茨城大学学術研究院応用理工学野の山内紀子准教授、茨城大学大学院理工学研究科博士前期課程(研究当時)の永井智也氏らのグループは、福島大学農学群食農学類の尾形慎教授のグループおよび苫小牧工業高等専門学校創造工学科の甲野裕之教授と共同で、目的タンパク質を選んで吸着できる、粒径約200 nmの大きさのそろった微粒子を合成するプロセスを開発しました。本研究では、まず、不要なタンパク質の吸着を抑えられるポリマー粒子を水中で合成しました。さらに、粒子表面に正電荷(+)をもたせることで、負電荷(-)をもつ糖鎖化合物と引き合わせ、水中で混合するだけで簡便に粒子表面に固定化できる手法を構築しました。本手法を用いて3種類の糖鎖化合物をそれぞれ粒子表面に固定化したところ、それぞれの糖鎖が認識する特定のタンパク質を吸着し、それ以外のタンパク質はほとんど吸着しないことを確認しました。
糖鎖は、その種類に応じてさまざまなウイルス、細菌、タンパク質を特異的に認識する生体分子です。そのため、本プロセスを応用することで、標的に応じて粒子表面の糖鎖を変更し、多様なウイルスや細菌の検出に利用できる新たな検出技術へと発展する可能性があります。将来的には、さまざまな感染症に対応できる検出・検査基盤として、感染症の早期発見と感染拡大の防止への貢献が期待されます。
この成果は、2026年8月1日にColloids and Surfaces B: Biointerfacesにオープンアクセス誌としてオンライン公開されました(最終版公開は8月12日)。
研究の背景
ナノサイズからマイクロサイズの微粒子は、非常に小さく、体積に対する表面積が大きいという特徴を活かし、医療・バイオテクノロジー、環境・エネルギー、触媒などの工業材料、さらには化粧品やインクなど、幅広い分野で利用されています。
医療分野における代表的な応用例の一つが、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスなどを検出する抗原検査キットです。これらの検査キットでは、表面に抗体を固定化した金ナノ粒子や着色ポリマー粒子が、ウイルスを検出するためのマーカーとして用いられています。
近年では、ウイルスを認識する物質として、抗体の代わりに糖鎖を利用する研究も進められています。糖鎖は、ウイルスの変異の影響を受けにくい可能性があるほか、熱やpHの変化に対して比較的安定であることから、新たなウイルス検査剤への応用が期待されています。
微粒子をウイルス検出剤として利用するためには、標的ではないタンパク質などが粒子表面に付着するのを抑えながら、目的のウイルスを選択的に捕捉する必要があります。また、安定して高精度に検出するためには、大きさがそろい、水中で安定して分散する微粒子が求められます。
さらに、ウイルスを認識する糖鎖を粒子表面に容易に固定化でき、その機能を長期間安定に維持できることも重要です。加えて、検出するウイルスに応じて、さまざまな種類の糖鎖を固定化できる粒子材料が望まれています。
本研究では、目的のタンパク質を選択的に吸着でき、長期間安定して使用できる、大きさのそろったサブミクロンサイズの糖鎖固定化ポリマー粒子を合成する手法を開発しました。
研究手法・成果
本研究成果は、茨城大学山内紀子研究室の「水溶媒中での機能性ポリマー粒子合成技術」と、福島大学尾形慎研究室の「糖鎖化合物の精密合成技術」を組み合わせ、それぞれの特長を生かすことで実現しました。
まず、水中で、疎水性モノマーであるメタクリル酸メチル(MMA)と、親水性モノマーであるメタクリル酸2-ヒドロキシエチル(HEMA)を共重合し、ポリマー粒子(P(MMA-HEMA)粒子)を合成しました(図1)。HEMAを導入することで粒子表面を水になじみやすくし、不要なタンパク質が粒子表面に吸着するのを抑えています。また、合成時にカチオン性重合開始剤2,2′-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]二塩酸塩(VA-044)を用いることで、得られた粒子を正(+)に帯電させました。これにより、負(-)に帯電した糖鎖化合物を、正と負の電荷が引き合う力を利用して粒子表面に固定化できるようにしました。
得られた粒子は、粒径が約200 nmで大きさがよくそろっており(図2)、水中で安定に分散しました。また、標的ではないタンパク質のモデルとして用いたウシ血清アルブミンが、粒子表面にほとんど吸着しないことも確認しました。さらに、固体核磁気共鳴分光法(固体NMR)による解析から、MMAとHEMAが仕込み時と同じ2:1(モル比)の割合で粒子中に取り込まれ、共重合していることを確認しました。この固体NMRによる分析は、苫小牧工業高等専門学校の甲野裕之教授との共同研究により行いました。
粒子表面に固定化する糖鎖化合物には、γ -ポリグルタミン酸(γ -PGA)に多数の糖鎖を導入したものを使用しました。1分子のγ -PGAに多数の糖鎖をもたせることで、標的となるタンパク質をより強く吸着できるように設計しています。
