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茨城大学農学部で育てた作物を子ども食堂へ
―多くの方の協力で命をつなげる―

本学農学部の附属農場である国際フィールド農学センターで留学生などが育てた農産物が、阿見町の子ども食堂へ提供されました。収穫から各家庭に手渡されるまでの様子を、茨大広報学生プロジェクトの野村香瑚さん(農・1年)が取材しました。

 皆さんは、子ども食堂と聞くとどのようなことをイメージするだろうか。
 多くの人はニュースの中の話、あるいは自分とは少し違う世界と感じるのではないか。しかし、思っているよりも身近な取り組みなのかもしれない。子ども食堂は、運営側や地域によって差があり明確な定義はない。しかし一般的に、多くの子ども食堂では、地域の方々が子どもに無料または少額で食事を提供する場所としている。

 910日、阿見町で子ども食堂を運営する「ホープあみ」の皆さんによるお弁当の配食が行われた。食事の支援を必要とする方々へ手渡された具材たっぷりのお弁当。そこに添えられた大粒のブドウは、茨城大学農学部の農場(附属国際フィールド農学センター)で学生たちが研究の一貫で育てたものだ。実りの秋を迎えてたくさんの実をつけたことから、学生や農学部の教職員たちで相談し、提供することとなった。

9月8日(木)@茨城大学農学部附属国際フィールド農学センター

 農場でブドウを収穫し、子ども食堂を運営する方々へ手渡された。
 ビニールハウスに入ると天井にブドウの蔓と葉が広がり、ブドウやマスカットの実がいくつも垂れ下がっているのが見える。今年度育てられたのは、藤稔(ふじみのり)、シャインマスカット、クイーンセブンの3種類だ。

grape01収穫前の藤稔(ふじみのり)

 これらのブドウは、中国からの留学生の王嘉憶さん(大学院農学研究科1年・小松崎研究室所属)、同研究室に所属する佐藤里桜(農学部4年)さん、技術職員の村田義宏さんにより育てられた。
 この日は子ども食堂用に50房以上を収穫することになり、王さんや佐藤さんに加えて、小松崎将一教授の研究室に所属する学生、留学生も協力した。そのうち、子ども食堂に提供されたのは、粒が大きく甘みが強いことが特徴の藤稔(ふじみのり)だ。収穫されたブドウは、子ども食堂を運営するボランティア団体「ホープあみ」代表の石井早苗さんらに手渡された。

grape02

 また、この日はブドウのほかに農場で育てられたミニトマトとブルーベリーも提供された。農産物を受け取った石井さんは「こんな大きなブドウが茨城で育てられたなんてビックリ。子どもたちに大切に渡しますね」と感謝を述べた。

 
 さて、農学部では、様々な種類の野菜や果物を育てている。農学部の学生である私にとっても興味深いお話をたくさん聞くことができた。ブドウの栽培の様子について、王さんに教えていただいたことをもとに紹介したい。

①種無しブドウの正体

 植物ホルモンの一種である、ジベレリンの処理を行うことで、種無しのブドウが形成される。種が取れないと来年以降のブドウは、どのように収穫するか疑問に思う人も多いだろう。ブドウは、種を植えることで次年度の実を形成する野菜などとは異なり、木の成長に伴って次の年の実がつくのだ。そのため種がないことで、来年のブドウがとれなくなるという心配はない。

②地植えと根域栽培

grape03左手側が地植え、右手側が根域栽培

 地植えは、従来の栽培方法でありブドウの木を地面に直接植える。一方、根域栽培では袋の中に入った土壌に植える。根域栽培には、肥料や水分の量が調節でき、ストレスを与えることで甘く出来るというメリットがある。

③有機農業

 小松崎研究室では、有機農業の研究と普及に取り組んでいる。
 
 有機農業とは、

  • 化学的に合成された肥料及び農薬を使用しない
  • 遺伝子組換え技術を利用しない
  • 農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減する という条件をもつものである。

