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【前篇】多様な性的指向・性自認等の尊重のためのガイドラインを策定
ー背景やビジョンを菊池あしな理事&沼田世里講師に聞く

 茨城大学では昨年(2022年)12月に、「茨城大学における多様な性的指向と性自認等を尊重する基本理念・基本方針と対応ガイドライン」を策定しました。LGBTの方への対応ということに留まらず、大学のすべての構成員が安心して過ごせる環境づくりに目を向けた指針にできれば、という想いのもと策定された今回のガイドライン。策定の背景や基本的な考え方、これからの展望などについて、菊池あしな理事(ダイバーシティ・国際・SDGs)と学生相談カウンセラーを務める全学教育機構(バリアフリー推進室)の沼田世里講師に話を聞きます。
(本記事は【前篇】です。【後篇】では学生たちとの対談をお届けします)

―まずはガイドライン策定の経緯を教えてください。

菊池あしな理事「教育現場での対応にあたっては2015年に文部科学省から「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」という通達があり、特に初等中等学校ではサポート体制の構築が進んできました。その後2018年に日本学生支援機構から大学等の教職員を対象として、理解の増進を図ることを目的に「大学等における性的指向・性自認の多様な在り方の理解増進に向けて」が出されました。
 一方、茨城大学でも、学生相談を中心に取り組みを行ってきました。また、『イバダイ・ビジョン2030』では1番目の項目(Action1)で『社会・世界に開かれたキャンパスを構築し、多様な価値観の交差により新たな価値観が生み出される学びの場を提供します』と宣言しています。とはいえ、まだ課題は山積みで、意識啓発は急務と考えていました。そうした背景の中で昨年12月のガイドライン策定に至りました」

diver_02.jpg沼田世里講師「これまでも支援の取り組みや議論は長く積み重ねてきました。2016年にバリアフリー推進室ができ、性的マイノリティの学生からの相談も多くありました。その中では呼称を変えたいという学生に通称使用を認めたり、健康診断に『男性』『女性』に加えて『その他』の時間区分も設けるなどの取り組みをしてきました。そうしたことを踏まえ、ガイドラインの学生への対応部分の素案自体は2020年には既に作っていたのですが、その翌年に茨城県と県内に教育機関を有する大学等との性的マイノリティ支援連絡協議会が発足しまして、そこでの議論も経ながら完成させていった形です」

―本学のガイドラインの特徴は?

沼田「他大学ではLGBT等の対応ガイドラインというところが多かったのですが、普段学生たちから性についてのいろんな相談を受ける中で、LGBTだけに狭めたくないな...ということがあり、より広がりをもたせた『多様な性的指向と性自認等を尊重する基本理念・基本方針と対応ガイドライン』というタイトルにしました。身近なところでいうと、女性らしく、男性らしく、といった言説に対する抵抗感は割と多くの学生からも聞いていたので、そういうことも含めて大学として柔軟に、寛容になったらいいなという想いを込めたガイドラインになりました。
 それから、教職員と学生とで異なる対応方針をつくっている大学もあるのですが、本学では全構成員の権利を守り、対応していくんだという意識のもと、統一的なガイドラインにしました」

―ガイドラインでは目指すべき本学や社会の姿が示されていますが、現実とはまだ多くのギャップがあると思います。現状のおもな課題は?

沼田「多様な性のあり方、自分の性のあり方に戸惑っている、困っているという学生に、継続的なサポートをするという視点がまだ足りないと思います。たとえば健康診断の対応は年に1、2回の話で、サポートとしてはそれで終わってしまう。人員体制が必要になる話ではありますが、学生たちが就職して社会に出るというところまでも意識をした継続的な支援が必要だと思っています。
 また、苦しんでいる学生が声を出しづらいという状況も、社会全体を含めてまだまだありますよね。特に茨大生は、私の印象ですがとてもマジメで、困っていることやこうしてほしいということを言うのはワガママと思ってしまう学生が多いように感じています。その意味ではこのガイドラインの策定自体がひとつの発信ですし、多目的トイレなど設備面を整えていくことも、大学としての姿勢を見せることにつながりますから、ひとつひとつちゃんと取り組んでいきたいです」

