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【観想】複雑ネットワークと感染症
―理学部・長谷川雄央准教授

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 茨城大学の研究者とのCOVID-19をめぐる対談「観想―WITHコロナの世界」。第4回は、統計物理学が専門で複雑ネットワークの研究をしている理学部の長谷川雄央准教授。現代社会においてどのように感染症が広がるかを推定し、どのポイントをターゲットに対策を講じるかを考える上でも重要になるネットワーク理論。日本では「西浦モデル」が話題になりましたが、感染症対策におけるネットワーク理論の役割を改めて考えます。(聞き手:茨城大学広報室・山崎一希)

西浦モデルが伝えたこと

山崎 日本では、特に緊急事態宣言の時期に、当時北海道大の教授(現・京都大教授)だった西浦博先生によるシミュレーションモデルをもとにしたメッセージが強い印象を残しました。長谷川先生も感染症モデルの研究をしているということで、この間の状況をどのように見ていますか。

長谷川 最初に断っておくと、僕は感染症の専門家というわけではなくて、複雑ネットワークというものを研究しています。インターネットとか人間関係とか、我々の周りにある「つながり」を点(頂点)と線(辺)で表したものを、複雑ネットワークといいます。複雑ネットワークについてはさまざまな研究がありますが、そのひとつに、ネットワークを介して拡がる情報や感染症の解析があります。
 西浦先生が「このまま何も対策しなければ40万人以上が死亡する」という予測を出して話題になりましたよね。あの予測はSIRモデルを基にしたシミュレーションモデルから計算されました。SIRモデルは感染症の基本モデルとして知られていて、ネットワーク研究でもとても良く使います。

可視化した複雑ネットワークの例可視化した複雑ネットワークの例

山崎 SIRモデルというのは何ですか?

長谷川 まず、単純に人の状態を3つにわけます。Ssusceptible)は健康であり感染症に感染しうる状態、Iinfected)は感染していて他人を感染させうる状態、Rremoved, recovered)は死亡した状態もしくは感染から回復して免疫をもっている状態です。「健康(S)な人が感染(I)して、そのうち死亡もしくは回復(R)する」という過程をモデル化しているので、SIRモデルといいます。感染者が接触した人を感染させる力や回復するまでの時間の大小に応じて、感染収束までにどの程度の人数が感染するかを計算したりします。
 今回のコロナの話題とつながりそうな研究を以前やったことがあります。人のネットワークがあって、つながりを通じて感染が拡がる状況を考えます。ネットワークを監視する保健所のような機関があって、感染者を一定の確率で発見でき、感染者とその濃厚接触者を即座に隔離できるとする。感染症の早期封じ込めに成功するためには、どれくらいの確率で感染者を発見できればよいか?という問題です。その問題をネットワーク上のSIRモデルを使って論じました。

山崎 日本のクラスター対策にも重なる考え方ですね。そういう計算を以前にしていた上で、今回の新型コロナの状況を見て感じたことはありますか。

長谷川 西浦先生の予測に関していうと、その後ネットなどで批判されているのを目にしました。「あの数字は過大なんじゃないか」といった指摘や、人によっては独自のモデルを持ち出して「西浦予想と違う結果になりました」みたいな主張とか。正直、自分の言いたい結論になるように感染症モデルをいじることなんていくらでもできるわけで、数字の正確さに拘ってもあまり意味はないと思いました(ただし、基本再生産数その他について、データから信頼できる数字を見出すことはとても重要です)。

山崎 起こっているときはその正しさは誰もわからないわけで、その妥当性はあとで検証されるべきということですよね。

長谷川 そもそも西浦先生の予測は、「何も対策をしなかったら」という前提のうえでの計算ですから、あとから検証するといってもできることは限定的だと思います。西浦先生の提言で重要だったのは、今回のコロナとは、「我々が想像するよりもたくさんの人が死ぬ可能性がある」ということ、「我々が想像するよりもずっと速いスピードで感染が拡がりうる」ということ、「この感染症を封じ込めるためにはわれわれが想像するよりもはるかに行動を抑制しなければならない」ということ、「我々が想像するよりもずっと...」という部分、これこそ数理モデルが教えてくれるメッセージですが、そのメッセージを多くの人に伝えたことだと個人的に思っています。

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「期間限定」ではない

山崎 あの時期、政府がどちらかというと抑制的に見えるメッセージを出していた中で、西浦先生の提言は確かに大きなインパクトがありました。「少なくとも今はがんばってみよう」と思いましたから。

