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世界の俯瞰的理解の体現に挑む、私たちの現在地。 
岡倉天心がつくった思索の場、五浦・六角堂で茨大の未来を展望する

 茨城大学における教育の質保証の取り組みに真摯に向き合ってきた太田寛行学長。6年に渡る任期の中で、ディプロマ・ポリシー(学位授与要件、「DP」)の最初に掲げられた「世界の俯瞰的理解」をどのように捉え、その実現にいかに取り組んで来たのか?――五浦の地で東洋と西洋の境界の超克を目指した岡倉天心のビジョンに思いを馳せながら、自身の足跡と茨大の未来について六角堂で語りました。聞き手は茨城大学五浦美術文化研究所の片口直樹所長です。

六角堂の前に立つ片口准教授と太田学長

発明がなければ発見はない

片口 六角堂の中には初めて入られたそうですね。

太田 五浦には何度も来ていますが、六角堂に入るのは初めてです。インド、中国、それから日本の精神が合わさった天心の思想を建物として表現したものと考えれば、これこそ天心がたどり着いた世界の俯瞰的理解の象徴ではないかと思います。そして太平洋を臨むこの場所に建てたということ。向こうにアメリカ、すなわち自分が勤務したボストンを見て、西洋も東洋もどちらも同じように見続けようとする意図があったのではないかと思いました。

片口 横山大観や菱田春草、下村観山、木村武山といった画家たちも五浦の岸壁で海に向かって絵を描いていました。日本画家の手塚雄二先生もおっしゃっていたのですが、この場所は潮気があって日本画を描くには全然向いていないんですよ。それでも天心が彼らをここに連れてきたというのは、やっぱり何かを伝えるため、教えるためなのだろうと。画家たちに一種の刺激を与える意図もあったかもしれません。太田学長も、地域未来共創学環やスチューデントサクセスセンターの設立など、茨城大学に新しい学びの環境を作り出してきました。教育改革の歩みをどのように振り返りますか?

太田 「発明がなければ発見がない」と、今は思っています。地域未来共創学環のようなものをひとつの「発明」とたとえると、そこで想定もしなかったような学生を「発見」できたというわけです。例えば入学して最初の顔合わせの翌日にSDGsに関するサークルを立ち上げた学生がいたんですね。つまり、それなりの目標をもって新しい仕組みを実際に作ったら、その目標以上の人たちが来る。逆に仕組みを作らなければそういう人たちも来なかったということです。あるいはアントレプレナーシップ教育プログラムを修了した農学部の学生が、自分の目標について「この職業に就きたい」「お金を稼ぎたい」ではなく、「仕事に誇りをもって働きたい」と言うのを聞いたときは衝撃を受けましたね。果たして我々は誇りをもって働いているのかと。そういうマインドを持った学生がプログラムを履修しているというのもまさに「発見」でした。

片口 私も所長という立場になり、新しい仕組みを作り出す困難さに直面しています。太田学長はどのようにして大きな決断をしてきたのですか?

太田 やっぱり時間が必要だと思うんですよ。「スチューデントサクセス」でいえば、ちょうど10年前、アメリカの高等教育の研究会に行ったとき、会場の近くにある大学のキャンパスを散策していて、「スチューデントサクセスセンター」というのを見つけたんです。それ以来「スチューデントサクセスとは何だろう」ということをずっと考え続けていました。その後、共通教育棟の改修というタイミングが来て、「スチューデントサクセス」というコンセプトで施設と組織を作り直すきっかけになったわけです。ですから自分の中に溜めて自問自答する時間というのはやっぱりありますし、現実の行動に出るには環境の変化のようなチャンスが大事だということですね。

片口 そこには一種の創造性がなければ決断すらできないと思うのです。それはある意味芸術表現が成せるもので、天心が訴えたのもそういうことではないでしょうか。この研究所も学生たちにそれを伝える場所でありたいです。

六角堂内部で対話する片口准教授と太田学長
六角堂内部で対話する片口准教授と太田学長

突き詰めてこそ見える世界がある

片口 太田学長は土壌微生物の研究者でもあります。その視点、経験から「世界の俯瞰的理解」をどのように捉えていますか?