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―ガイドラインでは授業での呼称や性別欄の扱い、アウティング(他人の性的指向等を暴露すること)の禁止などの具体的な行動の指針が示されていますが、これらが徹底されるためには、各構成員がきちんと理解をしていないといけません。教職員や学生の理解や具体的な行動をどのように促していきますか

菊池「教職員向けには、茨城県から提供いただいた、多様な性に対する理解促進のための研修の動画をまずは見てもらっています。現状で100人以上の教職員がアクセスしてくれました。そういう教材も探して紹介するとともに、意見交換の場も設けて理解を広げていきたいです」

沼田「たとえば聴覚障害の学生であればノートテイクをピアサポーターに依頼するという環境が本学でもできてきましたが、性的マイノリティの学生が他の学生に何か具体的に支援を求めるというのはやはり難しいところがありますよね。性的マイノリティについて理解し、サポートする周りの人たちのことを表す『アライ(Ally)』という言葉がありますが、学生たちの中でアライの育成をしていけたらな、というのは考えています。
 それから、当事者と当事者以外というふうに分けずに、性のあり方についてなんとなく話してみようよ、というイベントをやってみたりとか。そこからすそ野を広げて、茨大ってそういうことが話せる大学だよ、という雰囲気をつくっていきたいですね」

―本学のガイドラインがLGBTの方などへの対応だけでなく、「女らしさ」「男らしさ」のようなより広い規範まで念頭に置いたものというのは印象的です。それは学内での性別役割分業意識にも関わりますね。

沼田「そうした点については学生の方がより柔軟です。情報もたくさんあるし、いろんなワードも学生の方が知っている。少数の性的マイノリティに限らず、女性、男性ということにこだわらないというのは学生の方が柔軟にできていて、むしろ大学としてそれに応えていかないといけない、変わらないといけないという焦りさえ感じます。ピアサポーターの学生たちからも『この授業でこんな発言があった』という意見はちょこちょこ聞くので、やっぱり広く全構成員に伝えていかなきゃ、と思いますね」

―個人が社会に合わせるというよりも、社会の意識の変容が重要ということですよね。社会の意識変容に対する大学の役割をどう考えますか?

菊池「多様な性的指向を認め合う環境をつくっていくというのは、どこかの一部にだけ自分の居場所を求められるということではなく、社会全体が変わっていくということです。大学を含む教育機関は、そこでいろんな議論をし、試行錯誤しながら、現実の中でより良い形を模索していって、やがてガイドラインさえ必要ないような、一人ひとりが違って当たり前で、自然と支え合えるような環境づくりの基盤をつくっていかなければなりません。若い学生のみなさんの方がいろんなことを知っていて、私たちが教えてもらうことも多いので、教職員も変わっていくことを恐れず、学ぶ姿勢が大事ですね」

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沼田「大学の良いところはオープンな場で、高校までの場や就職してからの職場などよりも開かれているところです。同一性を押し付けられづらい、自分自身が出せる場というのが大学の強みだと思うので、当事者の人もアライの人も、そうでない人も、オープンに議論をしたり、それぞれの多様性を活かしあって進める、そういう大学の魅力を活かした活動を推進していけるといいですね」

―今後、ガイドラインのアップデートは?

沼田「まずはとにかく茨城大学として多様な学生、教職員を受け入れて、みんなでやっていくんだ、ということで出した第一弾が今回のガイドラインです。中身はまだまだ足りないと思うところもあるのですが、まずはガイドラインができたということで、これまで生活しづらいと思っていたみなさんに少しでも安心してもらえればと思っています。とはいえ、決して完成したものとは思っていません」

菊池「人が感じる生きづらさは千差万別です。今回のガイドライン策定を契機に、学内でのコミュニケーションの場を広げていって、さまざまな方の意見に寄り添いながら、必要なものをアップデートしていく必要があります。国立大学は文科省や国の指示のもとで動きが鈍いところがどうしてもあるのですが、一方で実際に行動をしている学生や教職員のアクションは早いし、そこでこそ未来が創られていますから、私たちとしてもただ待っているだけではなく、動いているところとちゃんとつながって、今後もパッと形にできるよう進めていきたいです」

【後篇】では、今回のインタビューに立ち会った茨大広報学生プロジェクトのメンバーとの対談をお届けします。

沼田世里講師と菊池あしな理事 左:沼田世里講師、右:菊地あしな理事