大学院人文社会科学研究科「ダイバーシティ地域共創教育プログラム」キックオフシンポに175人が参加
ー「〈DE&I〉が広がることで新しい社会をつくる」
茨城大学大学院人文社会科学研究科に来年(2025年)4月、「ダイバーシティ地域共創教育プログラム」が開設されます。ダイバーシティ経営や持続可能な地域経済の発展に貢献する人材の育成をめざすもので、茨城大学・宇都宮大学・常磐大学の3大学の連携で運営する点も大きな特徴です。
10月23日に開かれたキックオフシンポジウムには、水戸キャンパスの会場で約83人、さらにオンラインで約92人が駆け付けました。
茨城大学大学院人文社会科学研究科の「ダイバーシティ地域共創教育プログラム」は、文部科学省の人文・社会科学系ネットワーク型大学院構築事業に茨城大学・宇都宮大学・常磐大学連携の提案が採択され、開設が決まったものです。
シンポジウムの冒頭、文部科学省高等教育局高等教育企画課長の吉田光成氏は、本事業の趣旨について、「社会課題が複雑化する中、人文・社会科学の知の価値創造的な役割には期待が高まっており、大学院には研究者の養成に留まらず、様々なセクターで活躍できる人材の育成が求められている」と説明。その上で今回の三大学の提案は「地方と大学院が抱える課題を的確に捉えており、地域のダイバーシティ向上への期待と実現性が高い」と、評価を示しました。
シンポジウムの前半では、茨城大学大学院人文社会科学研究科の原口弥生研究科長がプログラムの概要を説明しました。同プログラムでは、育てる人材像として、①ダイバーシティとインクルージョンの専門家、②地域における価値共創の推進者、③メディア戦略コミュニケーションのエキスパート の3点を掲げます。3大学の教員が担当する「ダイバーシティ地域共創概論」、外部から講師を迎える「ダイバーシティ地域共創最前線」と、連携機関と取り組む研究型のインターンシップをひとつのパッケージとするカリキュラムで、原口研究科長は、「DE&I(ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包摂性))が定着し社会の発展に繋がることを目指しています」と語りました。
シンポジウムではまず、「第1部 ダイバーシティ&インクルージョンの今」と題して、人文社会科学部の長田華子准教授と、地域の行政・企業・NPOを代表するゲストが講演をしました。
長田准教授は、学問の分野でも、学問体系の内部にジェンダーの視点を取り入れる動きがあったとし、経済学を事例に、ジェンダー化の試みであるフェミニスト経済学の成立と今後について講演しました。長田准教授は昨年、編著者として、日本で初めてとなる、フェミニスト経済学のテキストを出版。長田准教授によれば、近代経済学が前提としてきた「合理的経済人」仮説はきわめて男性的な関心に結びついたものであり、フェミニスト経済学の出発点は、その仮説を問い直すことにあったといいます。また女性が多く担う家事労働や特に、グローバルサウスの女性が従事するインフォーマル労働も、経済学の分析対象に組み込むことに取り組んできたとのこと。さらに1992年の国際フェミニスト経済学会(通称IAFFE)の設立とその後のフェミニスト経済学の領域の広がりを解説しました。
また、長田准教授は、2018年から1年間、本学のサバティカル制度を利用してイギリスでの研究生活を経験したことに触れ、「イギリスでは、国、地方自治体の政策やNPOの活動等に、フェミニスト経済学の研究成果や考え方が生かされていることを実感した」と説明。人文社会科学の大学院でDE&Iを学び、政策形成などの社会実践につないでいくことの重要性も、まさにこの点にあると指摘しました。
その上で長田准教授は、「学問の内部でのジェンダー主流化は経済学だけでなく、政治学、歴史学、文学などでも実践されている。こうした分野同士での研究交流を深めるとともに、今後、あらゆる学問分野においても、交差性、多様性の視点を兼ね備えた人材の育成がより一層重要となるだろう」と指摘し、分野や大学の垣根を超えて展開される本教育プログラムの重要性を強調しました。
後半は、茨城県ダイバーシティ推進ディレクターの小田木真代氏、常陽銀行人事部ダイバーシティ推進室長の祖父江真氏、茨城NPOセンター・コモンズ代表理事の横田能洋氏が、それぞれの実践事例とプログラムへの期待を語りました。
このうち、茨城大学の卒業生でもあるコモンズの横田氏は、事務所のある常総市周辺における、在日外国人など海外にルーツをもつ住民たちの支援の取組みを紹介。日本語がわからない子どもたちや親を支援するプレスクール、プレクラスの必要性や、日本の福祉サービスを利用する上での言語や宗教の壁の問題に触れ、「言語の翻訳の問題だけではなく、まさに文化の理解が必要。本プログラムでは『多文化』という言葉を入れた分野を開拓してほしい」と話します。具体的な研究テーマの例としては、日本の難民制度の問題や、複数の言語を話し、特定の文化を詳しく知る当事者が日本社会で活躍するための仕組み、多文化防災などを挙げ、「空き家を活用した支援拠点などをフィールドに、少し違う視点で研究しないとできないようなことに、一緒に取り組めれば」と呼びかけました。
シンポジウムの第二部は、人文社会科学部の後藤玲子教授をモデレーターに、3大学の研究科の代表者が登壇して、パネルディスカッションを展開しました。
ディスカッションの関心事項のひとつは、それぞれ異なる学問構成やカリキュラムをもつ大学院間で協働をしながらどのようなシナジー効果が生まれるか、ということです。
宇都宮大学大学院地域創生科学研究科は文理融合・分野複眼の取組みが特徴。登壇した磯谷玲・社会デザイン科学専攻長は、「修士論文の指導体制においても、いろんな分野の研究者がひとつのテーマ、ひとりの院生に対して指導することになっている」と説明しました。
また、常磐大学大学院人間科学研究科の水嶋陽子研究科長は、「人間にかかわる様々な領域で実践経験豊富な方々が関わっている」と話し、精神科の看護師が行動分析の研究者について学び、患者が自分の行動を修正するための方法を学んで職場へ戻ったという例や、マスコミ分野で働いていた人がコミュニケーションを学術的に研究し、現在は話し方などの分野で教育に関わっているといった例を紹介しました。
こうした取組みを踏まえ、茨城大学大学院人文社会科学研究科の原口研究科長は、「3大学との連携により、実践的な学びと学術的な学びを踏まえて地域に還元する人材を育てることができる」と語り、その「一番の要」であるインターンシップなどの実践演習について、「たとえば、(元国連職員である)常磐大学の富田学長のらのご提案があり、国連での研修という案も前向きに検討している。こうしたことは3大学連携でなければ実現できなかった」と、ネットワークの広がりという意義を強調しました。
シンポジウムの最後に挨拶を述べた、元人文社会科学研究科長でもある茨城大学の佐川泰弘理事・副学長は、「現在の社会においてダイバーシティをつくるという目的だけでなく、大学がそれを前提に、それぞれの組織の構成を変え、今までと違った新しいことを考え、取り組むことが大事であり、それが価値創造の可能性ということだと思っています。そういう考えをベースにもった人を私たちは育て、みなさんのところに送り出したい」と、会場とオンラインに集まった多くの参加者に向け、力強く語りました。
(取材・構成:茨城大学広報・アウトリーチ支援室)