日立市郷土博物館では、「絵空事のラビリンス 白昼夢へつづく『絵画』という扉」と題した収蔵美術品展を開催している。9月6日まで。最近収蔵された、茨城大学教育学部で教鞭を執った上田薫氏(1928~2025)、十河雅典氏(1943~)の作品も展示されている。同館学芸員で、自身も茨城大学卒業生として上田氏や十河氏に学んだ大森潤也さんに話を聞いた。
――今回新たに収蔵した作品は?
大森氏 まず、上田薫先生の《スプーンのジャム》という小さめの作品です。当館の所蔵作品の中でも人気が高い《ジェリーにナイフ(C)》と同様、上田作品ではおなじみのモチーフです。
十河先生については、作品の中に商品名の文字を入れ始めた初期の時期のものです。会場では、もともと所蔵していた150号サイズの大きな2作品《安息の日》《脱出の日》と向かい合わせになるよう展示しました。
――展覧会の趣旨は?
大森氏 先にテーマを考えたというより、上田先生や十河先生の新収蔵作品をどう料理できるかという発想から始まりました。
「絵空事」というのは、2005年の十河先生の回顧展の副題にも使われていた言葉です。上田先生もスーパーリアリズムの画家といわれながら、ご本人は「絵はいかさま」とおっしゃっていました。三次元のものを二次元に置き換えた時点である種の虚構になるわけです。
さらに、十河先生の作品世界に見られるような、ある種の狂気や「白昼夢」の感覚も楽しんでもらいたい。そうした思いを込めて、このタイトルを付けました。
――茨城大学で教員を務めた上田先生や十河先生の作品を、地域のミュージアムとして所蔵することにはどのような意義があるのでしょうか。
大森氏 約30年前、私がここの学芸員になったとき、自分たちが生きている時代、生きている場所、つまり日立や水戸、茨城で活動している優れた作家をどんどん取り込んでいこうと考えました。その中で、上田先生や十河先生の作品もコレクションに加えていったのです。
お二人がたまたまある時期に茨城大学にいたというだけではありません。大学には、新しいものをつくろう、描こうという明確な動きがありました。その中で学生たちも「自分たちも良いものをつくりたい」という意欲をかき立てられ、実際に地域のギャラリーで展示を行ったり、公募展に出品して入選したりしていました。
私自身も、水戸市梅香にあったギャラリーアルファで上田先生が個展を開いた際、先輩たちと一緒に搬入を手伝ったことがあります。今思えばすごい体験ですよ。教育学部ですから、多くの学生は教員を目指していましたが、一方で、自分も一人の作り手として作品をつくらなければならないという雰囲気がありました。実際に作家として活動している卒業生もいます。
そうした意味で、茨城大学は茨城の美術史を考える上で重要な場だったはずなんです。茨城大学の美術科に関わりのある美術家の作品をきちんとコレクションしていくことには、大きな意義があると考えています。
――実際に茨城大学の美術科を拠点に、さまざまな活動も生まれていました。
大森氏 本展でも2作品を展示している福地靖さん(1933~2018)が、茨城大学在学中に結成に参加した前衛芸術グループ「ROZO群」は有名です。
また、上田先生と十河先生も「アートシンポジウム茨城」(1979~1988)をはじめとする現代美術の活動に積極的に関わりましたし、今回作品を展示している松本安良さん(1948~)はその中心的なメンバーでした。
私が大学生の頃に水戸芸術館が開館したのですが、その創設にあたっても、上田先生や十河先生が当時の佐川一信水戸市長らと毎晩のように集まり、熱い議論を交わしていたと聞きます。
さらに茨城における美術の動きのルーツをたどると、菊池五郎さん(1885~1950)が関東大震災の翌年にふるさとの水戸へ戻り、同じく震災を機に帰郷した仲間たちと立ち上げた団体「白牙会」の存在も重要です。ここが中央との懸け橋となり、美術家たちが集まって、その核となるものが各地へ広がっていきました。当時の茨城師範学校の美術科の教員や学生もそこに関わっていましたから、そうした歴史が茨城大学へと脈々と受け継がれていると考えてよいと思います。
――改めて、絵画作品の価値とは何でしょうか。
大森氏 2000年代頃までは、美術における創作行為のメインストリームは、まだ〈描く〉〈つくる〉ことにありました。しかし、この10年ほどは映像インスタレーションなどが数多く見られます。今ではAIが画像を生み出すようになり、この先どうなっていくのか分かりません。
AIがつくるものも、ある意味では「絵空事」です。その意味では、ここにある絵画の延長線上にあるともいえます。
一方で、これらの絵画は単なるデータではありません。人間が自らの身体と精神を使って描いたものです。だからこそ、そうした部分を味わっていただきたいと思います。
私自身は、そのような有機的な美術を大切にしていきたい。創作は個人の営みですが、何もないところから独創的なものが生まれるわけではなく、必ず時代や環境の影響を受けています。
とはいえ、「絵画をありがたがってほしい」などとは全く思いません。気軽に、楽しく作品を見ていただけたらうれしいです。
(聞き手:山崎一希(広報・アウトリーチ支援室))
展覧会情報
- 日立市郷土博物館 収蔵美術品展「絵空事のラビリンス 白昼夢へつづく『絵画』という扉」
会期:2026年7月18日(土)~9月6日(日)
会場:日立市郷土博物館 2階特別展示室
展示作家:上田薫、石井武夫、佃彰一郎、菊池五郎、長山義一、十河雅典、奥山民枝、福地靖、広原長七郎、松本安良、西成田育男
