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茨大の成果も多数参照された「第三次気候変動影響評価報告書」
―三村信男特命教授が語るその注目ポイントと「適応計画」

 気候変動による国内の自然や社会への影響のリスク評価をまとめた環境省の「第三次気候変動影響評価報告書」。パブリックコメントの受付も終わり、近く公表される予定です。2100以上の論文をもとにつくられており、茨城大学の研究者による成果もたくさん参照されています。今後、本報告書を踏まえて国の気候変動適応計画が見直されます。本報告書や適応計画の注目ポイントについて、茨城大学地球・地域環境共創機構(GLEC)の三村信男特命教授(前学長)に話を聞きました。

三村信男GLEC特命教授に聞いた
三村信男GLEC特命教授に聞いた

気候変動影響評価報告書とは

—環境省が公表する気候変動影響評価報告書とはどういうものですか?

三村「気候変動が日本の社会や国民生活、自然環境にもたらす様々な影響とリスクを多様な項目にわたって示すものです。この影響評価報告書をもとに、国全体の適応計画とそれぞれの省庁が自分たちの所轄する政策に関する適応計画を策定することが、気候変動適応法で定められています。今回の評価にあたっては、2100以上の論文がもとになっていて、茨城大学が事務局を務めた環境省S-18プロジェクトや本学の研究者の成果もたくさん参照されています」

―今回は第3次の報告書ということですね。

三村「気候変動適応法が成立したのが2018年ですが、第一次影響評価報告書は2015年に出ています。それをもとにして国として最初の適応計画もつくられたのですが、適応法ができる前だったので閣議決定になりました。そのあと2020年に第二次影響評価報告書が出て、翌2021年に適応法に基づく最初の適応計画がつくられました。それから5年ほどが経過して、今回、第三次影響報告書が出たわけです。それをもとに、来年度は各省庁が適応計画を見直すことになります」

―5年ごとに見直すのですね。

三村「国による適応計画策定の仕組みをつくる際、私も学識経験者として意見を言う立場にいました。そこで5年ごとに見直す規定を盛り込むべきだと言ったんです。イギリスが2008年に作った気候変動法にそういう仕組みがあるのですが、社会や技術の状況が刻々と変化する中にあって、計画が固定されるのではなく、常に見直す仕組みを最初から入れておくというのはとても賢いやり方だと思っていたんです。実際、適応法ではその仕組みが採用されました」

―第3次報告書の特徴、特に第2次報告書から変わった点はどんなところですか?

三村「まず、評価対象の項目が増えました。それから各項目において、第二次報告書では、平均気温が産業革命時と比較して2℃上がった場合(2℃シナリオ)と、3~4℃上がった場合(4℃シナリオ)という2つのシナリオでリスクを示していましたが、今回は現状の評価が加わりました。また、影響の重大性も3レベルで評価してより段階的に理解できるようになりました」

第三次報告書では影響の重大性を段階的に理解できるようになった(環境省による公開資料より)
第三次報告書では影響の重大性を段階的に理解できるようになった(環境省による公開資料より)

―IPCC( 気候変動に関する政府間パネル)の報告などでは、1.5~2℃に抑えるのも難しいという厳しい見通しが示されていますね。

三村「それは今世紀を通した目標ですけど、ここ数年の日本の平均気温の上昇は、これまでにない急激な変化を見せており、2026年の現在において既に「1.5~2℃」の世界に近づいていると考えた方がよいように思います。その視点で今回の影響評価を見ると、どんな分野でリスクが高まるかが示唆されます」

「未来」の時間軸を見据えた適応計画

―国の「適応計画」の策定とはどういうものなのでしょうか。

三村「各省庁では、防災なら国土交通省、農業なら農林水産省、感染症なら厚生労働省というように、既に取り組んでいる政策や、今後の計画というものがあるわけです。それらはたいてい「過去」の事態を検証してつくられるのですが、そこに将来の気候の変化という、「未来」の時間軸を勘案した評価を加えて政策や計画を見直そうというのが、適応計画です。現在でもすでに大きな影響が出ているので、第三次適応計画は、現在の対策と将来の備えを両方含むものになるでしょう」

―具体的には?
三村「各分野で、気候変動を踏まえた〇〇の対策という検討がなされるのですが、日本で特に緊急性が高いのは、暑熱、防災(河川、海岸)、農林水産業の3つだと思います。たとえば河川でいえば、川沿いの洪水対策だけでなく、より広い範囲の水田やため池、森林の貯水機能や住民の協力まで射程に入れた「流域治水」の考え方がだいぶ広がっていますね。最新の気候予測を踏まえると、水害の発生頻度も水位の高さも、過去のデータから導いた数値より、1.1~1.2倍に増えます。ですから、この「1.1倍」を前提に現在の堤防や防災の計画を見直そう、と。これが適応計画です」

―なるほど。

三村「あるいは海岸だと、高潮、高波、津波という3つの外力を考えるのですが、茨城県の高潮では、台風の変化よりも、海面上昇の影響の方がより直接きいてくると考えられます。たとえば海面が今より40cm上昇したら、堤防の余裕高が少なくなりますし、河口から遡った地点の洪水の高さに 影響が出る可能性があるのです」


―防災計画自体が適応策だと思いますが、既存の防災施策で前提となっている被害予想に、最新の気候変動の予測を加味して防災計画自体を見直していくことが、ここでいう「適応計画」の策定につながるのですね」

