茨城大学と一般社団法人茨城県経営協会は共同で、「若手の人事労務担当者の勉強会」(全5回)を開催しています。参加者は茨城県内12の企業の人事労務担当者の皆さん。茨城大学でアントレプレナーシップ(起業家精神)教育を担当する間中健介講師が、世界経済における日本の現状やイノベーション論などについて、「人事・労務」の視点で考えるゼミナールです。
この勉強会は、他社(他者)との学び合いを通じて同じ課題や悩みを抱える同世代の仲間をつくることを目的としています。茨城大学研究・産学官連携機構(iRIC)のコーディネートにより、茨城県経営者協会に加盟する県内企業と大学との共同研究の促進を図る、「共同研究創発プロジェクトJoint結(ゆい)」(2021年度始動)の一環でもあります。
取材したのは8月21日の第3回。テーマは「人事・労務担当者のためのイノベーション論―カイゼンでは届かない領域と、人事制度の再設計―」です。人事・労務とイノベーション、一見すると少し距離のあるテーマにも思えますが、企業が新しい価値を生み出していくために、人事・労務の立場からできることは何でしょうか。
講義は、企業名を伏せた4社の財務データを読み解くクイズから始まりました。売上高や総資産、利益率などから、参加者が企業や業種を推測します。正解はNetflix、日立製作所、三菱UFJフィナンシャル・グループ、キオクシア。事業の性質によって利益の生み出し方や資産の持ち方が大きく異なることが分かります。
続いて間中講師が紹介したのは、AI向け半導体で急成長するNVIDIA。同社は従業員1人当たりの売上高が非常に高く、トヨタ自動車と比較しても約7倍。しかし、間中講師は「この差は人材の優劣ではない」と話します。社員個人の能力だけでなく、人が働く環境や人事制度も、生産性を左右するという考え方です。
その例として取り上げられたのが生成AIです。総務省の調査をもとに日本と米国、中国とを比較すると、利用率に大きな差がない一方、組織全体でAIの効果をより高める取り組みでは日本の方が低い傾向にあります。こうしたデータから、間中講師は「実装ギャップの中身は技術力ではなく、人材の権限・評価・育成など人事の設計領域にある」と話しました。さらに、日本企業はAIを費用削減の技術と捉え、他国は収益拡大の技術と捉えていることを紹介し、「1990年代のIT投資と同じ。当時も日本はコスト削減に、他国は売り上げ増加に投資していた」と指摘しました。
AIを使って業務を効率化するだけでなく、経営判断や新しい商品・サービスの創出につなげられるか。参加者は、自社のAI利用が「効率化」を目的としたものなのか、「価値創造」につながっているのかを話し合いました。「社内規定を読み込ませてチャットボットを作成した」「シミュレーションに使っている」「提出物や資料を作成している」といった活用事例が共有されました。
AIを導入するだけでは企業は変わりません。分析結果を読み解く人材や、意思決定に反映できる権限や組織の仕組みも必要です。講義では、日本企業が得意としてきた「カイゼン(改善)」とイノベーションの違いにも触れました。既存プロセスを前提に無駄を削り、与えられた制約下での最適化を図ることがカイゼンだとすれば、イノベーションは、それまでとは違う仕事や市場を生み出す「非連続な価値の創出」のことです。
新しいことに挑戦すれば、失敗や空振りも起こります。間中講師は、新しい価値や事業を生み出そうとする人について、「ほかの担当者と同じ評価制度ではいけない」と話します。さらに、AIやデータ分析などの高度な専門人材を採用しようとすると、従来の給与制度では市場価値に届かない場合もあります。
そこで、次のグループワークでは、高度人材を別建ての処遇で採用した場合、「なぜあの人だけ給料が高いのか」という既存社員の疑問や反発にどう説明するかを議論。求める能力の市場価値や会社で担う役割を説明する必要性、期待した成果が出なかった場合の処遇など、各社からさまざまな意見が出ました。
講義の終盤では、経済学者ウォルト・ロストウの『テイクオフ(離陸)』の考え方を企業経営に置き換えて紹介しました。飛行機が滑走路を走り、十分な速度を得て初めて空へ飛び立てるように、企業も成長のためには、人材や設備、技術への投資を積み重ねていく必要があります。人事や総務などの管理部門は、売り上げを直接生み出さない「コストセンター」と捉えられることもありますが、間中講師は企業が“離陸”するためには、組織や人事制度を整える役割が欠かせないと指摘します。「ちゃんとした飛行機じゃないと、高いところには行けません。総務や経理というのは、発展のために不可欠なもので、皆さんがいないと離陸できないということになると思います」
新しい技術を取り入れ、人材が力を発揮できる組織をどうつくるのか。参加者は、人事・労務が企業の成長に果たす役割を踏まえ、自社の制度や取り組みについて考えを深めました。
この勉強会は月に1度開催し、10月に最終回を迎えます。
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