太田 大学院から農学部で最終講義を行うまでの研究生活では、「世界の俯瞰的理解」というよりは、「新たに出会った微生物の生き様を知る」というミクロな俯瞰的理解だったと思います。最終講義では、私が出会うことになった5つの微生物の生き方を紹介し、生きざまを語りました。例えば、大学院生のときに新属新種として記載した「アグロモナス・オリゴトロフィカ(AG)」という細菌を一言で総括すると、「A master of soil life, “AG” likes slow life and perfectly independent, but can associate well with different plants」です。
 何が言いたいかというと、研究対象を徹底的に調べあげていくと、一言で表現できるフレーズにたどり着くのではないかということです。美術分野で言えば、それが作品ということなのかもしれません。研究の道に触れた人ならば、一生懸命突き詰めていくとパッと見える世界がある。それぞれがそうやって見えた世界をもつということが、「世界の俯瞰的理解」じゃないかと思っています。

片口 我々研究者は自分のもっている世界を俯瞰的に見つめなければいけない、というメッセージとも受け取りました。絵画も追究していくと止まらなくなり、どんどん自分中心になる。そういうときはもう一人の他者の目線を常に必要とします。デッサンでも、対象に集中して細かい表現ばかりしてしまっては結局対象を捉えたことにならず、細密な描写もできないのです。
 学長退任後はまた研究者の生活に戻るのですね。

太田 どうでしょうか。学長の仕事に専念するため、論文の査読依頼も一旦はすべて断ったのですが、そうすると自分の専門分野の新しい情報をキャッチアップできなくなってしまう。遠ざかってしまった時間を戻すのは容易なことではありません。自分がやろうとしていることが、今の時代から見てずれているということもあるかもしれません。

旧天心邸の縁側で話が弾む。
旧天心邸の縁側でも話が弾む。

学ぶ人たちの多様化に覚悟をもてるか

片口 最後に、茨城大学に今後どのようにあってほしいか、想いをお聞かせください。

太田 2020年に学長になり、コロナ禍で社会がいきなり変わりました。また、大学だけでなく附属学校園の子どもたちやその家族といった方たちへも視野が広がりました。外国にルーツをもつ子どもたちなども含めて、大学や附属学校園に入る人、関わる人は多様化していく。教育や入試が、今年がうまくいったから来年も同じようにうまくいくというふうにはなりません。どういう子どもたちを入れていくかということを、覚悟をもって決め、真剣に教育のあり方を考えられるか。また出口にしても、「博士の数を3倍に」といった一律的で無理な目標を立てるのではなく、地元企業における博士の必要性について大学が間に入って一緒に考えたり、あるいは本当に博士でなければ地域の活性化はできないかといった問いに答えを出していかなければならない。それが茨城大学のような大学がやらないといけないことだと思いますね。

敷地内に立つ、天心の横顔と理念を刻んだ石碑の前で
敷地内に立つ、天心の横顔と理念を刻んだ石碑の前で

Profile

茨城大学 学長 太田 寛行 (おおた ひろゆき)

1982年東北大学大学院農学研究科博士後期課程修了。農学博士。専門分野は土壌肥料学、微生物生態学。岡山大学歯学部助教授などを経て、97年茨城大学農学部に着任。その後茨城大学農学部長・大学院農学研究科長、茨城大学副学長(大学戦略・IR)、理事・副学長(教育統括)を歴任し、20年4月より学長。

Profile

茨城大学五浦美術文化研究所 所長/教育学野 准教授 片口直樹 (かたぐち なおき)

2002年金沢美術工芸大学美術工芸研究科絵画専攻修了(修士)。高等学校教諭などを経て、09年茨城大学教育学部准教授。22年4月から茨城大学五浦美術文化研究所所長。専門は絵画。洋画家。05年第22回天展 天理ビエンナーレ2005大賞、1999年第20回国際瀧冨士美術賞。

茨城大学五浦美術文化研究所

美術思想家・岡倉天心(覚三)[1863-1913]は、1905年に現在の北茨城市五浦に六角堂を構え、翌年日本美術院の一部を移転させて横山大観らとともに日本美術の振興や国際的な活動を展開しました。茨城大学五浦美術文化研究所は、六角堂や旧天心邸、長屋門などの文化財を管理するとともに地域の文化・芸術に関する研究・発信に取り組みながら、天心のビジョンを伝え継いでいます。

  • 住所:茨城県北茨城市大津町五浦727-2
  • 開館時間:8時30分から(閉館時間は季節により異なります)
  • 休館日:原則毎週月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日)
  • 入場料:400円(中学生以下無料) 
五浦美術文化研究所

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この記事は茨城大学の広報紙『IBADAIVERS(イバダイバーズ)』に掲載した内容を再構成したものです。

構成:茨城大学広報・アウトリーチ支援室 | 撮影:小泉 慶嗣

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