大学の現場は新たな技術・産業につながるシーズの宝庫です。近年、大学の研究シーズを活かした大学発ベンチャー、大学発スタートアップの起業が、全国でさかんになっています。茨城大学でも立て続けにスタートアップを創出しています。注目の茨城大学発ベンチャーを4社紹介します。第2弾は株式会社Dinowです。
DNAの傷から独自のアルゴリズムでがんなどの健康リスクを推定
株式会社Dinow
2020年3月11日設立。DNA損傷の可視化技術を通じた健康上のソリューションを提供する。同年9月に茨城大学発ベンチャーの称号が授与された。2025年4月、ラボ・オフィスを茨城大学内からつくばXiSworksiteに移転。https://www.dinow.co.jp/
Profile
株式会社Dinow代表取締役CEO 髙橋 健太 (たかはし・けんた)
2020年3月に中村麻子教授とともに株式会社Dinowを共同創業。茨城大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。
「あのとき髙橋が手を上げなかったら起業はできていなかった」
放射線が身体にあたると細胞内のDNAに傷が生じる。それらはほとんどの場合そのうち修復されるが、傷の数が多いと発がんや老化関連の病気のリスクが高まる。株式会社Dinowの基盤技術は、このDNAの損傷を可視化して傷の度合いを評価できる「γ-H2AXアッセイ」という手法だ。基礎自然科学野(理学部)の中村麻子教授は、アメリカのNIH(National Institute of Health)の研究員だったとき、この手法の研究・開発に携わった。
中村教授が、DNA損傷評価の技術の重要性を強く認識することになった出来事がある。2011年、東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故だ。目に見えない放射線の人体への影響の程度が簡便に分かれば、近隣住民の不安の解消や治療の緊急度の判断につながり、事故時の混乱を抑えることができる。社会実装をスピーディーに進める手段として中村教授が構想したのが、ベンチャー企業の立ち上げだった。
そして東日本大震災から9年後の2020年3月11日、中村研究室所属の大学院生だった髙橋健太さんを代表取締役CEOとする株式会社Dinowが設立された。社名は「DNA」と「I Know」という言葉から付けた。掲げたミッションは「DNA損傷評価から『健康』と『安心』を実現する」。髙橋さんは博士後期課程に進学し、大学院生とベンチャー企業の経験者という2足のわらじを履くことに。「あのとき髙橋が手を挙げてくれなかったら起業はできていなかった」と振り返る中村教授は、取締役CTOに就いた。
普及のためには、採血から分析、評価、フィードバックまでの一連のプロセスのスピードを速める必要がある。血液サンプルを大学へ送ってもらって、実験室で染色・評価するというそれまでのやり方では、1週間程度要してしまう。これでは原発事故などの緊急時や毎日の健康チェックのニーズには応えられない。できれば小型の専用デバイスのようなものを使って、採血から評価まで、現場にて短時間で完結するのが望ましい。髙橋さんは国内外のピッチや展示会などに参加し、デバイスの開発に向けて資金集めやパートナー企業探しに奔走した。
「国内での主要な市場は医療や原子力業界なのですが、実は大きなポテンシャルを有している分野が、宇宙産業や航空業界です」と髙橋さん。宇宙空間には高エネルギーの宇宙放射線(宇宙線)がたくさん飛び交っている。地球に振り込む放射線は地球の磁場で多くが跳ね返されるが、大気圏の外側での活動においては、放射線被ばくのリスクが各段に高くなる。「同じ被ばく量でも、DNA損傷の具合は個人によって異なります。パイロットやキャビンアテンドなど航空業界で働く方々が、日々の体調管理のひとつとして自分のDNAの状況を日常的に把握できれば、健康への安心感につながるはずです」と言う。宇宙産業に力を入れる茨城県の補助金事業の採択を受け、デバイスの試作開発の力強い支援となった。
DNA損傷の評価を簡便化するための小型デバイスの開発は、連携する企業と試作を重ね、今年(2025 年)1月に最終試作の開発が完了。今年度からは量産試作へと移行しいよいよゴールが見えつつある。蛍光に染まった箇所を直接数えるので、AIによる画像解析技術ともすこぶる相性がいい。「民間人が宇宙に行く時代。DNA損傷の評価がヘルスケアのメジャーな項目になるよう一気にギアを上げていきたいです」。
SEEDS
「γ-H2AXアッセイ」──DNAの傷のありかを示すマーカー
DNAは1本の糸のような形状で、ヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いた状態で細胞核の中に存在している。そのヒストンタンパク質のひとつであるH2AXは、近くのDNAに傷がつくと、リン酸化されて「γ-H2AX」という別の物質になる。
γ-H2AXアッセイは、このリン酸化型H2AXを蛍光染色してマーカーとして利用することで、DNAの損傷の数を数える手法である。
この記事は茨城大学の広報紙『IBADAIVERS(イバダイバーズ)』に掲載した内容を再構成したものです。
構成:茨城大学広報・アウトリーチ支援室 | 撮影:小泉 慶嗣
