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大学が関わる地域資料の保存・活用の「茨城」モデルに国立歴史民俗博物館が注目
―「歴史の未来―過去を伝えるひと・もの・データ―」展、同館担当者に聞く

 茨城大学人文社会科学部の歴史学の教員や学生たちは、地域の災害などを通して見つかった歴史資料を調査し、地域に戻すという活動を行っています。常陸太田市の文殊院という寺院に残されていた室町時代の貴重な木版の大般若経も、そうした活動の中で発見されたものです(関連記事:人文社会科学部・高橋修教授へのインタビュー)。
 
国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で108日から開催される企画展示「歴史の未来―過去を伝えるひと・もの・データ―」(128日まで)では、この大般若経が展示されるとともに、茨城県内の地域において、歴史資料の保存と公開・活用という営みに市民、自治体、大学生が一緒になって取り組んできたという系譜が紹介されます。「茨城大学が長年関わる形で歴史資料の発見、保存、発信という一連のプロセスを上手に可視化し、市民参加につなげてきたという茨城のやり方はひとつのモデルだ」と語る同館研究部の天野真志准教授に詳しい話を聞きました。(聞き手:茨城大学広報・アウトリーチ支援室 山崎一希)

0926_figure1.jpg 国立歴史民俗博物館 天野真志准教授

――常陸太田市や隣の常陸大宮市では、地域の文化財を一斉に公開する「集中曝涼(ばくりょう)」という特徴的な活動が行われていて、こうした取り組みには茨城大学も積極的な役割を果たしてきました。今回の企画展でそこに光が当てられているのは嬉しいことです。本展における茨城関連の資料の位置づけを教えてください。

天野「文殊院の資料の内容の分析は高橋先生が既にかなり詳細に分析していて、その歴史的意義は発信されていますが、今回の展示の趣旨に鑑みると、そうした歴史的価値だけでは留まらないすごさがこの資料にはあると思います。すなわち、こうしたものを大学が主体的に関わって整理され、再発見され、それが地元でまた共有されていくという、このプロセスが重要だと思っているんです。
 私自身も災害対応として大事な資料を預かったり、お返ししたりというサイクルに関わっていますが、茨城の事例は、大学と地域との日常的なコミュニケーションと信頼関係の中で資料の発見や交流ができているというのが特徴的です。
 地域の存続やマンパワーの不足という問題を考えたとき、地域の資料や記憶の継承を誰が持続的に担っていくのかというのは、全国共通の課題です。茨城大学では、高橋先生や添田先生(添田仁教授)、佐々木先生(佐々木啓教授)といった先生たちが、長年の活動で地域との関係を蓄積している上、集中曝涼に象徴されるように、それを広いレベルで発信し続けています。そういう真剣な取組みが、この文殊院の発見の背景にはあると思いますし、茨城の取組みはそうしたひとつのモデルを示していると考えています。ですので、今回は展示会場の中でも、一番目立つ真ん中のスペースで紹介しています。
 単に大事な資料があったということだけでなく、それがどういう意味を持つかということが学生も含めて大学の中でしっかり検討されていて、信ぴょう性のある情報として広く社会に発信されていく。これは地域における大学の存在意義ということにも非常に深く関わっているのではないでしょうか」

0926_figure2.jpg 文殊院所蔵の大般若経(智感版)

――私もそう思いますが、他方で大学の教員の研究業績は主に査読論文や外部資金の獲得で評価されてしまい、学術論文の成果につながりづらい地域に関わる活動はどうしても評価されづらいという状況があるようにも見えます。こうした活動を属人的なボランティアに依存せざるを得ないのは、持続的とは言えないですね。

天野「おっしゃるとおりです。地域連携の実践は、学内評価は上がるかもしれませんが、それは学術的な評価とはイコールではないんですよね。地域の中でどんなに活動しても、結局査読論文の数が足りないといったことで評価されづらい。大学の中でもこうした活動を他の人たちにどんどん知ってもらい、サポートを得ていくことが大事だと思います。
 一方で、ここ十数年ぐらいの間で、そうした問題は少しずつ提起されるようになってきています。地域での実践も学術的な研究として積極的に位置づけていこうという動きも出てきているんですね。そこには評価のあり方自体を変えるという戦略的な視点もあるし、それを研究テーマにしてしまうという実践もあります。私自身、資料保存自体をひとつの複合研究と捉えて、その支援のプロセスも含めて研究として蓄積させていくことができないか、この十年ぐらい考えています」