三村「そういうことです。ですから、各省庁が未来の気候の変化を加味した政策評価を行い、見直していく。環境省はそれらを国の適応計画として取りまとめていく、という構造です。第三次影響報告書でこれだけ広範囲に影響が及ぶことが示されたので、各省庁が担当分野の政策の見直しを進めていくことが大事です。もともとの政策目標と気候変動対策を束ねてもっとよいものにする、ということなのですから」

―気候変動適応法の制定により、国の気候変動適応センターが国立環境研の中にできて、その地方版の茨城県地域気候変動適応センターは、茨城大学内に設置されました。各都道府県に設置された地域の適応センターの中で、大学内に設置するというのは茨城が初めてです。この仕組みを通じて、国の適応計画をもとに、各自治体レベルの適応計画策定が進んでいくわけですね。

三村「私たち一般住民 にとっては、自治体の適応計画の方がより密接に生活に関わってきます。その意味で、適応計画を作るプロセスや既存の政策の見直しには、地域の実情や強みを活かすことが重要です。その意味で、住民が最初から関わり、議論すべきだと思います」

未来の政策担当者になりきって気候変動適応策・緩和策を検討する「フューチャー・デザイン・ワークショップ」を、2024年夏に水戸市・大阪大との協力で実施した (説明者はGLEC・田村誠教授)
未来の政策担当者になりきって気候変動適応策・緩和策を検討する「フューチャー・デザイン・ワークショップ」を、2024年夏に水戸市・大阪大との協力で実施した (説明者はGLEC・田村誠教授)

「利他的」な適応策と大学への期待

―とはいえ、将来の気候変動の対策については、選挙で票になりにくいともよく聞きます。多様な住民がプロセスに参加していくことは簡単なことではありませんね。

三村「少し前の論文に興味深いことが書かれていました。私たちは緩和策(温室効果ガスの発生を抑えて気温上昇を緩やかにすること)と適応策(気候変動の影響を予測して対策を行うこと)を気候変動対策の両輪と言ってきたのですが、実は緩和策が利他的で社会規範をベースとする対策なのに対し、適応策というのは自分の身を守るという利己的かつ経済的なメリットに誘引される対策であって、一緒に考えるのは無理があるという指摘がなされていたのです。2つの対策の性質の違いをどう考えるかですね」

―なるほど、電気の利用を減らして温室効果ガスの発生を減らす行動は、社会の目標や将来の被害経験を考えた利他的な行動ですが、水害に備えて保険に入っておきましょう、暑くなるからエアコンをちゃんと付けましょう、というのは「自分のため」という利己的な側面が強いということですね。一方でそんなに簡単に割り切れないようにも思います。実際、多くの適応策は、個人の取組みだけでは成し得ませんよね。

三村「そのとおりです。先日、北陸地方のある市の会合に呼ばれました。そこでは、まちの活性化に取り組んでいる民間団体のみなさんが定期的に集まって、まちを元気にするための議論をしているんですね。そのみなさんが、気候変動について学びたいということで私に依頼が来ました。私が気候変動対策の動向や影響予測、地域において考えるべきポイントなどを話したところ、みなさん、大変熱心に聴いていて、そのあとのグループ討論では、気候変動に強いまちをどうつくるか、ということでいろんなアイデアが出てきました。もともと自分と家族を守るという「利己的」な適応策も、多くの人たちが協力して取り組むことで、まち全体が強くなる「利他的」な取り組みになると実感しました。こうした地域の取り組みが、これからますます重要になってくると思います」

―その意味では、茨城大学は、茨城県や県内の市町村と連携して、気候変動適応を組み込んだ地域の計画づくりにもっと積極的に取り組むべきかもしれません。

三村「そう思います。実際、茨城にはそのアドバンテージがあると思うんですよ。本学や筑波大学のように気候変動の研究・教育に長年取り組んでいる大学があるだけでなく、筑波研究学園都市には国立環境研究所や農研機構といった学術機関があります。実は昨年、つくば市内にあるそうした国関係の研究所が、所轄する省庁の壁を超えて、気候変動適応についての研究会を発足させました。茨城をモデルとして取り組めることはたくさんあると思います」

―その他に大学としてできることは何でしょう。

三村「今既に世界中で起きている気象災害や農作物の不作といった現象について、人びとができるだけタイムリーに把握し、気候変動の実態をイメージできるような、「影響データベース」をつくれるといいですよね。去年11月の東南アジアやスリランカの洪水被害もそうなのですが、激しい気象災害が世界中で矢継ぎ早に起きてくると、そのひとつひとつの災害にその都度対応していくのが精いっぱいで、全容を理解する余裕がなくなってきます。そうすると、総合的な状況把握はどうしても遠のいてしまいます。茨城大学ではいろんな分野の先生たちが気候変動や関連分野の研究をしているのですから、論文にするのには時間がかかるとしても、ひとまず今起きている災害について、いわば発信者 となって何かしらの見解を述べることはできるのではないでしょうか。地球で今何が起きているのか、それをどう見ればいいのかという情報を、タイムリーかつ総体的に把握できるようなプラットフォームをつくれれば、人びとの気候変動の理解も行動変容ももっと進むと思います。

―コロナ禍が広がったときは、ジョンズ・ホプキンス大学が発表していた世界の感染状況の情報によって、当初は不気味に思えたこの感染症の全体像が概観できました。それの気候変動版といったところでしょうか。

三村「そうですね。もちろんひとつの大学が全てをやる必要がありません。ジョンズ・ホプキンス大学もすべての情報を自分たちの手で集めていたわけではないですよね。研究方法論を確立して、茨城大学がデータベースを持ち、運営できるようになれば、気候変動問題の分野で社会に寄与できる情報を、茨城大学からもっと発信できると思います」

(取材・構成:茨城大学広報・アウトリーチ支援室)

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