可能な農業ができるような技術や環境です」。
 
 定置型の非破壊糖度計にせよ、農場を縦横に巡らすセンサーにせよ、独自の高度な管理システムにせよ、設備投資には大きなコストがかかる。個人では手を出しづらい。一方、個人がちょっとした知識やテクニックをつけて工夫すれば、無料や安価でも使えるサービスは結構ある。
 
 「この自動荷台も、大量生産されている既製品ではないんです。業者さんが小さなユニットのデバイスを組み合わせて作ってくれたものです。GPSセンサーのようなデジタルのユニットをレゴブロックみたいに組み合わせて必要なものをこしらえられるスキルの方が、小規模の農家の助けになるはず」(岡山教授)。
 
 益子さんもまさにそういうタイプだ(農家を目指しているわけではないけれど)。菊田真吾准教授(昆虫科学)の研究室に所属が決まり、 さっそく手持ちの映像解析技術でアブラムシの個体数を数えてみせたら、菊田准教授も強い興味を示してくれたという。「昆虫とか果樹とか、農学部にはデータのもととなる素材がいっぱいある。いろいろと試しながら腰を据えて取り組むテーマを見つけていきたいです」 (益子さん)。デジタル技術を柔軟に使って(遊んで)みせる自由さが、農学部の研究や教育のアプローチに変化をもたらし、DXの扉を開きつつある。

(所属・学年等は2023年3月1日現在)


IBADAIVERS_LOGO.pngこの記事は茨城大学の広報紙『IBADAIVERS(イバダイバーズ)』に掲載した内容を再構成したものです。