――今回の企画展もそのコンセプトを世に示すものということですね。

天野「歴史に残すというのがどういうことなのか。何が歴史的存在として珍重され、管理されていくのかということには、たとえば江戸時代から明治時代へと変わるときがそうでしたが、失われるものと守られようとしていくものとの間で、価値観のせめぎ合いが生じているわけです。それは現代も同じであって、発見すること、守っていくこと、伝えていくことという一連のプロセス自体が、歴史のひとつの大きな流れの中に位置づけられるはずなんですよ。
 ところがこうした活動の多くは言語化されず、目に見えないまま埋没してしまって、検証もできなくなってしまいます。それに対して、茨城の高橋先生たちの取組みというのは、集中曝涼がまさにそうですが、そこをかなり上手に可視化されていると思っています」

――茨城史料ネット(歴史資料のレスキュー活動をしている民間団体。茨城大学に事務局を置く)にしても集中曝涼にしても、地域の資料を地域で残していくという活動への「市民参加」ということが強く意識されていると感じます。これぞまさに「可視化」ですね。

天野「集中曝涼は、それ自体は『観覧』なのですが、実はその「後」、アフターでどんなことになっているかがおもしろいと思うんです。茨城では歴史の講演にものすごくたくさんの参加者が集まりますよね。私も常陸大宮市史の編纂に関わっていますが、この地域のみなさんの佐竹氏の歴史への関心の高さには驚かされます。
 集中曝涼の参加者には県内の人も県外の人もいると思いますが、それらの人たちが地元の文化財を再発見していくことで、歴史意識や地域認識がどう変わり、市民社会の中でどう展開していくんだろうというのが、私としてはとても興味深いです」

0926_figure3.jpg 集中曝涼の様子 学生が解説のボランティアを務めている

――資料の保存に参加することが、市民の認識と社会そのもののあり方にどう関わっていくのかということですね。その点で言うと、昔の資料だけでなく、私たちが過ごす「今」の生活に関わるものの中でも、何に注目し、残していくべきなのかということはもっと議論されるべきなのだと思います。たとえば2011年の福島第一原発の事故によって避難区域になったような地域で、「モノ」として何を残していくのか、それが町の外へと避難した人たちの『故郷』のあり方にどう関わるのかということを考え、判断していくことは大切な問題ですよね。

天野「そうですね。現在、歴史を捉えるといったときに、教科書的な古いものとか、有名人の歴史とか、そういうことだけでなく、何をもって象徴的なものとみなすかということがかなり多様化しています。しかし、それ自体は歴史学や歴史という存在を考える上で決してマイナスではないと思うのです。ご指摘のとおり、災害の捉え方の話もそうですし、たとえば今は、コロナ禍に関する関連資料をいろんな博物館が収集するということも起きています。
 我々の経験が歴史になっていくという自覚が社会の中で広がり始めていて、さらにSNSなどの発達で日常的な記録をとることも当たり前になってきました。歴史的なものを守り、伝えていくということにおいて、誰もが担い手になる今こそ、私たち歴史研究の専門家はどんな役割を果たしていくべきなのか、大きな歴史認識だけでなく地域の歴史的なものの判断に専門知がどう介在できるのか。それが問われ始めているのだと思っています」

企画展情報

国立歴史民俗博物館
企画展示「歴史の未来―過去を伝えるひと・もの・データ―」

【会期】2024108日(火)~128日(日)
【会場】国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市) 企画展示室AB
【展示のみどころ】(同展プレスリリースより)

  • 国宝「宋版史記(黄善夫刊本)」や重要文化財「洛中洛外図屏風」(歴博甲本=前期展示)(歴博乙本=後期展示)(国立歴史民俗博物館蔵)をはじめ、各地に伝わる重要資料を多数展示。
  • 古代の歴史書編纂から2020年以降の新型コロナ関連記録まで、人びとが過去を歴史と捉える営みを考える。
  • 国立歴史民俗博物館はどのような社会状況のなかで設立されたのか、戦後以降の関連記録から探る。
  • 地域社会と歴史研究者との対話を通して様々な歴史が再発見される経緯を、そこで見いだされた茨城県常陸太田市の正宗寺・文殊院の実物資料などから紹介する。
  • 最新技術を活用した歴史資料のデジタル化事情を知り、歴史を伝える新たな取り組みを体験できる。

【関連リンク】国立歴史民俗博物館