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津波被害から15年、ベンガラの塗装がよみがえった五浦・六角堂
-塗装費用寄附のサザコーヒーの鈴木社長へ感謝状を贈呈

 茨城大学五浦美術文化研究所では、創立70周年事業として、六角堂の外壁の再塗装を行っていました。このたび作業がほぼ完了し、足場が解体されて一般公開が始まりました。
 再建前の六角堂が津波で流失した東日本大震災から15年が経った2026年3月11日、ベンガラの塗装費用を寄附いただいた株式会社サザコーヒーから、鈴木太郎代表取締役社長らを五浦へお招きし、太田寛行学長より感謝状を贈呈しました。

左から茨城大学の片口五浦美術文化研究所長、下山田理事、太田学長、サザコーヒーの鈴木社長、同総務部の安藤氏
左から茨城大学の片口五浦美術文化研究所長、下山田理事、太田学長、サザコーヒーの鈴木社長、サザコーヒーロースター総務部の安藤氏

 茨城大学五浦美術文化研究所は、北茨城市五浦にある美術思想家・岡倉天心(覚三)ゆかりの文化財を保護・管理しています。今年度は研究所の創立から70周年の節目にあたり、関連の展示やトークイベント、さらに研究所の玄関口である長屋門の屋根葺き替えのためのクラウドファンディングなどの記念事業を行ってきました。

 六角堂の外壁の再塗装もそのひとつです。岡倉天心自身が設計した六角堂は、「亜細亜は一なり」と説いた天心の思想を体現するように、日本・中国・インドといった東洋美術の要素を融合した意匠が施されています。天心はここで瞑想にふけったり釣りに興じたりしていました。

 現在の六角堂は、それ以前の六角堂が2011年の東日本大震災における津波によって流失したことを受け、翌2012年、多くの寄附や支援によって創建当時の姿に再建されたものです。地域の復興のシンボルとしても親しまれてきましたが、潮風を直接受ける環境において、外壁は塩害や経年による劣化が進んでいました。

 そうした中、株式会社サザコーヒーの協力により、再建当時と同様にベンガラという塗料での再塗装を行うこととなりました。同社では茨城大学とともに開発した「五浦コヒー」を商品化しており、その売り上げの一部を、五浦美術文化研究所の保全費用として茨城大学に寄附いただいています。今回の再塗装はその寄附金を活用して実施したものです。

赤いベンガラの鮮やかな彩色がよみがえった
赤いベンガラの鮮やかな彩色がよみがえった

 東日本大震災の発生から15年となった2026年3月11日、株式会社サザコーヒーの鈴木太郎代表取締役社長らを五浦へお招きし、塗り替わった六角堂を披露するとともに、六角堂の中で感謝状の贈呈を行いました。

 太田学長は、「天心が残してくれたものを私たちは受け継いできました。街道から少し寄り道したところに、いろいろな気付きを与えてくれる素晴らしいものがあるということを、この地で天心と六角堂が教えてくれています。そうした価値をサザコーヒーさんとともに作っていけるのは幸せなことです」と謝意を示しました。

六角堂の中に入り言葉を交わす太田学長と鈴木社長(右)
六角堂の中に入り言葉を交わす太田学長と鈴木社長(右)

 鈴木社長は、茨城大学のキャンパス内での出店や「五浦コヒー」開発の取組みを振り返りながら、「岡倉天心さんはいろんな国を回って、お茶を通じて文化を発信しました。僕たちはコーヒーを通じてそれをやっているので、五浦での取組みの仲間に入れてもらえることを嬉しく思っています」と語りました。

 感謝状贈呈式の最後に、五浦美術文化研究所の片口直樹所長は、「六角堂は再建後、北茨城の観光のシンボルに加えて、復興のシンボルとも捉えられるようになりました」「しかしながら、15年経った現在も行方不明者が多くいらっしゃり、地元に戻ることがかなわない被災者の方々がいることも事実です。六角堂を復興のシンボルから改め、『復興に向けたシンボル』として再度捉え直す、現代にそのような新たな意味をもたらすことができる可能性を六角堂に感じて、塗り直しを決意しました」と経緯を明かしました。そして「歴史の中に未来の秘密が隠れている」という岡倉天心の言葉を紹介し、「これまでの歴史を物語り、これからの未来を照らす赤い灯台として、六角堂があり続けることを願っています」と締めくくりました。

震災発生時刻と同じ14時46分、茨城大学関係者で海に向かって黙とうを捧げました
震災発生時刻と同じ14時46分、茨城大学関係者で海に向かって黙とうを捧げました

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