大学の現場は新たな技術・産業につながるシーズの宝庫です。近年、大学の研究シーズを活かした大学発ベンチャー、大学発スタートアップの起業が、全国でさかんになっています。茨城大学でも立て続けにスタートアップを創出しています。注目の茨城大学発ベンチャーを4社紹介します。第1弾は株式会社エンドファイトです。
植物の生育を支える植物内生菌(エンドファイト)の活用で、「人類に食の幸福を生み出す」。
株式会社エンドファイト
2023年4月13日設立。DSEの大規模ライブラリーをコア技術として、食・農・環境の各領域を横断するグリーン課題の解決を図る。風岡俊希代表取締役CEO。https://endo-phyte.com/
Profile
茨城大学応用生物学野教授 成澤 才彦 (なりさわ・かずひこ)
株式会社エンドファイト取締役兼CTO。
カナダ・アルバータ大学でのポスドクなどを経て2013年に茨城大学に着任。博士(農学)。
食糧危機や気候変動の問題までを見据えたビジョンが起業を後押し
企業名になっている「エンドファイト」は、植物の葉、茎、根といった組織に内生し、生育を支えるような生物を指す言葉だ。応用生物学野(農学部)の成澤才彦教授は、根の部分に内生するDSE(Dark-septate endophyte)という菌類のエンドファイトに着目し、推定で1万種に及ぶDSEを調べ、どの菌がどの作物に対してどんな作用をもたらすかというライブラリーを作ってきた。これまでイチゴやトマト、テンサイなどさまざまな作物の栽培を試し、成長促進だけでなく、病害への耐性の向上、さらには植物にとって過酷な環境でも花を咲かせることにも成功した。北海道のような寒冷地で育つテンサイが、DSEを使った栽培により、温暖な茨城県内でもすくすく育ったという。気候変動への適応策としても大きな可能性を感じさせる実験結果だ。
成澤教授は、この技術を広げ、農業の収量増加やコスト削減につなげたいという思いから、研究・産学官連携機構と相談。やがて大学発スタートアップの支援や投資事業を手がけている風岡俊希さんの目に留まり、成澤教授とも意気投合。2023年4月、風岡さんと成澤教授の共同で株式会社エンドファイトが創業された。
風岡さんは、「食糧危機や気候変動の問題まで見据える成澤先生のビジョンに共感しました。グローバル展開や農法のライセンス事業など大きなポテンシャルがあります」と振り返る。また成澤教授も、「これまでも様々な企業と共同研究をしてきましたが、どうしても今の市場で売れる作物をつくるという段階から抜けられずにいました。その先へ進むには自分で起業するしかないと考えていたところ、風岡さんとビジョンが一致したんです」と語る。
起業のインパクトは大きかった。インターンシップを募集したところ、全国から驚くほどの数の希望が寄せられた。従業員も10人ほどに。そして、起業から1年ちょっと経った段階で、1.5 億円もの資金調達に成功した。この間の変化に一番驚いているのは成澤教授自身だ。「最初のイメージとは全然違う状況が広がっていますね。もともとは農業担当者向けに、季節を問わず実をならせることができるイチゴの苗の販売などを想定していたのですが、起業して発信すると、予算規模の大きな建設業者のようなところから反応があったのです。予想もしていないことでした」。建設業界では都市開発やビル建設の緑化事業における植生への活用などを見込んでいるようだ。
大学での教育・研究にあわせて、企業経営やスピーディーな意思決定にも関わっていくのは大変ではないかと尋ねると、「それはやっぱり大変ですよ(笑)」と返ってきた。それでも「風岡さんが動いてくださることで、稼げるところではちゃんと稼ぎ、そのおかげで私自身は思いきり研究ができます。やりたいこと、できることに、むしろこれまで以上に取り組めるようになりましたし、建設業界からの関心もそうですが、研究テーマの広がりにもつながっています」と成澤教授は話す。
そして海外展開も。茨城大学で留学生として学んでいた修了生たちが、インドネシアなどの母国でもエンドファイトの研究を続けているため、ビジネスとして連携しやすいのだとか。食糧危機・気候変動という地球規模の大きな問題への、小さな小さな土壌微生物の挑戦は、着々と歩みを進めている。
SEEDS
「植物内生菌(エンドファイト)」──多様な機能のライブラリー
エンドファイトとは、ヒトの腸内細菌と同じように植物の生育を支える働きを有する。とくに、成澤教授は、DSE(Dark-septate endophyte)と呼ばれる根部エンドファイトを混ぜた土で作物を育て、DSEを植物の根に共生させることで、植物のストレス耐性の向上や有機体窒素・リン酸吸収促進、花芽形成促進、土壌のCO2排出量削減を可能とすることに成功。これらDSE技術を用いた資材や高付加価値苗を利用することで、通常では生育が困難な環境・条件における質の高い植物の生育が可能となり、農業の環境負荷低減や高付加価値化、都市緑化、土壌・森林再生を実現する。
エンドファイト社ではDSEを1万菌株以上保有しており、世界最大規模のライブラリーを構築している。
この記事は茨城大学の広報紙『IBADAIVERS(イバダイバーズ)』に掲載した内容を再構成したものです。
構成:茨城大学広報・アウトリーチ支援室 | 撮影:小泉 慶嗣