スーパーに並ぶ2025年産の新米の価格を見ると、9月下旬現在で5キロ入りが4000~5000円台。「令和の米騒動」が始まってから1年以上が経ちますが、価格はなお高止まりの様相です。
今月はじめに『コメ危機の深層』(日経プレミアシリーズ)という著書を出した応用生物学野の西川邦夫教授(農業経済学)も、昨年来テレビや新聞の取材に引っ張りだこ。コメの価格高騰の背景や今後の展望についてコメントしてきました。8月30日には水戸キャンパスの「IBADAY」で「農業経済学から考える『令和の米騒動』の正体」と題して講演。本記事ではその模様をご紹介します。
「テレビや新聞で、備蓄米が出回れば値段が落ち着きますとか、新米が出回れば安くなりますとか言ってきましたが、全然予想が当たっていません……」
そんな自虐的な言葉から始まった西川教授の講義ですが、コメの相場を見通すのは実際簡単ではないようです。しかしながら今回の「令和の米騒動」自体は、「実はシンプルな現象で、古典的な理論で説明可能だということがだんだんわかってきました」と言います。
モノの価格は基本的に需要と供給の関係で決まりますが、昨年はシンプルに、コメの需要に対して供給が足りなかったのです。加えて、農産物はわずかな供給の変化で価格が大きく変わる傾向があります。価格が少し変わっても供給・需要にほとんど影響しないものは、逆にちょっとした需給変動で価格が大きく変わってしまうものなのです。
さらにコメに特有の事業として、収穫後の用途が、かたや主食用米、かたや加工用米といった形で政策により分断されており、用途間での調整が働かないということが挙げられます。不足した時に主食用米に回せるのは、「ふるい下米」(ふるいにかけられて落ちる粒の小さなコメ)しかありません。流通の段階でできる対策がなく、融通が利きづらいのです。
昨年のコメの供給が少なくなった原因のひとつが、政府による需要見通しの誤りであることは、農林水産省自身も認めています。コロナ禍に際して外食が減ったことによりコメの需要が一気に減り、それによって価格が大きく下がったことがありました。価格の急低下は消費者にとってはプラスでも生産者にとっては頭の痛い問題です。その後コロナ禍が落ち着き、インバウンドも増える中で需要は回復に転じましたが、農林水産省は需要見通しを高く設定することにどうしても慎重になってしまったのです。
しかし、西川教授によれば、「政府の需要見通しが間違えたのは今年だけではない」とのこと。価格高騰において人為的な原因が大きいのは確かではあるものの、「需要の見通しは研究者もだいたい外す。外れやすいことは以前から指摘されており、それを重要な指標として政策に利用し続けていたことがむしろ問題なのではないか」と指摘します。
さて、2025年産のコメはどうでしょう。政府は去年の反省を活かして需要見通しを設定しているはずで、供給が増えれば価格は落ち着きそうなものですが、実際にはスーパーでのコメの価格は高止まりしています。
これについて西川教授は、「早期の現物確保をしたい非農協系の業者と、集荷率の維持を目指す農協系統との間で激しい集荷競争が起きているのではないか」と推察します。コメ農家で話を聞くと、これまでは直接買い付けに来なかったような、商社の元締めのような大資本の企業の担当者が買いに来るようになっており、大きな資金が集荷に流入しているようだと言うのです。さらに、高温や渇水といった気候の影響の不透明さ、さらに政府情報への信頼低下なども重なって、「需給ギャップは埋まったけれど、2025年産も価格の高止まりがしばらく続くのでは」と西川教授は見ています。
一連の「令和の米騒動」を経る中で、「適正価格」をめぐる問題が浮かび上がってきました。すなわち、コメの価格はいくらが適正なのかという認識が、生産者と消費者との間で大きく異なっているのです。「そもそも必ずしも客観的な根拠をもって議論されているわけでない」と西川教授は指摘します。
「適正価格」という概念を最初に提起したのは生産者の方でした。資材価格が上がり、下請けからの相談に誠実に対応することが求められる中、農業生産基盤の再構築、食料アクセスの確保を進める観点から、生産者サイドが適正価格を示すようになったのです。ところがこの適正価格をめぐって、消費者サイドからは疑問を呈されています。
食料生産を持続させ、自給率を高めていくことは、食料安全保障の観点からきわめて重要なことですから、生産者を守ることは重要です。しかし、守られるべきなのは消費者も同様です。コメをはじめとする食料の価格高騰は家計を圧迫し、また農村部の「買い物難民」化も進むなど、人びとの食料品アクセスは年々脅かされていると言えます。ところが、適正な価格形成に関連した法令、省令には、近年においても「家計に配慮する条文がない」と、西川教授は鋭く指摘します。「食料安全保障は供給の問題であるとともに、消費の問題。農政においては、消費者は『持続的な供給』に協力する存在として捉えられており、特に平常時の消費者保護に対する明示的な配慮を欠いていたのではないでしょうか」(西川教授)。
こうした現状認識を踏まえ、西川教授は今後の政策の方向性について、①平常時の食料安全保障を確保する対策を厚くすること、②事前対策(生産調整)から民間備蓄への支援などの事後対策(在庫調整・財政負担)へのシフト、③農業者への対策はデジタル化など生産性の上昇に重点、④消費者への対策は農産物価格の抑制で対応、⑤それでも埋められない溝は直接支払政策(所得補償)で埋める という5点を提言しました。
講演後の質疑応答では、参加者から多くの質問が寄せられました。気になるコメの輸出についての質問に対しては、「日本はコメの海外輸出を増やそうとしている中で、一方で輸入はほとんどしないというのではバランスを欠き、いずれ立ち行かなくなる。一定程度は輸入を増やしていく方が消費者の安心にもつながる。日本のコメ農家は生産性を上げるしかない」などと答えていました。
さらに詳しく知りたい方は・・・西川教授の近著
- タイトル:コメ危機の深層(日経プレミアシリーズ)
- 著者:西川邦夫
- 発行元:日本経済新聞出版
- 初版発行日:2025年9月8日