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凝集状態で円偏光を発光する材料のメカニズムを解明
円偏光発光材料を用いた有機ELの開発にも成功

 茨城大学大学院理工学研究科(理学野)の西川浩之教授と山口央教授、近畿大学理工学部の今井喜胤准教授、産業技術総合研究所電子光基礎技術研究部門の溝黒登志子主任研究員らの研究グループは、固体や薄膜などの凝集状態で円偏光を発光する凝集誘起増強円偏光発光(AIEnh-CPL)材料であるキラルなペリレンジイミド誘導体の時間分解発光測定により、凝集状態における発光種を明らかにするとともに、真空蒸着膜においても円偏光が発光することを確認しました。さらに単量体および二量体に対する量子化学計算により、凝集状態で円二色性を示すメカニズムを明らかにしました。また、キラルなペリレンジイミド誘導体を発光層に用いた有機ELデバイスを作製し、円偏光を発光する有機ELデバイスの開発にも成功しました。
 円偏光を発光する発光デバイスは、三次元ディスプレイ、セキュリティが強化された光情報通信、量子コンピューターなど広い分野への応用が期待されていることから、現在、活発に開発研究が行われています。今回の成果は、凝集誘起増強円偏光発光材料の分子設計に指針を与えるものであり、より高性能な円偏光発光有機ELデバイスの開発につながることが期待されます。
この成果は、2022年3月17日に日本化学会の欧文誌Bulletin of the Chemical Society of Japanに電子版として掲載されたあと、優秀論文(Selected Paper)ならびにInside Coverに採択されました。

研究の背景 

 光は電場および磁場が振動しながら進行する電磁波で、電場および磁場の振動が進行方向に対して回転する光を円偏光といいます。円偏光には、光の進行方向に対して電場あるいは磁場の振動方向が右に回転する右円偏光と、左に回転する左円偏光があります。円偏光を発光する有機ELデバイスであるCP-OLED(circularly polarized organic light emitting diode)は、三次元ディスプレイ、次世代の光情報通信、量子コンピューターなど広い分野への応用が期待されていることから、現在、活発に開発研究が行われています。
 一般に有機物の蛍光材料は、溶液中のような孤立状態で強く発光するのに対し、凝集状態では消光するという凝集起因消光(ACQ; aggregation caused quenching)が起こります。一方、円偏光発光(CPL; Circularly Polarized Luminescence)には発光団がキラルに空間配置する必要があると考えられることから、円偏光を発光する発光デバイスには凝集状態でも発光する材料が必要となります。キラリティを有するペリレンジイミド誘導体である(S,S)-および(R,R)-BPP(BPP = N,N'-bis(1-phenylethyl)perylene-3,4,9,10-tetracarboxylic diimide, 1)は、溶液状態ではCPLを示しませんが、高分子フィルムへの分散やKBrペレットなどの固体状態でCPLを示すという凝集誘起増強円偏光発光(AIEnh-CPL; aggregation-induced enhanced-CPL)材料であることが本研究グループによって既に明らかになっています(図2)。キラルBPPは凝集状態で円偏光を発光することから、CP-OLEDの発光層として適していると考えられます。本研究では、キラルBPP のCP-OLEDへの利用に不可欠である薄膜状態での光学的性質を明らかにするとともに、この物質が凝集状態で円偏光特性を示すメカニズムを解明しました。

