李満紅講師(教育学野/教育学部国語選修)は、中国江西省南昌市の出身です。専攻は上代日本文学で、現存最古の和歌集である『万葉集』、同じく最古の日本漢詩集『懐風藻』、さらに『古事記』や「風土記」の神話伝説について多くの研究業績を残してきました。上代文学から日中の文化交流や東アジア文化圏の成り立ちを見つめ直す李講師が、国境と時代を超える研究から導く「世界の俯瞰的理解」とは──。
Profile
教育学野/教育学部国語選修 講師 李 満紅 (り・まんほん)
2018 年早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。21年茨城大学着任。25 年10月より現職。専門は上代日本文学、漢文学。
古典文学の研究は、時空を越えて、世界を俯瞰する目を養います。研究、翻訳を通して、100年後、1000年後の研究者や読者と語り合う。それが私の夢です。
漢詩好きだった父の影響で、幼少の頃より漢詩を聞いて育ちました。幼稚園の頃には杜甫や李白など有名な詩人の作品をいくつも暗唱していたそうです。中国では情報系の勉強をしていましたが、小さい頃から大好きだった文学を学びたいという思いが消えず、また、留学に興味があったので、一念発起して日本に渡り、文学部日本文学科への入学を果たしました。
『万葉集』との出会いは学部1 年の時です。その国の文学や文化を学ぶなら原点から始めるべきだと思い、基礎演習という授業での発表テーマに、現存する最古の和歌集を選びました。漢詩とは全く違う文芸様式でしたが、その韻律にはどこか懐かしさもあって、とても魅了されました。『万葉集』と出会うために、日本に呼ばれたような感覚を持ったことを記憶しています。
さて、古典文学と世界の俯瞰的理解がどうつながるのでしょうか。少し例を示してお話しましょう。『古事記』に載っている「因幡の白兎」の神話は、実はインドネシアから伝わった話です。同じく「コノハナノサクヤビメ」の神話は「バナナ型」と呼ばれる死の起源神話で、これもインドネシアが源流です。古代の人々は、インドネシアから黒潮の流れに乗って、長い長い年月をかけて日本に辿り着き、文化を運んで来ました。そして、それが現代の我々にまで伝えられているのです。古典にあたると、人や文化の潮流が見えてきて、時間を超越して、この地球が一つにつながっていることがよくわかります。ウタも同じです。文字が生まれる以前から、特別なリズムをもった非日常の言語としてのウタが、世界中にありました。ウタは、神の言葉、或いは神への言葉と信じられていたのかも知れません。言語は異なっても、ウタの原点には、世界人類に共通する心の働きがあったのです。
日本列島は東アジアの最東端に位置しています。中国大陸や朝鮮半島から、またインドネシア方面から、さまざまな文化が流入しては一旦止まる吹き溜まりのような場所です。日本人は、各方面から入ってきた文化を拒否することなく、またただ受け止めるのでもなく、自らの文化として昇華、発展させて来ました。例えば七夕伝説は中国由来ですが、元々は織女(織姫)が牽牛(彦星)に会いに行きます。一方、日本では彦星が織姫に会いに行く形になっています。『万葉集』にも130首あまりの七夕歌がありますが、すでに男女逆転しています。万葉時代の日本では男性が女性の家を訪ねる妻問婚が一般的で、それに合わせて伝説も変容し、だからこそ万葉人たちは七夕伝説に自らの経験を重ね、歌に思いを込めること
が出来たのです。
このように古典文学の研究は、国境を越え、時代を越えて、世界を俯瞰する目を養うことにつながるのです。
今、『万葉集』(4516 首)の中国語訳に挑戦しています。ただ内容を翻訳するのではなく、和歌としての言葉の力をどう伝えるか、そこに拘りたいと思います。10 年単位の難しい仕事になりそうです。何百年も前の『万葉集』の研究書を読んでいると、まるでその時代の研究者と会話しているような感覚になります。私の論文や翻訳を通して、時間と空間を超えて、100年後、1000年後の世界の研究者や読者と語り合う──それが私の夢です。
◤Research Topic◢
寿命の起源神話。
「石」か「バナナ」か。
東南アジアを中心に世界各地に伝わる寿命の起源神話。神が人間に「石」と「バナナ」のどちらを選ぶかを問うと、人間は食べられるバナナだけを選んだ。永遠に変わらない石は不死を象徴するが、バナナはやがて枯れ腐るため、人間には寿命が定められたとされる。コノハナノサクヤビメの神話でも、高天原から地上に降り立った天孫ニニギノミコトが、岩の象徴であるイワナガヒメではなく花のように美しいコノハナノサクヤビメだけを選んだため、天皇の祖先に寿命が生じたと語られる。
研究者の情報
この記事は茨城大学の広報紙『IBADAIVERS(イバダイバーズ)』に掲載した内容を再構成したものです。
構成:茨城大学広報・アウトリーチ支援室 | 撮影:小泉 慶嗣