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「虫こぶ」をつくる?昆虫の植物ホルモン
【寄稿】農学部教授 鈴木義人

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Text by 鈴木義人(農学部教授)
Suzuki Yoshihito/1960生まれ。1988年東京大学農学系研究科農芸化学修了、農学博士。米国・カリフォルニア大学ロサンゼルス校博士研究員、日本学術振興会特別研究員(筑波大学遺伝子実験センター)、などを経て1991年より東京大学農学部教員。2009年10月より現職。もともと登山、渓流釣り等が好きですが、歩いていると自然と虫こぶ探しをしている自分に気づきます。

木の実?いいえ、「虫こぶ」です

「たくさん実が付いていますね!」
 私が高枝切り鋏を持ち、木を見上げていた時、散歩しているご夫婦に声を掛けられました。
「これ、実じゃないんですよ。中に虫がいて、住んでいるんです。」

 ある種の植食性昆虫は、植物の葉や茎、芽などに自分の住まいを作って住んでいます。一般に「虫こぶ」と呼ばれますが、実は虫こぶファンは多いみたいで、ネットで検索すると感心するような良くまとまったサイトが幾つも見つかります。これを研究材料にしている私より、ある意味ずっと詳しい人がたくさんいると思います。ご夫婦が通りかかったときに私が見上げていたのは、シバヤナギ(Salix japonica)という植物の葉にハバチ(Pontania sp.)という昆虫が作る「シバヤナギハウラタマフシ」という虫こぶでした。

ysuzuki2.jpgシバヤナギハウラタマフシ

 このように虫こぶにはそれぞれ名前が付けられています。「植物名+形成場所+形や色の特徴+フシ」という形で命名されます。「フシ」は虫こぶの意味なので、「シバヤナギハウラタマフシ」というのは、「シバヤナギの葉っぱの裏にできた玉状の虫こぶ」ということになります。
 虫こぶは様々な種の昆虫が様々な宿主植物に形成し、色も形も、形成過程も様々です。ですから進化的に共通の祖先がいるとは考えられません。でも、虫こぶで共通した特徴もいくつかあります。1つは、虫こぶは住まいであると共に虫にとっての食事場所であるということです。しかも虫がたべる虫こぶの組織はアミノ酸などの栄養価が高いことが良く知られています。また、一般には閉鎖空間になっているため、乾燥などの悪環境や天敵から身を守ってくれます。昆虫が虫こぶを形成することのこうした意義は「栄養仮説」「微環境仮説」「天敵仮説」などと呼ばれています。でも、実際には虫こぶをめがけて卵を産み付ける天敵などもいるので、これらの呼び方が現状での虫こぶの性質をどこまで普遍的に表しているかは別問題です。最初に私と一緒に虫こぶの研究を始めた学生は、1000個の虫こぶを調べたら、998個が他の昆虫に寄生されていて、「これでは実験にならない」と嘆いていました。

虫こぶを形づくる植物ホルモン

 さて、虫こぶを見て「実が付いている」と思った人は別として、虫こぶが虫によって誘導されるものだと分かったときに、虫がどうやってこれほどまでに多様な、ある意味美しい虫こぶを作るのだろう、という研究者的好奇心を持つ人はたくさんいます。

ysuzuki3.jpg左から イスノキハタマフシ、バラハタマフシ、クリメコブズイフシ

 昆虫だけでなく病原菌などの微生物や線虫なども植物にこぶを作りますが、それらは単純に組織が異常に分裂、増殖したもので,見た目にも美しいものではありません。それに比べると、昆虫の作る虫こぶは、色も形も多様で、見ていて飽きない面白さがあります。「どうやったらこんなものが作り出せるのだろう」と考える人がいても全く不思議ではありません。
 私は虫こぶ形成に植物ホルモンが関与しているのではないかという観点で研究をしています。植物ホルモンは植物の成長、発達を制御する生理活性物質です。色々な種類がありますが、例えばジベレリンという植物ホルモンは茎の伸長を促進する植物ホルモンです。ジベレリンが正常に作られなくなった変異体の植物は小さくなりますし、過剰に与えられれば異常にひょろ長く伸びてしまいます(「徒長」といいます)。実際、「馬鹿苗病」というイネの病気は、馬鹿苗病菌(Gibberella fujikuroi)が生産する毒素によって徒長してしまう病気ですが、ジベレリンはこの毒素として発見されました。後にそれが、植物に普遍的に含まれ、伸長制御物質として機能する植物ホルモンであることが分かったのです。ジベレリンは成長している組織1g中に数ng[ナノグラム](※ng1億分の1g)くらいしか含まれていません。この濃度が正常な成長にとって重要なのです。
 ところで植物ホルモンには、多面的な作用性という特徴があります。すなわち1つの植物ホルモンが様々な植物の現象の制御に関与しています。ですから、既知のいくつかの植物ホルモンの様々な作用を合わせることで、植物のほとんどの現象が何らかの植物ホルモンで説明できます。まだ知られていない新しい植物ホルモンがないという意味ではありませんが、植物にとっては異常な虫こぶ形成という現象についても、既知の植物ホルモンによってある程度説明が可能です。

虫こぶ研究 ここに注目!

