1. ホーム
  2. NEWS
  3. 太陽光エネルギーの吸収が水素原子1つで変わる!タンパク質中で色が変わる色素の水素原子の可視化に世界で初めて成功 中性子構造解析と量子化学計算を組み合わせ 色素の緑と青の違いが生じる原因を解明

太陽光エネルギーの吸収が水素原子1つで変わる!
タンパク質中で色が変わる色素の水素原子の可視化に世界で初めて成功
中性子構造解析と量子化学計算を組み合わせ 色素の緑と青の違いが生じる原因を解明

 茨城大学の海野昌喜教授・城塚達也助教・日下勝弘教授・森聖治教授・矢野直峰助教、宮崎大学の和田啓准教授、久留米大学の杉島正一准教授、久留米工業高等専門学校の萩原義徳准教授、ドイツのTechnical University Munich等との共同研究により、光合成色素のもとになる色素がタンパク質と結合したときにあらわれる色の違い(つまり吸収する光のエネルギー帯の違い)が、水素原子1つの違いによるものであることを世界で初めて可視化しました。
 光合成生物シアノバクテリア中の色素の1つフィコシアノビリンは、ビリベルジンという色素が還元されて作られます。この還元に関わる酵素のアミノ酸1つを別のアミノ酸に置換すると、フィコシアノビリンを作らなくなることがあります。その不活性型の酵素のうち2種類については、同じ色素であるビリベルジンを結合したときに、活性を持つ野生型の場合と異なる色を示す(異なるエネルギーをもつ光を吸収する)ことはわかっていましたが、その詳しい原因はこれまで解明されていませんでした。
 海野教授らは、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCやドイツ・ミュンヘンの研究用原子炉FRM IIという施設の中性子線を利用して、この2つの変異体酵素の構造を解析しました。その結果、結合したビリベルジンの水素原子の個数が1つだけ異なっていることを明らかにしました。また、この構造解析により、アミノ酸の置換(変異)が酵素を不活性にさせる理由も解明しました。さらに、量子化学計算により、ビリベルジンおよびそのまわりのアミノ酸の状態と色の違いとの関係を明らかにすることに成功しました。
 この成果は、今後、広いエネルギー範囲の太陽光を効率よく吸収するための化合物の合成や、微妙な色の違いを出す染料などの合成に役立てられることが展望されます。
 この成果は、12月1日にJournal of Biological Chemistryのオンライン版にてプレ公開、12月25日に本公開されました。

詳しくはプレスリリースをご覧ください。

背景

 光合成生物であるシアノバクテリアには、光合成をするために必要なフィコビリソームと呼ばれる巨大なタンパク質が存在しています。そのタンパク質は太陽エネルギーを効率的に吸収するためのアンテナとなっており、その中には複数種類の色素が含まれています。これら複数の色素により、幅広いエネルギー帯の太陽光を吸収し、そのエネルギーを伝達することによって光合成が進められます。その色素の1つがフィコシアノビリンです。
 シアノバクテリアの中にはフィコシアノビリンを作る酵素(タンパク質の一種)もあります。この酵素(PcyAと称される)は、生体内のビリベルジンと呼ばれる化合物の2か所を還元してフィコシアノビリンを作ります。宮崎大学、久留米大学、久留米工業高等専門学校のグループはこれまでの研究により、PcyAのアミノ酸1つを別のアミノ酸に変換(変異)すると、ビリベルジン結合後の色が変化することを見出しました。また、ビリベルジンに結合したときの色を変化させたPcyAの変異体が、フィコシアノビリンを作らない不活性型となることを発見していました。
 この色の違いが生じる原因については、ビリベルジンにつく水素原子の個数の違いに由来することが予想されていましたが、タンパク質中の立体構造中の水素原子を可視化することが非常に難しいため、色の違いとビリベルジンの水素原子の数の違いの関係を証明できていませんでした。また、不活性な変異体が活性を失う理由も明確にはわかっていませんでした。

研究手法

 タンパク質の立体構造について、原子が見える解像度で解析する手法としてX線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡法が一般的に使われていますが、これらは原子の中で一番小さな水素原子を同定するのにはあまり適していません。そこで本研究では、水素原子をタンパク質中の他の原子と同程度の明確さで同定することが可能な中性子を利用しました。
 本研究では、タンパク質の結晶を非常に大きく育てるという高いハードルを克服した上で、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)内にある茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)やドイツ・ミュンヘンにある研究用原子炉FRM II内にある生体高分子用回折装置(BIODIFF)という装置で根気よく中性子を使ったデータを集め、2つの不活性型変異体の水素原子を含む構造解析に成功しました。実験に際しては、PcyAに結合したビリベルジンが光によって構造が変化してしまう可能性があるため、暗室の中で慎重に行いました。また、実験的手法だけでなく、計算化学的手法によりビリベルジンおよびその周辺アミノ酸の水素原子の状態を解明しました。

