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固体高分子形燃料電池(PEMFC)の炭素担体にマリモカーボンを利用
酸化抑制機能により従来技術の約20倍の耐久性を確認

 茨城大学大学院理工学研究科/学術研究院応用理工学野の江口美佳教授,同大学院博士後期課程量子線科学専攻3年髙村康平らは,マリモカーボン(MC : Marimo Carbon)を炭素担体とした固体高分子形燃料電池(PEMFC : Polymer Electrolyte Membrane Fuel Cell)が,長期運転において優れた耐久性を示すことを明らかにしました。
 PEMFCは,家庭用燃料電池や燃料電池自動車など幅広い分野への応用が期待されており,その普及拡大には長期的運転を可能とする高い耐久性が必要不可欠です。従来のPEMFCでは,触媒層を形成する炭素担体が酸化することにより,発電性能が低下することが課題でした。この炭素担体の酸化反応を抑制することが,PEMFCの耐久性向上において重要となります。
 MCはダイヤモンド核から炭素繊維が多数成長した球状構造を持ちます。この炭素繊維の構造から,MCはPt担持状態および燃料ガス拡散性に優れた特徴を示します。さらに,劣化加速試験の結果,炭素繊維の高い結晶性が酸化反応を抑制することがわかりました。その結果,MCの優れたPt担持状態および燃料ガス拡散性は,劣化サイクル後も維持され,MCを用いたPEMFCは市販触媒と比較して20倍の耐久性を示しました。
 今回の研究により,MCの耐酸化性がPEMFCの耐久性を高めることが明らかとなりました。今後は,MCの劣化機構を詳細に解析することで,MCの耐久性向上を図ることで,さらなる長期運転を考慮したPEMFCの実現が展望されます。
 この成果は,2026年1月23日にInternational Journal of Hydrogen Energy に掲載されました。

背景

 燃料電池は,水素と酸素から水を生成する化学反応から電気エネルギーを取り出す発電装置です。特に固体高分子形燃料電池(PEMFC : Polymer Electrolyte Membrane Fuel Cell)は,比較的低い温度で作動可能であることから,燃料電池自動車や家庭用燃料電池など幅広い分野への応用が可能です。PEMFCの普及拡大には,耐久性の向上が必要不可欠です。PEMFCの化学反応場は触媒層が担っており,触媒活性を示すPt,炭素担体および電解質で構成されています。PEMFCは起動および停止時に一時的な高電位になることが知られています。この高電位は,触媒層を形成する炭素担体を酸化させます。結果として,触媒層内部の空隙が過度に増加し,全体としてスカスカな構造となります。炭素担体は,Pt担持サイト,電子導電経路および燃料ガス拡散経路の形成を担っていますが,この酸化反応による触媒層構造変化は,これらの機能に影響を与えます。その結果,触媒活性の低下,触媒層表面の接触抵抗の増加,燃料ガス拡散効率の低下など,多岐にわたる発電性能低下の要因となります。炭素担体の酸化を抑制することで,PEMFCの長期運転を可能とし,実用化に向けた耐久性向上に大きく寄与します。従来の炭素担体には粒子状構造のカーボンブラック(CB : Carbon Black)が用いられています。CBは結晶性の低いアモルファス構造であることから,酸化反応が進行しやすくPEMFCの耐久性に課題がありました。

 茨城大学江口研究室では,CBではなく,マリモカーボン(MC : Marimo carbon)を炭素担体としたPEMFCの開発を行っています。図1で示したSEM像からわかるようにMCは繊維状炭素です。その構造は,酸化ダイヤモンドを核とし多数の炭素繊維が放射状に成長した球状構造を持ちます。炭素繊維は結晶性の高いグラフェンシートが積層した構造を持つため,その表面にはグラフェンシートエッジが露出しており,このエッジがPt担持サイトとして機能します。また,繊維間の空隙は燃料ガス拡散経路として機能します。同研究室のこれまでの研究から,MCの炭素繊維構造は,Pt担持状態および燃料ガス拡散性に対して優れていることが明らかとなっています。さらに,電池の作製条件を改良することで,これらの特性を向上させてきました。その上で本研究では劣化加速試験を行うことで,MCを触媒担体としたPEMFCの耐久性を評価し,より実用的な性能評価を行いました。

図1 マリモカーボン(MC)構造 (a)全体像,(b)拡大像

研究手法

 MCの合成は化学気相蒸着法を用いて行いました。Ni担持酸化ダイヤモンドにCH4ガスを接触させることで,酸化ダイヤモンドに担持された複数のNiから炭素繊維を成長させMCを得ました。Pt/MCをPt源として塩化白金酸・六水和物を用いて,液相法により調製しました。調製されたPt/MCおよび市販触媒(Pt/CB)でPEMFCを作製しました。

 劣化加速試験は,NEDO PEFCセル評価解析プロトコルに従い実施しました。本試験では,外部からPEMFCに電位を印加し,起動・停止時に生じる高電位を再現しました。1.0~1.5 Vの範囲で電位の三角波を繰り返し掃引しました。劣化サイクル前後での発電性能を評価することで耐久性を評価しました。