図1.キラルなペリレンジイミド誘導体(S,S)-および(R,R)-BPP(図1)キラルなペリレンジイミド誘導体(S,S)-および(R,R)-BPP

図2.キラルBPPにおける凝集誘起増強円偏光発光

(図2)キラルBPPにおける凝集誘起増強円偏光発光

研究手法・成果 

 本研究ではキラルなペリレンジイミド誘導体である(S,S)-および(R,R)-BPPの凝集状態の光物性を解明するため、クロロホルム溶液の蛍光スペクトルの濃度依存性を測定しました。高濃度の溶液では、希薄溶液では観測されない長波長領域に新たな発光バンドを観測しました。また、真空蒸着膜の蛍光スペクトルにおいても、濃厚溶液で観測された長波長領域にブロードな発光が観測されました。したがって、この長波長領域の発光はBPPの凝集に由来すると考えられます。そこで、溶液、薄膜における発光種を明らかにするため、希薄溶液、濃厚溶液および薄膜の時間分解蛍光スペクトル測定を行いました(図3)。その結果、濃厚溶液では希薄溶液と異なり、少なくとも2種類以上の化学種の存在が示唆されました。発光種の寿命を評価したところ、希薄溶液では単一分子からの発光であるのに対して、濃厚溶液では分子間π-π相互作用による2量体およびエキシマーが発光種であることが明らかになりました。一方、薄膜のスペクトルは溶液とは異なり、長波長領域にブロードな発光が観測されました。蛍光寿命の解析から、薄膜でも2量体および弱く相互作用したエキシマーが発光種であることが分かりました。続いて円二色性(CD)および円偏光発光(CPL)スペクトルを測定したところ、高分子分散膜やKBrペレットと同様、真空蒸着膜においてもCDおよびCPLスペクトルが観測されました。また、薄膜状態では2量体やエキシマーが形成されていることから、単一分子および2量体について量子化学計算を行った結果、単一分子では電気遷移双極子モーメントが大きく、磁気遷移双極子モーメントはほぼゼロであったのに対して、ねじれて積層した2量体では電気遷移双極子モーメントおよび磁気遷移双極子モーメントの双方が値を持ち、それぞれのモーメント間の角度が180°に近い値でした。このことから、キラルなBPP薄膜においてBPP分子がキラルな凝集構造を取ることが、本物質のキラルな光学特性の原因であることが明らかとなりました。
 さらに、キラルなBPPをCPL発光材料として用いて有機ELデバイスを作製したところ、非常に簡単なデバイス構造であるにもかかわらず、電界円偏光発光の観測に成功しました。
図3.(S,S)-BPPのクロロホルム溶液の時間分解蛍光スペクトル (a)希薄溶液 (1.0×10-6 M)
(b)濃厚溶液 (1.0× 10-2 M)
(c)真空蒸着膜

(図3)(S,S)-BPPのクロロホルム溶液の時間分解蛍光スペクトル (a)希薄溶液 (1.0×10-6 M) (b)濃厚溶液 (1.0×10-2 M) (c)真空蒸着膜

図4.(R,R)-BPPの電気遷移双極子モーメント()と磁気遷移双極子モーメント(m)
(a) 単一分子
(b) 2量体

(図4)(R,R)-BPPの電気遷移双極子モーメント(m)と磁気遷移双極子モーメント(m) (a) 単一分子 (b) 2量体

今後の展望

 本研究では、固体や薄膜といった形で凝集することによってはじめて円偏光発光を示すAIEnh-CPL分子であるキラルなBPPについて、凝集状態における発光種を明らかにするとともに、CPLなどキラルな光学特性が、BPP分子がねじれて積層することによりキラルな空間配置を取ることが原因であることを明らかにしました。また、ITO電極(アノード)/PEDOT:PSS(ホール輸送層)/chiral BPP(発光層)/Al電極(カソード)という簡単なデバイス構造の有機ELから円偏光発光の取り出しに成功しました。今後、多層構造のデバイスを検討することによりEL特性の最適化を行うとともに、分子間相互作用を制御することによって円偏光特性の向上を目指します。
 今回の成果は、凝集誘起増強円偏光発光(AIEnh-CPL)材料を発光材料として用いたCP-OLEDの開発研究に有益な情報を与えるものであり、より高性能なCP-OLEDの開発に貢献することが期待されます。

※本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(B)(課題番号 18H01950)、挑戦的研究(萌芽)(課題番号 20K21167)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の開発」(課題番号 JPMJCR2001)の支援を受けて実施しました。

論文情報

  • タイトル:Solid-State Photophysical Properties of Chiral Perylene Diimide Derivatives: AIEnh-Circularly Polarized Luminescence from Vacuum-Deposited Thin Films(優秀論文 (Selected Paper)Inside Cover に採択)
  • 著者:Aoba Kanesaka, Yuki Nishimura, Akira Yamaguchi, Yoshitane Imai, Toshiko Mizokuro, Hiroyuki Nishikawa*
  • 雑誌:Bulletin of the Chemical Society of Japan
  • 公開日:2022年3月17日
  • DOI:10.1246/bcsj.20220020