結果

 不活性な変異体酵素のうちの2つについては、同じ色素であるビリベルジンが結合しているにもかかわらず、それぞれ野生型のものと異なる色があらわれました(1)。1つの変異体は青色の一種に分類されるような色(露草色)、もう一方の変異体は緑色の一種に分類されるような色(若竹色)となりました。
 これら2種類の状態について、中性子のデータを慎重に解析すると、色素についた水素原子の数が1つ異なっていることがはっきりと可視化されました(図2)。その色の違いがビリベルジンにつく水素原子の個数の違いであることは、今までの研究から予想されていましたが、それを可視化した例は初めてです。
高等植物の色の変化では、赤色の光のセンサーとして働くタンパク質(フィトクロム)に結合する、ビリベルジンやフィコシアノビリンなどのビリン色素の大きな構造変化(光異性化)が知られています。今回の結果は、それとは異なり、ビリン色素の構造が大きく変わらなくても青色と緑色の境目の微妙な違いを生み出すということを世界で初めて明らかにしたものです。
 また、ビリベルジンに水素イオン("プロトン"ともいう)を運ぶためのアミノ酸の向きも変わっていることやそれらのアミノ酸が水素結合によって束縛されて身動きがとりにくくなっていることも、今回の構造解析により、はっきりと分かりました(3)。その影響と推察されますが、野生型の酵素の中で動いていた水分子が、それら2つの変異体の中では止まっていることも明らかにしました(4)。
 加えて、量子化学計算により、ビリベルジンとその周辺の残基のプロトン化状態が色の違いを左右していることもわかりました。実験だけでは水素原子を含めたアミノ酸の構造と色の関係とを明確に解明するのは難しいところ、計算と中性子構造解析を組み合わせることで解決できました。

jobc01.png

図1 2つの不活性型変異体の酵素PcyAにビリベルジンが結合したときの色の違い(どちらもpH 7のもの)

jobc02.png

図2 2つの不活性型変異体の酵素PcyAに結合した色素ビリベルジンの構造。上の変異体Aの中のビリベルジンには下の変異体Bの中のビリベルジンで見られた水素原子が視られない。

jobc03.png

図3 野生型には見られない水素結合。本来、プロトンを受け渡しするアミノ酸は動きやすい状態になっていたが、不活性の変異体では、水素結合によってそれらのアミノ酸が固定されていた。

pict04.png

図4 ビリベルジン近くの水分子は、野生型では様々な向きを向いているものがまざっているか、水素イオンがついたり離れたりするような形になっていたが、変異体ではそれぞれの向きに固定されていた。水素イオンが動いていないのだろう。

今後の展望

 今回の研究によって、このPcyAという酵素によるフィコシアノビリン合成の最初の段階のメカニズムはかなりわかってきました。しかし、この反応は多くの段階を踏むと考えられており、後半の仕組みは良くわかっていません。これを明らかにするには、反応途中の状態の水素原子の可視化を行う必要があると考えています。
 また、色素がタンパク質に結合したときに、水素原子1つの違いで色が変わるということが一般的なのかを確かめるためには、その他の複数の色素とタンパク質が結合した状態の構造を、水素原子が視える解像度で明らかにしていくことが必要だろうと考えています。
 こうした研究によって光合成色素が作られる仕組みを詳細に明らかにすることで、光を吸収して信号やエネルギーを伝達するような色素を効率良く生産することに応用できる可能性があります。また、吸収する光のエネルギー帯をコントロールする方法や、狙ったエネルギー領域の光を吸収する新しい色素の開発を進めることができるかもしれません。それらの色素が大量に安価に入手できれば、人工光合成のようなシステムに組み込むことにも夢が広がります。

論文情報

  • 論文タイトル:Neutron crystallography and quantum chemical analysis of bilin reductase PcyA mutants reveal substrate and catalytic residue protonation states
  • 雑誌名:Journal of Biological Chemistry
  • 著者名:Tatsuya Joutsuka*; Ryota Nanasawa; Keisuke Igarashi; Kazuki Horie; Masakazu Sugishima; Yoshinori Hagiwara; Kei Wada; Keiichi Fukuyama; Naomine Yano; Seiji Mori; Andreas Ostermann; Katsuhiro Kusaka; Masaki Unno* *Corresponding authors
  • 公開日:プレ公開 2022年12月1日、本公開 2022年12月25日
  • DOI:10.1016/j.jbc.2022.102763