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マリモカーボンの繊維間空隙と組立における圧縮率制御で
固体高分子形燃料電池の性能向上を実現

 茨城大学大学院理工学研究科/学術研究院応用理工学野の江口美佳教授、同大学院博士後期課程量子線科学専攻3年髙村康平さんらは、マリモカーボン(MCMarimo Carbon)の繊維間空隙と電池組立の際の圧縮率が、繊維状触媒層を有する固体高分子形燃料電池の発電性能の向上において重要であることを明らかにしました

 固体高分子形燃料電池は、水素社会の実現に向け期待されている発電装置です。固体高分子形燃料電池の発電性能の向上には、燃料ガス拡散性と導電性を同時に高めることが重要となります。
 固体高分子形燃料電池の触媒層に繊維状炭素を用いることで燃料ガス拡散性が高まることが知られています。本研究では、触媒層とガス拡散層の界面接触面積に着目することで、燃料ガス拡散性を低下させることなく、導電性の向上に成功しました。
 界面接触面積の増大は、繊維状炭素の繊維間空隙および電池組立の際の圧縮率の制御で行いました。繊維状炭素の一種であるMCの繊維間空隙は、MC合成の際のメタン(CH4)ガス流量で容易制御することが可能です。また、電池組立の際の圧縮率は、ガスケット膜厚で制御しました。
 今回の研究では、高い耐久性が期待できるMCの燃料ガス拡散性および導電性に着目し、固体高分子形燃料電池の発電性能の向上に挑戦しました。MCの微細構造から電池全体の構造を制御することで、MCを用いた固体高分子形燃料電池の更なる発展が展望されます。

 この成果は、2025年8月2日、International Journal of Hydrogen Energy にオンラインで掲載されました。

背景

 近年、水素社会の実現に向け、燃料電池の利用が期待されています。燃料電池は、水素と酸素から水を生成する化学反応から電気エネルギーを取り出す発電装置です。燃料電池の一種である固体高分子形燃料電池は、比較的低い温度で作動可能なことから、燃料電池自動車や家庭用燃料電池など幅広い分野への応用が可能です。固体高分子形燃料電池は、電解質膜を触媒層(アノードとカソード)とガス拡散層で挟んだ構造を持ちます。電池内に供給された水素ガスおよび空気(酸素ガス)は、ガス拡散層で拡散され触媒層に移動します。アノードに供給された水素はプロトンと電子に分離され、電子は外部回路を通って移動し、プロトンは電解質膜を通過します。その後、プロトンと電子はカソードで供給された酸素と反応し水が生成されます。生成水はガス拡散層を通り電池外部に排水されます。このように、固体高分子形燃料電池の発電の際には、ガス拡散層、触媒層、電解質膜の界面において、燃料ガス、電子、プロトン、水の物質が移動するため、発電性能はこれらの物質移動と深く関連しています。

 特に、固体高分子形燃料電池において化学反応の反応物である燃料ガスの移動が重要となります。一般的な触媒層である粒子状炭素(カーボンブラック)では、粒子間空隙が塞がれることにより燃料ガス拡散経路が遮断される可能性がありました。そこで、触媒層に繊維状の炭素を用いる研究が行われています。繊維状炭素の場合、繊維間空隙が燃料ガスの拡散経路となり、燃料ガス拡散性を向上させることが知られています。一方で、繊維状炭素の触媒層は電子の移動に課題があります。燃料ガスの移動経路が繊維間空隙であったのに対し、電子の移動経路は繊維自体です。繊維状炭素を触媒層に用いた固体高分子形燃料電池では、ガス拡散層-触媒層および電解質膜-触媒層の界面接触面積が小さい特徴を持ちます。この界面接触面積の小ささは電子の移動を妨げ、導電性を低下させます。本研究では、マリモカーボンという繊維状炭素の採用および電池の組立の際の圧縮率の制御からこの界面接触面積の課題を解決しました。

研究手法

図1 CH4流量とMCの繊維間空隙

 マリモカーボン(MC:Marimo Carbon)は、ダイヤモンドから炭素繊維が多数成長した繊維の高次構造体です。茨城大学江口研究室ではMCを触媒層に応用した研究を行っています。MCが他の繊維状炭素と大きく異なる点は、繊維間空隙が容易に制御できる点です。MCの繊維の炭素源にはCH4ガスを用いました。これまでの研究からCH4ガス流量はMCの繊維間空隙を変化させることがわかっています。図1はCH4流量100 cm3 / min (MC100)および400 cm3 / min (MC400)で合成したMCを用いて作製した触媒層表面のSEM像です。CH4流量が多いMC400の方が繊維間空隙が小さくなりました。繊維間空隙の狭さは、ガス拡散層-触媒層の界面接触面積の増大に寄与することが期待できます。