 今年から始まった有機農業に込める思いを、王さんに聞いてみた。
 王さんは「有機農業によって育てられたものは、健康に良く、更には環境問題にもよい」と話す。しかし「実際に有機野菜や果物をよく食べているかどうか」という問いには言葉に詰まった様子だった。学生の立場ということもあり、自身は有機の食材を手に取ることは難しいと言う。そんな自分の苦しい思いがあるからこそ「今より、気軽に有機作物を手に取れるような栽培方法を見つけていきたい。日本で、有機によって育てられた野菜や果物を生産する農家になりたい」と自身のありのままの思いと、将来の目標を笑顔で語ってくれた。

grape04 収穫したブドウを手にする王さん(左)と佐藤さん(右)

 また、このブドウを育てるにあたり、工夫されたことについて尋ねたところ、思わぬ発見があった。それはAIの導入である。
 昨今、注目をあびている農業。その理由の一つとして、農業×AIが進むことが考えられるだろう。AIの導入により、農家の手間や時間を削減出来るからだ。
 王さんは、実際に自身のスマートフォンとハウス内に設置してあるカメラとを連携して、ブドウの様子やハウス内の環境をチェックしていたという。最新のAIによる農業が進めば、若者の新規就農者の増加が見込め、今後の農業の進歩にも期待できる。

 次に王さんは珍しいものを紹介してくれた。
 以下の写真のシャインマスカットは、王さんが実験用に育てたものだという。お店で見るようなマスカットに比べると、1つの房に3倍くらいの実がつき、30cmを超える長さにまで房が成長している。

grape05


 本来は、糖度と色合いを保つため、一定数の個数の実がついた時点で、収穫する。逆に言えば、収穫しなければもっと実をつけることができる。今回は、実が落ちることなくどこまで成長するのかを調べるために敢えて収穫せずに残しておいたと話す。
 ハウスを訪れていた別の学生からは、このシャインマスカットを見て「摘果しなければ、こんなに大きな果実になるとは驚いた。糖度は少し劣るかもしれないが、市場ではなかなか見ない珍しいものなので、こういったブドウも商品化すればよいのではないか」といった、農学部の研究室所属ならではの意見も聞くことが出来た。

9月10日(土)@阿見町・本郷ふれあいセンター

 王さんたちが育てたブドウがいよいよ、子ども達の手に渡る。
 「ホープあみ」では、普段はフードバンクから食材を得ているという。フードバンクとは、寄付を受けた食料品を貯蔵して、食糧を必要としている人や団体に供与するボランティア活動である。
 フードバンクでは、生鮮食品の取り扱いは行っていないため、今回のブドウなどの生鮮食品の寄贈には、スタッフの方や子どもたちの顔がほころんだ様子だった。
 お弁当の準備には、地域のボランティアの方々14名に加えて、茨城県立牛久高等学校の社会福祉部の2年生3人、1年生1人、計18人が参加し、和気藹々と活動していた。

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 農学部から提供されたブドウやミニトマト、ブルーベリーが調理場に並べられていた。ミニトマトはサラダとスクランブルエッグの和え物として使用され、ブルーベリーはジャムにしていた。

grape07 農場で収穫されたブルーベリーを用いて、ブルーベリージャムつくっている様子。

 地域の方々は、子ども達が好きそうなものを考え、調理されている様子だった。そのおかげで、ミニトマトが苦手な子どもでも食べられそうだと感じた。
 子ども食堂の活動を続けている「ホープあみ」の石井さんは「今後は、不登校の子どもをもつお母さんの相談会なども実施していきたい」と語り、これからも活動し続ける。

grape08

grape09ホープあみのスタッフから各家庭へ手渡されたブドウ(上)とお弁当(下)

 今回の活動を振り返ると一つのお弁当に、数え切れないほどの人の手間と時間、そして、愛情が含まれていたことを感じた。
 今後、阿見の子ども達だけでなく、茨城県、日本、そして世界の子どもたちが、美味しくて新鮮な食材からできる料理を食べられる、そんな世界が来ることを心から願った。

(取材・構成:野村香瑚(農・1年)、撮影:永島彰人(人社・2年)※ともに茨大広報学生プロジェクト)