世界でも有数の権威ある国際建築展であるイタリアの「ヴェネチア・ビエンナーレ」。2025年11月23日まで開催していた第19回大会に、応用理工学野/工学部都市システム工学科の大村高広助教が出展作家として選出されました。全体テーマ『インテリジェンス─自然知能、人工知能、共同知能─』を受け、日本館テーマは「中立点(In-Between)」となりました。こうしたテーマを作品に落とし込んだ大村助教は、世界をどのように理解しているのでしょうか。
Profile
応用理工学野/工学部都市システム工学科 助教 大村 高広 (おおむら・たかひろ)
2020年東京理科大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。博士(工学)。23年4月より現職。専門は建築計画、建築構法。
ミクロ・マクロ、内部・外部──異なるスケールで視点を可変させ、地域ごとに存在する「複数の現在」、その「ズレ」を認識する。それこそが創造の源泉になると考えます。
私は、「世界の俯瞰的理解」を、上空からの「神の視点」を獲得することではなく、自らの視点の限界性を自覚し、その上で多様な視点を往復することで全体像を構築しようと試みる態度として捉えています。この理解の前提となるのが、世界は単一の時間軸で均質化できる対象ではないという認識です。他者や他の地域を自分たちの過去(あるいは未来)のある段階として位置づけてしまうという、進歩史観的な考え方に私は批判的で、むしろ世界には質的に異なる複数の〈現在〉が並存していると考えています。
例えば日本の高度経済成長期にはデジタルインフラがありませんでした。一方ケニアでは、2007年に始まったモバイルマネー「M-PESA」が急速に普及し、金融包摂や経済活動を全く新しいかたちで駆動させています。これは、ある地域が経験する「経済発展」が、歴史の単純な反復ではないことを示す好例です。以上を踏まえた上で、「世界の俯瞰的理解」には2つのポイントがあるというのが、私の考えです。まず、「視点の可変性」。身体や素材といったミクロな視点から、制度や地球環境といったマクロな視点まで、分析のスケールを自在に行き来する能力が必要だと思います。次に「複数の〈現在〉」があるという視点です。地域ごとの時間差や非同期性を理解し、そのズレから何かを学んでいこうという態度が必要だと思います。
世界の複雑性は、単一の視点では決して捉えきれません。ケニアのモバイルマネーの例が示すように、グローバル化は世界を均質にするのではなく、むしろ技術や資本がローカルな文脈と出会うことで、予測不能な新しい現実、つまり多様な〈現在〉を生み出し続けています。この複雑な現実を理解するためには、固定した視点に安住するのではなく、ミクロとマクロ、内部と外部といった異なるスケールを往復する「視点の可変性」が不可欠となります。そもそも私は、他者や異質なものとの「ズレ」や「誤読」こそが、新たな創造性の源泉になると考えています。もし完全な理解や共感が可能であれば、そこに驚きや発見は生まれません。むしろ、理解しきれない他者との対話のなかで生じる予期せぬ応答や解釈の違いにこそ、自らの思考の枠組みを更新し、新しいものを生み出すきっかけが潜んでいる、と考えます。
ヴェネチア・ビエンナーレに出展した作品は、日本館の〈穴〉や〈壁柱〉といった建築要素がそれぞれ人格を持って語り合う「建築演劇」という手法を取りました。これは複数の主観性が交差する状況を表現・再現したもので、ヴェネチア・ビエンナーレはまさに私が考える「世界の俯瞰的理解」を建築というメディアを通して実践的に探求する試みだったと言えます。研究では、例えば自分の家を「手入れ」するというミクロな行為と、環境問題やロジスティクスといったマクロでグローバルな問題がどのように結びついているかを実践的に解明する、といったことをひとつのテーマにしています。これもまた、スケールを行き来しながら世界を理解するというDPの精神と響き合っていると思います。
◤Research Topic◢
大村助教が作家として出展。
第19回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館展示。
大村助教は、アーティストの藤倉麻子さんとユニットを組み、日本館内部の展示を担当。CG映像、実写映像、補足映像、と3 種類の映像を制作した。CG映像は〈穴〉たちが喋ると、その要素が現実化する。実写映像は、5人の男女の食事。5人は時折、左の映像のアクターの会話に 反応し、観客側に振り返って反応する。観客には、モノと人間の対話が成立しているように見える。
展示に関する詳しいインタビューはこちらから。
工・大村助教がヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展に出展-生成AIを通じて考える 人間と人間でないものの対話と建築|茨城大学
研究者の情報
この記事は茨城大学の広報紙『IBADAIVERS(イバダイバーズ)』に掲載した内容を再構成したものです。
構成:茨城大学広報・アウトリーチ支援室 | 撮影:小泉 慶嗣