この糖鎖化合物とP(MMA-HEMA)粒子を水中で混合するだけで、糖鎖化合物を粒子表面に固定化することができました。糖鎖が実際に粒子表面へ固定化されたことは、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による分析で確認しました。
さらに、糖鎖を固定化した粒子が特定のタンパク質だけを選んで吸着できるかを、糖鎖を特異的に認識するタンパク質であるレクチンを用いて評価しました(図3)。その結果、3種類の糖鎖について、それぞれに対応するレクチンが選択的に吸着することを確認しました。また、粒子を水中で半年間保存した後も、この選択的な吸着能は維持されており、長期間安定して保存できることも示されました。
今後の展望
本研究により、粒子表面に固定化する糖鎖を変えることで、ウイルス、細菌、タンパク質など、さまざまな標的を選択的に捕捉できる微粒子を作製できる可能性が示されました。本システムは、検出対象に応じて機能を変えられる、安定性と汎用性に優れた微粒子プラットフォームとして活用できると考えられます。
今後、本プロセスを応用することで、多様なウイルスや細菌を迅速かつ簡便に検出する新たな検出剤や検査技術への発展が期待されます。将来的には、新興・再興感染症を含むさまざまな感染症に対応できる検出・検査基盤として、感染症の早期発見や感染拡大の防止への貢献が期待されます。
さらに、本手法は、糖鎖を利用した診断・分離・バイオセンシング材料だけではなく、さまざまな機能性物質を粒子表面に導入するための材料設計基盤として、幅広い分野への展開も期待されます。
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(21K04764、24K08147)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 橋渡し研究戦略的推進プログラム(JP21lm0203010、JP22ym0126803)、茨城大学Research Booster(2021年度)の支援を受けたものです。
論文情報
- タイトル:Electrostatically Assembled Glycan-Immobilized Monodisperse Copolymer Particles for Selective Lectin Adsorption
- 著者:永井 智也(茨城大学大学院理工学研究科博士前期課程(研究当時))、小野 利佳子(茨城大学工学部(研究当時))、岩崎 凜々花(茨城大学大学院理工学研究科博士前期課程)、堀内 剛生(茨城大学大学院理工学研究科博士前期課程)、和田 佑斗(岩手大学大学院連合農学研究科博士課程)、佐藤 涼乃(福島大学大学院食農科学研究科修士課程)、佐々木 康生(福島大学大学院食農科学研究科修士課程)、田中 裕基(福島大学農学群食農学類日本学術振興会特別研究員(研究当時))、尾形 慎(福島大学農学群食農学類教授)、甲野 裕之(苫小牧工業高等専門学校創造工学科教授)、小林 芳男(茨城大学学術研究院応用理工学野教授)、山内 紀子(茨城大学学術研究院応用理工学野准教授)
- 雑誌:Colloids and Surfaces B: Biointerfaces
- 公開日:2026年8月1日(オープンアクセス)※最終版公開は8月12日
- DOI:10.1016/j.colsurfb.2026.116042
用語説明
- ポリマー : 多数の小さな分子がつながってできた大きな分子(高分子)のこと。プラスチック、ゴム、繊維など、身近な材料にも広く利用されている。
- モノマー : ポリマーをつくるもとになる小さな分子のこと。モノマー同士が多数つながることで、ポリマーが形成される。
- 重合 : モノマー同士を多数つなげて、ポリマーをつくる反応のこと。異なる種類のモノマーを組み合わせて重合することを「共重合」という。
- 重合開始剤 : モノマー同士がつながってポリマーをつくる重合反応を開始させる試薬。本研究で用いたVA-044は、重合を開始する働きに加えて、粒子表面に正電荷をもたせる役割も果たしている。
- 核磁気共鳴分光法(NMR) : 磁場の中で原子核が示す性質を利用して、物質を構成する分子の構造やつながり方を調べる分析方法。固体NMRは、固体状態の物質の構造を調べるNMR分析法である。
- モル比 : 物質を構成する分子の数を基準にした割合。本研究では、MMAとHEMAを分子の数の比で2:1となるように使用している。
- 糖鎖 : 糖がいくつもつながった分子のこと。細胞の表面にも存在し、特定のタンパク質やウイルスなどを認識する役割をもつものがある。
- 高速液体クロマトグラフィー(HPLC) : 液体中に含まれる成分を分離し、それぞれの種類や量を調べる分析方法。本研究では、粒子表面に固定された糖鎖の量を調べるために用いている。
研究者の情報
