トップに戻る

熱力学的な力と重力を統一した新たな概念「有効重力」の誕生
―液体が宙に浮く現象を予言する新理論

 茨城大学学術研究院基礎自然科学野の中川尚子教授と京都大学大学院理学研究科の佐々真一教授の研究グループは、重力下で熱が流れる環境下において、液体とその蒸気が共存する状態(気液相共存)にある物質の配置や安定性を決定する新しい熱力学理論を構築しました。
 この研究では、本研究グループが独自に発展させてきた「大域熱力学」を応用することで、熱流がもたらす力と重力という全く異なる物理的要因を統一した新たな概念「有効重力(Effective Gravity)」を導き出しました。この理論により、直感的には不思議に思える「重い液体が軽い気体の上に、静止して浮く」という現象が、熱力学的に最も安定な状態として実現可能であることを理論的に予言しました。
 本成果は、物理学の長年の課題であった、流れがある世界における安定性の原理を確立し、その実例として常識を覆す浮遊現象を提示したものです。
 この成果は、2026年2月3日付でPhysical Review Lettersに掲載されました。

背景

 私たちの身の回りで起こる多彩な現象は、熱や物質の流れに支えられています。こうした流れがある世界において、対象を問わない「普遍的なルール」を見出すこと――それが「非平衡物理学」の大きな目標です。この高い壁に対し、物理学は歴史的に二つのアプローチで挑んできました。一つは、複雑な動きを「運動方程式」で解き明かすアプローチ、もう一つは、対象がどの状態で安定するかを「物差し」(変分原理)で測るアプローチです。19世紀には、前者が「流体力学」、後者が「熱力学」として花開きました。

 20世紀に入ると、ノーベル賞物理学者のオンサーガーらがこの二つアプローチの橋渡しを試み、「非平衡熱力学」が誕生しました。これにより、輸送係数の対称性やエントロピー生成の役割について、深い理解が進みました。しかし、20世紀後半から、「カオス」の発見などにより方程式による研究が急速に進化する一方で、方程式を解くだけではその振る舞いを説明しきれない現象が、取り残される形となっていました。もう一つの武器である「物差し」を探す試みも続けられましたが、多くは形式的な理論にとどまり、「どの状態が実現するか」を予言する力は十分ではありませんでした。
この停滞した状況を打ち破るべく、中川・佐々は、2017年に「大域熱力学(Global Thermodynamics)」を提案しました。二人は、標準的な流体力学では記述が困難な「非平衡相共存」(例えば、水と水蒸気のように二つの状態が熱伝導下で共存する現象)に着目し、従来の熱力学の「物差し」を、矛盾のない形で非平衡に拡張することに成功しました。これは、かつてのオンサーガーが成し遂げた二つのアプローチの融合を、さらに一歩先へと進める現代の大きな展開といえます。

 具体的には、「過冷却にある水蒸気が熱流の影響によって安定化する」といった、直感に反する驚きの現象を、この理論は定量的に予言しました。この大胆な予言は、ミクロなモデルの数値計算や確率過程モデルの理論解析によって、既にその正しさが示されています。

研究目的

 「水は沈み、水蒸気は浮く」。これは地球上の重力下における大原則です(図1左)。この配置が逆転する例として雲がありますが、雲を形作る水滴は激しい上昇気流の流れ(対流)の力を借りて浮いていると考えられています。 では、「流れが全くない静止した状態」で、重い液体が気体の上に浮くことはあり得るでしょうか?常識的にはあり得ない(すぐに落ちてくる)と思われていますが、無重力下ならば、上側を冷やして下側を熱くすれば、液体は上に集まります(図1右)。
さらに研究グループでは、重力下で上から冷やし下から温める(熱流を重力と逆向きにかける)と、激しい流れの力を借りなくても液体が気体の上に浮き上がるという現象を、シミュレーション研究(2024年発表)から発見していました。なぜ重力に逆らう不安定な配置が許されるのか? 従来の平衡熱力学では、このような熱流のある非平衡状態の安定性を判定することができません。大域熱力学によって拡張された変分原理により、一見不安定なこの配置がなぜ安定化するのかを原理的に解明することが、本研究の目的です。

図 1 左:通常の重力下では液体が下に沈む。右:無重力下で温度勾配を与えると、冷たい側に液体が集まる。
図 1 左:通常の重力下では液体が下に沈む。右:無重力下で温度勾配を与えると、冷たい側に液体が集まる。

研究成果

 本研究の核心は、背景で述べた、非平衡状態における安定性の物差し(変分原理)を、重力が働く系において具体的に構築するのに成功した点にあります。

 新しい理論体系(大域熱力学)を用いて解析を行った結果、熱流と重力という全く異なる物理的要因が、一つの数理的枠組みの中で統一され、「有効重力(Effective Gravity)」という新しい概念を導くことができました。

