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映画『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』試写イベント開催
―陸軍基地跡につくられた茨大水戸キャンパスで戦争と平和を考える

 茨城大学は1116日、戦後80年の節目に、学生や地域住民の皆さんが戦争への理解を深め、平和について考える機会として、太平洋戦争におけるペリリュー島の戦いを描いた映画『ペリリュー楽園のゲルニカ』(125日公開、久慈悟郎監督)の茨城大学学生対象の試写会・ティーチインイベントを行いました。試写会に先立ち、学生たちが戦争遺跡の調査結果を報告し、後半には原作の武田一義さんと主人公・田丸均役の板垣李光人さんが登壇して舞台挨拶しました。

原作者・武田一義さんと主人公・田丸均役の板垣李光人さん(前列左から)と、発表した学生やイベントに集まった皆さんの記念写真
原作者・武田一義さんと主人公・田丸均役の板垣李光人さん(前列左から)と、発表した学生やイベントに集まった皆さん。©武田一義・白泉社/2025「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」製作委員会

 茨城大学水戸キャンパスは、陸軍水戸歩兵第二連隊の兵営跡地につくられました。同連隊は、太平洋戦争末期、パラオのペリリュー島に上陸し、多くの兵士が戦死しました。

 茨城大学では、学生や地域住民の皆さんがかつて陸軍基地だったキャンパスの歴史に理解を深め、戦争や平和について考える機会を創出すべく、映画の配給元である東映株式会社との共催イベントとして、本イベントを開催。茨大生のほか、近隣の中学校や高校の学生など約400人が来場しました。

学生発表

 映画の公開をきっかけに、人文社会科学部で歴史を専攻する学生や公認サークル「世界の話」運営委員会のメンバー有志「茨城歴史探究チーム」が、陸軍水戸歩兵第二連隊にまつわる歴史などを調査しました。
 この日は3グループに分かれて調査結果を報告。「水戸歩兵二連隊ができるまで―その後の市民生活への影響―」について発表した人文社会科学部4年の小堀結生さんと伊藤百音さんは、同連隊が1909(明治42)年に千葉・佐倉から水戸に転営した経緯について、「軍隊組織の持つ経済力による地域社会の発展を期待し各地で誘致運動が活発化した流れだった」と説明。工兵の訓練可能な那珂川が近くにあること、平地林が歩兵の練兵場に適していることなどから堀原付近が選ばれ、周辺が軍隊城下町として発展していった歴史を解説しました。
 残る2グループは、「ペリリューまでの第二連隊―満州事変・日中戦争を中心として―」、「茨城大学周辺の戦跡紹介―現在に残る水戸歩兵第二連隊の存在―」について発表しました。

スライドを使用した学生発表の様子

 本作品の舞台であるパラオ・ペリリュー島の戦いには、守備の要を担う水戸歩兵二連隊として、多くの若者が戦地へ赴きました。映画主人公の田丸均と相棒の吉敷佳助はともに21歳。当時の彼らに近い年齢である学生たちによる発表は、映画に現実感をもたらしました。

舞台挨拶・ティーチインイベント

 映画の上映が終わり、太田寛行学長があいさつ。来場した中高生と茨大生たちに「ここで戦争が起きたということはどうしようもない事実だが、その事実にどう立ち向かっていくかが大切。大学とは知を耕す場であると同時に未来を創る場でもある。本日、中学・高校・大学生が集まって未来を創る場にできて本当によかった。未来を創る立場として、今日感じたことを大切にしてほしい」と呼びかけました。

あいさつする太田寛行学長
あいさつする太田寛行学長

 続いて、原作者の武田一義さんと主人公・田丸均役の板垣李光人さんが登壇。
 板垣さんは、茨城大学での試写会開催に対し「この縁深い場所で上映後にお話しできることを嬉しく思います。学生の皆さんを前にして、若い世代が戦地に送られたという事実を感じて、改めて戦争の怖さと残酷さを感じました」と語りました。さらに「我々の世代は戦争経験者から話を聞く機会が少なく、学校によって戦争教育にもばらつきがあると感じます。映画をきっかけに、ペリリュー島の出来事や戦争について考えを深めていただければ嬉しいです」と呼びかけました。
 武田さんも同じ想いです。「戦争を知らない点において、私はここにいる学生の皆さんと同じ立場です。父親ですら、戦後生まれ。自分も10年前、当時の天皇皇后両陛下(現在の上皇上皇后両陛下)の慰霊訪問で初めてペリリュー島の戦いを知りました。そこから実際に戦地に赴いた兵士の話を聞き、『今の自分たちと全く変わらない普通の人たちだったんだ』と知り、それを描きたいと思ったのが本作が始まったきっかけです。自分で知り、考える。それが大事。その入り口が本作になってもらえたらと思います」と期待を込めました。