 次に、圧縮率による界面接触面積の改良について説明します。固体高分子形燃料電池の組立では、ガス拡散層、触媒層、電解質膜をネジで締め付けます。図2に示すように、電池組立の際にガス拡散層と触媒層は、ガスケット膜厚まで圧縮されます。この圧縮は、ガス拡散層-触媒層の界面接触面積を増大させます。

 本研究では、触媒層とガス拡散層の圧縮率をガスケット膜厚で制御し発電性能を評価しました。圧縮率は、“圧縮前の触媒層とガス拡散層膜厚”と“ガスケット膜厚”の比から算出しました。ガスケット膜厚が薄いほど圧縮率は高くなります。また、触媒層には、繊維間空隙の異なるMC100およびMC400の2種類のMCを用いました。

図2 固体高分子形燃料電池の組立のイメージ図と圧縮率の関係

結果

 図3に圧縮率3~28%で組み立てた固体高分子形燃料の発電試験の結果を示します。発電試験は実際の固体高分子形燃料電池としての発電性能を測定するものです。発電試験におけるセル電圧は高電流域で低下し、この電圧低下が小さいほど発電性能が高いと評価されます。MC100では、圧縮率を3%から22%に高めた際に、徐々にセル電圧が増加しました(図3a)。これは、圧縮率の増加がガス拡散層-触媒層の界面接触面積を増加させ、電子移動経路が拡大したためです。一方で、圧縮率を22%から28%に高めた際には、逆にセル電圧が低下しました。これは、過剰な圧縮がMCの繊維間空隙を縮小し、燃料ガス拡散経路を狭めたためです。

 この圧縮率と発電性能の関係はMC400でも同様でした(図3b)。セル電圧は、圧縮率を3%から8%に高めた際には増加し、8%から28%では逆に低下しました。最大のセル電圧を示した圧縮率がMC100では22%、MC400では8%と異なるのは、繊維間空隙の違いに起因します。繊維間空隙の広いMC100では、MC400以上にガス拡散層-触媒層の界面接触面積を大きくする必要があり、高い圧縮率が求められます。一方で、高い圧縮率はMCの繊維間空隙を狭め、燃料ガス拡散性を低下させます。MC100の発電性能がMC400の発電性能より低いのは、ガス拡散層-触媒層の界面接触面積を十分に確保するには、繊維間空隙が広すぎたためと考えられます。

図3 発電性能 (a) MC100,(b) MC400

 図4に触媒層とガス拡散層の接触のイメージ図を示します。ガス拡散層は、繊維状炭素と粒子状炭素の2層構造となっており、触媒層とは粒子状炭素で接触しています。圧縮後の赤色の領域は、ガス拡散層-触媒層の界面接触箇所です。同じ圧縮率の場合、図4で示すように繊維間空隙が狭いと界面接触面積は大きくなります。繊維間空隙と圧縮率を制御することで、燃料ガス拡散性を低下させることなく、ガス拡散層-触媒層の界面接触面積の増大に成功しました。

 本研究では、繊維間空隙が容易に制御可能であるMCの特徴を生かし、界面接触状態が繊維状触媒層には重要であることを明らかとしました。MCに限らず他の繊維状炭素においても、この繊維間空隙と圧縮率が発電性能に及ぼす影響の効果が期待できます。それぞれの繊維状構造に最適な圧縮率を決定することは、繊維状炭素の触媒層では重要であり、これらの検討は固体高分子形燃料電池の更なる発展に貢献できるものです。

図4 触媒層の繊維間空隙とガス拡散層-触媒層の界面接触面積

今後の展望

 本研究により、MCの繊維間空隙および圧縮率を制御することで、燃料ガス拡散性を低下させることなく導電性を向上させることに成功しました。本研究では主に燃料ガス拡散性と導電性に着目してきましたが、MCはこれらに加え耐久性の向上にも期待できます。MCの炭素繊維は、結晶性が高いグラファイト構造を持つことから、高い耐久性が期待できます。耐久性の向上は、燃料電池自動車や家庭用燃料電池など固体高分子形燃料電池の実用化において、重要な要素の1つです。現在、研究グループは圧縮率を最適化した電池において、従来の固体高分子形燃料電池を大きく超える耐久性が得られていることを確認しています。MCの微細構造から電池全体としての構造を制御することで、MCを用いた固体高分子形燃料電池のさらなる発展が展望されます。

論文情報

  • タイトル:Effect of fibrous catalyst layer void and catalyst layer compression on PEMFC performance
  • 著者:Kohei Takamura, Momoka Sano, Hiroyuki Gunji, Mika Eguchi
  • 雑誌:International Journal of Hydrogen Energy

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