自然の現象や物質の力を全て説明できるような理論体系が見つかったら、これぞまさに究極の「世界の俯瞰的理解」かもしれません。アインシュタインの相対性理論などを経て確立された「素粒子標準理論」もそのひとつですが、物理学が専門の山下公子助教(基礎自然科学野/理学部理学科物理学コース)はその理論の限界を突破することに挑戦しています。
Profile
基礎自然科学野 理学部理学科物理学コース 助教 山下 公子 (やました・きみこ)
2018年お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。23年4月より現職。
「そこに何かある」という気持ちを大切にしながら、「暗黒物質」に焦点を当て、標準理論を超える物理に挑戦中。
私の専門は素粒子理論の中でも、加速器を用いた実験や宇宙の観測の結果から理論を導く「現象論」のアプローチです。原子や電子よりも小さな「クォーク」や「レプトン」といった素粒子と、これらの間で力を媒介するゲージボソン、ヒッグスボソンという素粒子から構築された「素粒子標準理論」は、最もメジャーな理論で実験からも高い精度で検証されています。
ところがいくつもの事実から素粒子標準理論の限界も示唆されています。例えば実験で確かめられたニュートリノ質量を説明するためには、理論の拡張が必要です。それから直接検出はできていないけれど、観測から質量があるとされる「暗黒物質(ダークマター)」の存在も説明しきれません。私は今、この暗黒物質に焦点を当てて標準理論を超える物理に挑戦しています。
中学や高校で習うような万有引力の法則も、実は素粒子標準理論にうまく位置付いていません。「超ひも理論」を使って量子的に説明できそうなので、その最新の研究と私たちのような現象論との間でもっとコミュニケーションができれば、標準理論を超える物理により接近できると思っています。その意味で分野を超えた共同研究は大事ですよね。
私は修士2 年のとき、「リーディング大学院」という事業でアメリカとフランスにそれぞれ4か月と6か月の短期留学をしました。リーディング大学院では学際的な研究課題に取り組みます。私たちのプロジェクトは生物・数学・数理物理・物理の研究者をメンバーとするもので、私はアメリカのバージニア工科大学に滞在して、皮膚細胞の集団運動を数理モデルでシミュレーションする研究に従事しました。博士修了後のポストをめぐっては、世界中の大学や研究機関に50 件以上応募してかなり苦労しましたが、縁あって台湾の大学のプロジェクトに加わることができ、その後は中国、韓国でも研究員を務めました。各地での素晴らしい先生たちとの出会いを通じて研究のアプローチは大きく広がりました。
学生たちにも、自分自身が関心をもった分野を追究してほしいです。私自身が各地を転々とした分、その学生の興味にあった研究コミュニティを世界の中から見つけて紹介することができると思います。一方、自分とは全然異なるタイプの人がいるという事実を理解することが大切かもしれません。適度な距離を置いて人間関係をとらえることで、ストレスを感じずにやりたいことに飛び込んでいけることもあります。これも一種の「世界の俯瞰的理解」でしょうか。
素粒子標準理論は学部4 年間ではなかなか理解しきれず、修士での学びや研究を通じてようやく全貌が見えてきて、その先に新たな視野が開けてくるようなもの。私自身も「そこに何かある」という気持ちを大切にしながら、展望を開いていけたらと思います。
◤Research Topic◢
暗黒物質(ダークマター)
宇宙をめぐっては、直接検出はされていないが質量や重力をもつ「暗黒物質(ダークマター)」があると仮定されている。ダークマターが本当にあるのか、正体が何なのかは、これまでも観測器実験やブラックホール研究などを通じて探究されているものの、分かっていない。その存在は素粒子標準理論の限界を示すものであることから、暗黒物質の研究の先には新たな理論の構築につながる可能性も秘められている。
研究者の情報
この記事は茨城大学の広報紙『IBADAIVERS(イバダイバーズ)』に掲載した内容を再構成したものです。
構成:茨城大学広報・アウトリーチ支援室 | 撮影:小泉 慶嗣