長谷川 一方で、インパクトが大きすぎて頑張りすぎてしまった人も多かったように思います。感染者数がある程度抑えられた一方で、緊急事態宣言の頃の状態については、「二度と経験したくない」という思いが強い人が多いのではないでしょうか。

山崎 それは数理モデルの話ではなく、コミュニケーションの問題ですね。

長谷川 数理モデルの計算から出てきた提言をどう受け止めたかの話ですね。受け止め方の話でいうと、「WITHコロナ」という言葉がありますが、これから先どのぐらい「WITHコロナ」が続くと考えているかは、人によってかなりバラバラなように思います。多くの人が、「今を乗り切れば」という意識をもっている(もしくはもっていた)のではないでしょうか。期間限定の意識で頑張りすぎて、もう疲れてしまったという人は多いと思います。

山崎 さまざまな対策によって感染者数を抑えられた時点から振り返り、「あのモデルはやっぱり間違っていた」という認識が生まれてしまって、オオカミ少年ではないですが、数理モデルみたいなものへの信頼が薄まって危機感をもちづらくなったという側面もあったかも知れませんね。

長谷川 「コロナが収まったら...」とはよく聞きますが、「収まる」というのはどういう状況なのかを考えるべきです。根絶は見込めません。今回のコロナが根絶できないであろうことは、3月時点で明らかでした。そもそも人類が根絶に成功した感染症は天然痘しかありませんし。すると「収まる」というのは、ウイルスが弱毒化するか、治療薬なり対症療法なり医療体制が充分に準備されるか、ワクチンが開発されて行き渡るか、いずれにせよ「感染するかもしれないけど、恐れるものじゃありません」という判断を社会がするしかありません。それは、重症化率や死亡率などの客観的な数字をもって政府・専門家会議が判断、周知していくことになるのでしょうが、そこで「いや、まだ恐れないといけないでしょう。未知の感染症なんですよ?」と考える人との認識のずれ・衝突が問題になりそうです。

接触のネットワークは「スケールフリー」

山崎 それは福島第一原発事故でも起きている問題ですね。ネットワーク理論の研究から示唆されることは他にもありますか?

長谷川 今回のコロナでも当てはまるかどうかははっきりしていませんが、人の接触のネットワークはスケールフリー性をもっていると考えられます。

山崎 スケールフリー性?

長谷川 ネットワークの各頂点につながる頂点の数には、ばらつきがあります。スケールフリー性とは、「ほとんどの頂点はわずかな数の辺しかつながっていないが、一方で、非常にたくさんの辺がつながる頂点=ハブが、少数ではあるが存在する」というものです(より正確には、ネットワークの頂点がもつ辺数の分布がべき分布になっていることを意味します)。人の接触のネットワークはスケールフリー構造になっていて、ちょっとしかつながりがない人が大半の中、我々が想像するよりずっとたくさんのつながりをもっている人がいると考えられます。
 「スーパースプレッダー」という言葉を耳にしたことがあると思います。8割の人は他人を感染させることはなくて、周りを感染させているのは2割にすぎない。周りをたくさん感染させてしまっているのがスーパースプレッダーであると。周りの人を感染させる感染力の個人差とも受け取られていますが、接触のネットワークのハブである人、つまり感染の機会を他の人に比べてはるかにたくさん持っている人をスーパースプレッダーとみなすこともできます。スケールフリー構造を持つネットワークでは、ハブになっている人がスーパースプレッダーとして機能することで、我々が想像するよりもはるかに容易に感染が拡がるということが数理モデルからわかっています。さきほど言ったように、今回のコロナにも当てはまるかはわかりませんが。

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山崎 ソーシャル・ディスタンスなど状況が変わっていますからね。それでもスケールフリー構造の可能性は念頭に置いておいたほうが良さそうですね。

長谷川 スケールフリー構造があるとするならば、感染者の濃厚接触者を辿るというクラスター対策班の方法は、無作為抽出で検査をするよりも高い確率で、スーパースプレッダーを確保できる効果が期待できます。