ポイント1 「物差し」の発見:重力と熱流の統一

 19世紀の熱力学が「エントロピー」や「自由エネルギー」という物差しで平衡状態の安定性を説明したように、本研究は熱流が存在する非平衡状態においても、系の安定性を判定する、拡張された熱力学ポテンシャル(新たな物差し)が存在することを示しました。
 このポテンシャルの中では、物質を下に引く重力の効果(力学的エネルギー)と、物質を上に押し上げる熱流による力(熱力学的駆動力)が対等な立場にあり、両者が競合します。この競合の結果をたった一つのパラメータに集約したのが、「有効重力(Mgeff )」です。有効重力は、本来の「重力」と、熱流によって生じる「熱力学的な力」の合力として定義されます。

数式

 ここで、Mは容器内にある物質の質量、gは重力加速度を表し、第一項Mgは本来の重力を意味します。 重要なのは引かれる第二項です。これは、容器の底面と上面との温度差によって生じる「飽和蒸気圧の差」(Δ ps )と断面積Aとの積による力を表しています(図2)。式が示す通り、下から温めて強い熱流を作ると、この蒸気圧の差がピストンのように「熱力学的な力」(上向き)として働き、これが本来の「重力」を打ち消す役割を果たします。

ポイント2 なぜ「静止」して浮くのか:パラダイムの転換

 この理論がもたらす最大の知見は、重い液体が浮くという現象が、対流のような「動き」によるものではなく、新しい物差しにおける「安定性」の結果であるという解明です。

 有効重力の表式が示すように、上下の温度差を適切に与えると、熱流由来の上向きの力が本来の重力を打ち消し、有効重力の符号が反転(マイナスになる)します。このとき、系にとっては、天井側こそが熱力学的な「底」であるという状況が生まれます(図2左)。

図 2 重力と熱流が拮抗して作用する際の力学的バランスの模式図。左:熱流による力が重力を上回り、有効重力が反転して液体が浮く場合。右:重力が熱流による力に勝り、液体が沈む場合。
図 2 重力と熱流が拮抗して作用する際の力学的バランスの模式図。左:熱流による力が重力を上回り、有効重力が反転して液体が浮く場合。右:重力が熱流による力に勝り、液体が沈む場合。

 その結果、水が低いところに流れるのと同じ自然さで、重い液体が高いところに集まり、そこで静止したまま安定化します。これは、「流れの力で浮く」という流体力学の従来の常識を覆し、「熱力学的なポテンシャルの谷に落ちて浮く」という新しい安定化メカニズムの実証です。これにより、方程式を解くだけでは説明しきれない現象に対し、明確な解答が与えられました。複雑な流体方程式を解かずとも、「有効重力」というこの新しい「物差し」の符号を見るだけで、液体が沈むのか浮くのかを完全に予言できるようになったのです。

今後の展望

1. 非平衡科学の新しい地平

 本研究により、19世紀の熱力学と20世紀の非平衡科学の間にあったミッシングリンクが埋められ、流れがある世界でも使える普遍的な「物差し」として大域熱力学の理論的有効性が示されました。 今回導かれた「有効重力」の概念は、単に液体を浮かせるだけでなく、熱流が存在するあらゆるシステムにおいて、物質の配置や安定性がどのように決まるかを定量的に理解する共通言語となります。今後は、本理論の予言に基づいた実験的な検証が期待されるとともに、気象現象や生体内の輸送現象など、複雑な非平衡現象の統一的な理解に向けた展開が見込まれます。

2. 排熱を力に変える新しい制御技術へ

 また、本成果は熱流を自在に操ることで、実質的な「重力」(物質を動かし留める力)を人工的にデザインできる可能性を示しています。 現代社会では大量の排熱が未利用のまま捨てられていますが、本理論を応用すれば、この排熱を利用して、電力や機械的なポンプを使わずに物質を特定の場所に保持したり分離したりする、新しい制御技術が生まれるかもしれません。
「熱を捨てずに、力として使う」―本研究は、エネルギー利用のあり方に革新をもたらす基礎理論としても期待されます。

研究資金

 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(科研費番号:JP23K22415, JP25K00923, JP25K22002, JP25H01975)の支援を受けて行われました。

論文情報

  • タイトル:Thermodynamic Variational Principle Unifying Gravity and Heat Flow
  • 著者:Naoko Nakagawa, Shin-ichi Sasa
  • 雑誌:Physical Review Letters
  • 公開日:2026年2月3日
  • DOI: https://doi.org/10.1103/bbqy-hptc

この記事をシェアする

  • トップページ
  • ニュース
  • 熱力学的な力と重力を統一した新たな概念「有効重力」の誕生―液体が宙に浮く現象を予言する新理論