壇上で舞台挨拶をする武田さんと板垣さん(左から)

 その後、上映前に発表を行った学生たちとの質疑応答が行われました。
 原作とともに共同脚本を務めた武田さんは、まず全11巻+外伝4巻という膨大な情報量の本作を、映画にまとめる際に大切にしたことを問われ、「なるべく登場人物を削らないことです。普通の人が戦争に行っていたという現実を描きたかったからです。普通の人は特別な誰かではなく、さまざまな人々が集まっている状態そのもの。だから色んな人たちを描きたい、というのが作者の思いです」と本作へのこだわりを明かしました。 

 板垣さんは、「戦争をテーマにした本作に携わる上でどのような気持ちで挑んだか?」との質問に、「現地(ペリリュー島)に行って兵士たちに対して想いを馳せるところから始めました。アフレコ収録中もその思いを絶対に絶やさずに、作品と向き合っていたいと思いました」と話しました。板垣さんのアフレコ収録を見学したという武田さんは「変に作り込まず、自分がその場にいたら?という素直な演技をしてくれた。それが本作の説得力になったと思います」と称賛しました。 

 最後に、板垣さんは「学生の発表を拝見して、また新たに知ることがありました。世代関係なく人としてお互いが人として知り合っていくことの大切さを改めて感じることができました。そして今から家に帰って“ただいま”と言える日々を大切に思う、この映画が幸せに生きていることが出来ている今を大切に思う一つのきっかけになってくれたら嬉しいです。今日は貴重で有意義な時間をありがとうございました」と述べ、感謝しました。

映画「ペリリュー ―楽園のゲルニカ―」

<作品情報>
キャスト:板垣李光人 / 中村倫也 天野宏郷 藤井雄太 茂木たかまさ 三上瑛士
主題歌:上白石萌音「奇跡のようなこと」(UNIVERSAL MUSIC / Polydor Records)
原作:武田一義「ペリリュー楽園のゲルニカ(白泉社・ヤングアニマルコミックス)
監督:久慈悟郎 脚本:西村ジュンジ・武田一義

<あらすじ>
仲間の最期を「勇姿」として手紙に書き記す功績係―彼が本当に見たものとは?
太平洋戦争末期の昭和19年、南国の美しい島・ペリリュー島。そこに、21歳の日本兵士・田丸はいた。漫画家志望の田丸は、その才を買われ、特別な任務を命じられる。それは亡くなった仲間の最期の勇姿を遺族に向けて書き記す「功績係」という仕事だった。
9月15日、米軍におけるペリリュー島攻撃が始まる。襲いかかるのは4万人以上の米軍の精鋭たち。対する日本軍は1万人。繰り返される砲爆撃に鳴りやまない銃声、脳裏にこびりついて離れない兵士たちの悲痛な叫び。隣にいた仲間が一瞬で亡くなり、いつ死ぬかわからない極限状況の中で耐えがたい飢えや渇き、伝染病にも襲われる。日本軍は次第に追い詰められ、玉砕すらも禁じられ、苦し紛れの時間稼ぎで満身創痍のまま持久戦を強いられてゆく
田丸は仲間の死を、時に嘘を交えて美談に仕立てる。正しいこと、それが何か分からないまま…。そんな彼の支えとなったのは、同期ながら頼れる上等兵・吉敷だった。2人は共に励ましあい、苦悩を分かち合いながら、特別な絆を育んでいく。
一人一人それぞれに生活があり、家族がいた。誰一人、死にたくなどなかった。ただ、愛する者たちの元へ帰りたかった。最後まで生き残った日本兵はわずか34人。過酷で残酷な世界でなんとか懸命に生きようとした田丸と吉敷。若き兵士2人が狂気の戦場で見たものとは

 

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