山崎 なるほど。その点を踏まえると、感染症拡大防止のための無作為での検査は費用対効果が低いという可能性もありますね。

長谷川 そうですね。その指摘に通じる話題として、スケールフリー構造を持つネットワークにおいて感染症を封じ込めるために、どのようにワクチンを配分すべきかを調べた研究があります。やはり、無作為に選んだ人に、ワクチンを配分するのは効果がものすごく悪い。理論上はほぼ100%全員にワクチンが行き渡らない限り、感染症を抑えることはできないという結果が報告されています。というのは、ほとんどの人はハブじゃない、つながりをわずかしか持たない人で、ネットワーク的に感染拡大にもともと寄与していない人たちなのですね。そういった人たちにワクチンを与えたところで、(その人たちが感染しない、重症化しづらくなるという恩恵を除けば)感染症の拡大防止にはならないという事情があります。

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山崎 そうすると効果的なのは、やはり人のつながりを辿っていくことだと。

長谷川 はい。ハブになっている人たちにピンポイントでワクチンを届けるのが効果的で、それができるならば、比較的少ない人々へのワクチンの投与でも感染を抑えられる見込みがモデルの計算から出ています。しかし、誰がハブかは誰にもわからない。
 そんななか、これはクラスター対策の狙いとも通じますが、無作為に選んだ人に対して「あなたの友達にワクチンを渡してください」とすることで効果的なワクチン配分になることがわかっています。つながりを辿ると、ハブな人に辿り着きやすいという性質を利用できるわけです。まあこれはモデルの話であって、医療関係者や重症化リスクの高い人にワクチンを行き渡らせるのが先になるでしょう。

テンポラル・ネットワークへの期待

山崎 誰がハブになるか、といったことを見つける上で、人びとの接触を記録したビッグデータとAIの役割に改めて注目が集まっています。個人情報保護との兼ね合いもありますが、どう考えますか。

長谷川 個人情報保護の議論や厚生労働省のアプリCOCOAについては正直よく知りません。COCOAは、感染者との接触があれば知らせてくれるのですよね?どれくらいの情報を抜き出しているのか知りませんが、移動・接触のデータを取得・蓄積できているのでしょうね。

山崎 感染者と濃厚接触していた、という通知がどれだけ人を動かせるかはわからないところがありますよね。

長谷川 そうですね。下手すると、「今日の運勢」を知らせるのと大差なくなってしまいそう。実際どういう条件で通知を出せば良いかも悩むところ。たとえば、潜伏期間のことを考えて、「あなたの接触者が、感染者と接触していたことがわかりました」という、感染者の先の先まで把握して通知することも可能でしょう。それだと自分の周りにいるハブが感染する前に注意することができるようになるかもしれない。それをやったら毎日通知が来そうだけど・・・

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山崎 やはり二歩先ということが重要なんですね。ワクチンや医療的な技術の進化ということはありますが、感染症対策の面において、ネットワーク理論も新しい発展などはありそうでしょうか。

長谷川 このコロナをきっかけに、人の移動や接触のデータが世界中かつてない規模で記録されているように思います。そのデータを使った研究がこれからたくさん出てくるでしょうね。
 感染症において、人と人の接触というのは、何時何分に接触があって...という時間の情報もとても大事です。そのような接触時間の情報を取り入れたネットワークはテンポラル・ネットワークといって、ここ10年くらいに研究が積み重ねられてきました。

山崎 時間軸も加えた3次元のネットワークのようなイメージでしょうか。

長谷川 そうですね。人と人の接触時間の情報を使うことで、より踏み込んだ提案ができるようになるのかもしれません。

山崎 そうすると、この時間は特に注意、逆にこの時間は少し緩めても大丈夫、みたいに、対策のターゲットもより細かくなるかも知れませんね。

長谷川 どうでしょうかね。いずれにせよ、コロナに対して「今年をのりきれば」とか期間限定のような捉え方はやめたほうが良いと思います。学生には「コロナ禍が5年続くと仮定して、5年続けてもいいと思えるような生活をしましょう」と言っています。5年待たずにこの状況が終わってくれるならそれに越したことはないですけど、終わりがいつかわからないのに「もうちょっとの辛抱だから」と頑張り続けるのはしんどいです。はじめから何年もつきあうつもりで、無理のない程度に気をつけて生きていくほうがよいと思います。

山崎 そういう感覚こそが本当の「WITHコロナ」ですね。今日はありがとうございました。

長谷川雄央(はせがわ・たけひさ) 大学院理工学研究科(理学野)准教授

静岡県浜松市出身。北海道大学大学院理学研究科博士後期課程修了。東京大学大学院情報理工学研究科、東北大学大学院情報科学研究科を経て2015年より現職。専門はネットワーク科学。
【研究室ホームページ】http://takehisahasegawa.sci.ibaraki.ac.jp/

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