 では、虫こぶ形成のどの部分に着目すれば良いのでしょうか?

 1つは、異常な細胞分裂です。もともと葉や茎であるべきところに、こぶのような膨らみができるのですから、異常な細胞分裂が起きていることは明らかです。また、上述のシバヤナギハウラタマフシの内部では、ハバチの幼虫が食べても補充されるように細胞分裂が継続して起こります。細胞分裂を誘導する植物ホルモンとして「オーキシン」と「サイトカイニン」が知られています。植物バイオテクノロジーの重要な技術のひとつに「組織培養」があります。例えば、植物の葉の一部を切り出して、栄養のたっぷり含まれた培地に置いておいても何も起きません。ところが、そこにオーキシンとサイトカイニンという2種類の植物ホルモンを入れておくと、カルスという細胞の塊ができてきます。カルスはどんどん細胞分裂をして大きくなります。虫こぶの中の虫の摂食部位は、まさにカルス様の組織なのです。
 2つ目としては、虫こぶは植物にとっては異常組織ですが、虫を取り囲むれっきとした植物の組織ですから、それが維持されるために水分や養分の通り道である維管束が形成されます。維管束の形成にもオーキシンが関与していることが知られています。
 3つ目は、栄養価の高い組織になっている点です。植物ではアミノ酸などの栄養が必要な部分に移動します。例えば発芽の際、子葉や胚乳に溜まっている栄養は、これからどんどん成長する新しい芽へと供給されますし、落葉前の葉に残っている栄養は、まだこれから成長を維持する部分へと流れます。このような栄養の受け渡しで、栄養を与える側の器官はソース器官、もらう側はシンク器官といいます。サイトカイニンは、シンク器官としての機能を高める働きがあります。双葉が開いた植物の一方の葉にサイトカイニンを塗ると、もう一方の葉から栄養が流れてくるという古典的な実験があります。虫こぶは栄養価の高い組織ですから、サイトカイニンが働いている可能性があります。

 これら細胞分裂、維管束形成、高栄養化という3つの点から、オーキシンとサイトカイニンに着目しました。

昆虫が植物ホルモンをつくる?

 では、実際の研究の手順を紹介しましょう。
 まず、シバヤナギハウラタマフシの中にいるハバチの幼虫を取り出して、オーキシンやサイトカイニンが含まれているかどうかを調べました。LC-MS/MSという分析方法を用いると、ng程度の植物ホルモンは容易に測定できます。その結果、虫こぶが発達し、維持されている期間のハバチには、主要なオーキシンであるインドール酢酸(IAA、下図)が植物組織の100倍程度、主要なサイトカイニンの1種であるトランゼアチン(tZ、下図)が1000倍程度の濃度で含まれていることが分かりました。10月になるとハバチの幼虫は虫こぶに孔を空けて脱出し、地面に潜って越冬します。脱出して来た幼虫にはIAAtZもほとんどありませんでした。いかにも、IAAtZがもう必要なくなったから作らなくなったのだと思わせてくれる結果です。

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 驚くべきことに、この虫こぶの誘導は幼虫の段階から始まるのではなく、卵の状態から開始されます。卵は葉脈の中に産み付けられるのですが、その際、卵台液と呼ばれる透明な液体が卵と一緒に葉脈に注入されます。この卵台液の作用によって、直径が1~2 mmのプチッとしたこぶができます。卵台液を分析してみたところ、トランスリボシルゼアチン(tZR、上図)が幼虫のtZの更に100倍以上という、通常の植物のレベルでは考えられないような高濃度で含まれていました。tZR自体はサイトカイニンとしての活性がありませんが,植物はそれを活性のあるtZに変換する酵素を持っています。すなわち、産卵時に注入されたtZRが植物内でtZに変換されて、初期のこぶを作り、その後孵化した幼虫がtZIAAを作って、虫こぶがより大きく成長するのです。それとともに維管束も発達し、さらにtZの働きで栄養価の高いカルス状の可食部が維持されると考えられます。