 また,発電性能を詳細に評価するため,XPSおよびラマン顕微鏡を用いて,触媒層の物性を解析しました。XPSではMCの酸素官能基を,ラマン顕微鏡ではMCの黒鉛化度を評価しました。測定は,劣化試験前と劣化試験後(5,000 cycle)の触媒層表面に対して行い,触媒層表面をランダムに12箇所解析しました。

結果

 図2に劣化加速試験の結果を示します。グラフは各劣化サイクルに対応した発電試験の結果です。発電試験におけるセル電圧は,高電流域密度域ほど低下し,この電圧低下が小さいほど発電性能が高いと評価されます。Pt/MCでは,500 cycleの発電性能が0 cycleより高くなりました。これは,初期のサイクルがコンディショニングとして働いたためと考えられます。500 cycle後の発電性能は,10,000 cycleまで維持しました。10,000 cycle以降では,徐々に発電性能の低下がみられました(図2(a))。一方でPt/CBでは,図2(b)からわかるように,500 cycleで発電性能が低下し,500~1,000 cycleの間で,セル電圧は急激に低下しました。劣化3,000 cycle以降ではほとんど変化がみられず,3,000 cycleで深刻な劣化が生じることがわかりました。

 図3は図2の結果から最高出力密度を算出し,劣化サイクルに対してプロットした結果です。Pt/MCでは,0 cycleの最高出力密度は311.1 mW / cm2でしたが,500 cycleで424.5 mW / cm2に増加し,3,000 cycleで最大の最高出力密度467.4 mW / cm2に達しました。その後,10,000 cycleまでこの高い出力を維持しました。一方で,Pt/CBでは,0 cycleで最大の最高出力密度548.0 mW / cm2を示しましたが,500 cycleで391.2 mW / cm2まで低下し,3,000 cycleでは90.7 mW / cm2にまで減少しました。Pt/MCの初期性能はPt/CBに劣るものの,500 cycleという初期劣化でその性能は逆転することがわかりました。さらに,劣化サイクルに対する最高出力密度の低下率を比較すると,Pt/MCは8.20×10-3 mW / (cm2 cycle),Pt/CBは1.52×10-1 mW / (cm2 cycle)でした(算出区間はそれぞれ10,000~60,000 cycleおよび0~3,000cycle)。この低下率の結果からは,Pt/MCの劣化速度はPt/CBと比較し1/18と緩やかであることがわかりました。以上の劣化試験の結果から,Pt/MCは,10,000 cycleまで初期の高い性能を維持し,その後の劣化速度も緩やかであることが確認され,Pt/MCの耐久性は,Pt/CBと比較し約20倍高いことが明らかとなりました。

図2 劣化加速試験の結果 (a)Pt/MC,(b)Pt/CB
図3 劣化サイクルに対する最高出力密度変化

 Pt/MCが高い耐久性を示したのは,劣化サイクルに対する炭素担体の酸化反応が抑制されたためと考えられます。そこで,炭素担体のXPS測定を行い,酸素官能基の割合を評価しました。図4(a)および(b)にXPSから解析したC=Cピークに対するC-OピークおよびC=Oピークの面積割合を示します。グラフには測定した12箇所すべての結果を示し,面積比が小さい順に並べています。劣化サイクルにより酸化反応が進行した場合,C=Cが酸化し酸素官能基(C-OやC=O)の割合が増加します。劣化サイクル前後の面積比の増加率を算出するとPt/MCはC-Oが1.2倍,C=Oが1.5倍とわずかな増加であったのに対し,Pt/CBはC-Oが4.6倍,C=Oが13.9倍であり大幅に増加することが明らかとなりました。Pt/MCがPt/CBと比較して高い耐酸化性を示すのは,MCの炭素繊維を形成するグラフェンが高い結晶性を持つためです。MCの高い耐酸化性は,ラマン顕微鏡で解析した黒鉛化度の結果からも裏付けられました。高い耐酸化性は,劣化サイクルに伴う触媒層微細構造変化を抑制します。その結果,MCが持つ優れたPt担持状態および燃料ガス拡散性が劣化サイクル後も機能し,Pt/MCの耐久性向上に寄与したと考えられます。

図4 触媒層内の12箇所をランダムに測定したXPSの解析結果 (a)C-Oのピーク面積比,(b)C=Oのピーク面積比

今後の展望

 本研究により,MCを炭素担体としたPEMFCが,市販触媒と比較して約20倍の耐久性を示すことが明らかになりました。この耐久性は,MCを炭素担体として用いた場合であっても,電池構造設計の違いにより変化することがわかっています。この要因として,繊維間空隙などのMC構造と炭素酸化に伴うわずかな微細構造変化の相互作用が,発電性能に大きな影響を与えたためと考えています。今後は,MCの劣化機構を詳細に解析することで,MCの微細構造変化と発電性能の関係を明確にし,MCの耐久性向上を図ることで,さらなる長期運転を考慮したPEMFCの実現が展望されます。

論文情報

  • タイトル : Oxidation resistance of Marimo carbon fiber and durability of PEMFC
  • 著者 : Kohei Takamura, Momoka Sano, Hiroyuki Gunji, Mika Eguchi
  • 雑誌 : International Journal of Hydrogen Energy
  • 公開日: 2026 年 1 月23日

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