 さて、このような植物ホルモンは本来植物が作る物質ですが、昆虫であるハバチは自身でそれを作るのでしょうか?
 IAAについては、トリプトファン(Trp)というアミノ酸を用いてハバチが自ら作るということを私たちは明らかにしました。生体内でこのような化学物質が作られる過程を「生合成」と呼びますが、植物においてはTrp→インドールピルビン酸→IAAという2段階の変換によってIAAを生合成することが分かっています。それに対して、ハバチはTrp→インドールアセトアルデヒド(IAAld)→IAAという別の物質を経由する生合成の仕組みを持つことを発見しました。後半のIAAldIAAという変換活性は、虫こぶを作らない種も含めてどんな昆虫でも持っているようで、ハバチでも強い変換能があります。ですから、虫こぶの形成を左右するのは、前半のTrpIAAldの変換であり、これが律速段階として IAAの生産性を決める鍵であると考えられます。
 私たちは最近、ハバチからこの変換を司る酵素を特定しました。それは芳香族アルデヒド合成酵素(AAS; aromatic aldehyde synthase)と呼ばれる酵素の仲間で、PonAAS2と名付けました。PonAAS2をコードする遺伝子は、IAA濃度の高い時期の幼虫ではたくさん発現しており、IAA濃度が激減する虫こぶから脱出後の幼虫では発現量も低くなります。おそらくハバチは進化の過程でPonAAS2を獲得したことで、高いオーキシン生産能を持つに至り、虫こぶ形成能へと繋がったと考えられます。
 一方、卵台液にも幼虫にも高濃度で含まれるサイトカイニンについては、どうやってハバチが作るか、その機構は明らかになっていません。植物でサイトカイニンが作られるときに使われる酵素は、ハバチを含めた昆虫には存在しません。何か別の方法で作るはずです。いくつか候補として着目している酵素があるので、現在はそれを調べているところです。

虫こぶをつくらない昆虫にも虫こぶをつくらせられる?

 最後に私のこの研究の現在の課題ともなっている重要なことを2点ご紹介します。
 ここまで読んでいただいた人は、虫こぶ形成には昆虫が作るオーキシンやサイトカイニンが重要な働きをしていると思ってくれたかも知れませんし、私自身もそう信じたいと思っています。しかし、研究としてそれを証明できたとはまだ言えません。特定の植物ホルモンを外から植物に与えて良く伸びたという結果に加えて、反対にそれが生合成できなくなったときに普通の植物より小さくなってくれなくてはいけないのです。これで初めて、その植物ホルモンが伸長に重要な働きをしていると言えるのです。
 すなわち、虫こぶ形成昆虫がオーキシンやサイトカイニンを作れなくなった時に、虫こぶも作れなくなる、ということが確認できれば良いことになります。そのためには生合成に働く酵素の遺伝子を破壊したり、酵素活性を阻害したりするような薬剤の開発が必要です。また、遺伝子破壊ができれば、サイトカイニンの生合成に関与しているかも知れないと考えられる酵素の遺伝子を破壊して、本当に関与しているかを調べることもできます。

 もう1点は、虫こぶ形成がオーキシンとサイトカイニンという植物ホルモンだけでは説明できないだろうということです。「虫は適切な濃度の植物ホルモンを適切な頻度で適切な場所に与えることで、高度に発達した面白い形の虫こぶを作れるのかも知れない」と考える人もいます。実際、虫がやるような形で人間が植物に植物ホルモンを与えることはできませんから、その仮説を否定する事も困難です。でも、更に別の物質が関与していると考える人が多くいます。虫こぶの植物組織で発現している遺伝子を網羅的に調べるという研究も進んでおり、虫こぶの発達に伴い変化する遺伝子の発現パターンを踏まえると、それらはオーキシンやサイトカイニンの働きだけでは説明できないと考えられています。また、一般に、昆虫は植物を食べる時に口から色々な物質を出すことが分かっています。これを植物側が認識して、植物が昆虫への抵抗性を発揮するということもあるのです。多くの虫こぶで、可食部は細胞分裂が盛んなフレッシュな状態であるのに対して、外側はとても硬い層に被われているという特徴が見られます。細胞壁にリグニンという硬い物質が沈着してできた層です。これは植物の抵抗性反応の1つと考えられますが、一方で中の虫にとっては天敵から守ってくれるという働きをしているかも知れません。進化の過程では生物間の相互作用が原動力になって、いろいろな事が起こります。どちらも自分が損をしないように進化しているはずですが、ある現象だけを見ると間違った判断をしてしまうかも知れません。

 私は現在、少なくともオーキシンとサイトカイニンだけでどこまで虫こぶ形成が説明できるかをより深く追究したいと考えています。そのために、虫こぶを作らない昆虫にオーキシンとサイトカイニンをたくさん作らせてみたいと考えています。技術的には簡単ではなさそうですが、その時に、従来は虫こぶを作らない昆虫が本当の虫こぶに近いものを少しでもつくるのか、見てみるのが楽しみなのです。

(この研究は、もともと植物しか扱っていなかった私には知識も技術も不足していたので、佐賀大、東大、富山大、基礎生物学研究所、産業技術総合研究所など、色々な研究者の助けを借りて進めています。)

※本研究活動の一部は、研究推進経費による「令和2年度 Research Booster」を受けて実施しています。

参考リンク

studymylove.jpg ときには何十年、何百年後の未来を展望しながら学問、真理を追究する研究者たち。茨城大学にもそんな魅力的な研究者がたくさんいます。
 研究者自身による寄稿や、インタビューをもとにしたストーリーをお楽しみください。
 【企画:茨城大学研究・産学官連携機構(iRIC)&広報室】