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茨城大学農学部-農研機構 初のクロアポ!
農・臼井准教授

 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)中日本農業研究センターの臼井靖浩上級研究員がこの夏(2024年7月)、クロスアポイントメント(以下、クロアポ)制度を活用して、茨城大学農学部に准教授として着任しました。クロアポは、研究者が二つ以上の機関に所属し業務に従事できる制度で、茨城大学と農研機構間での運用は初めてです。茨城大学では学部生向けの気象学の授業などで教鞭を執ります。
 臼井准教授に、クロアポの経緯や茨城大学での教育活動の展望を聞きました。

DSC_9370.JPG 臼井靖浩准教授

―茨城大学と農研機構間でのクロアポは初めてです。
臼井「農研機構でクロアポが適用された事例自体少ない中、さらに40代の研究者に適用されたのも初めてだったようです。これをきっかけに、今後続く人が出てくればいいなと期待しています。
 このクロアポでもそうですが、僕は何事にもファーストペンギンでありたいと思っています。新境地に飛び込むには勇気や労力が必要です。『自ら開拓し、切り開いて行くんだ』という精神をいくつになっても持っていたい。それは研究者になった動機の一つでもあります」

―きっかけは。
臼井「昨年7月の学会岡山毅先生(茨城大学農学部教授)と知り合いになったのがきっかけです。
 その後、9月に別の学会において、僕は、気温や湿度を測る時に必要な強制通風筒という装置を九州全県の公設果樹試験場に普及させたという話をしました。気温を高精度で測るには、強制的にファンなどで通風させた上で、日射の影響等を抑えないといけません。そういう装置は高額ですが、ある程度手先が器用であれば、安価に自作することが可能です。ある時、僕が研究のために自作した強制通風筒を見た九州の公設果樹試験場の方から作り方や設置方法を教えてほしいと言われました。そこで、九州全県の公設果樹試験場から希望者を募り、オンラインで作り方の講習会を開催しました。さらに、直接指導し、設置環境を選定するまでのフォローアップが必要と考え、アウトリーチ活動や社会実装の一環として九州各地へ行くことにしました。2か月程で九州全県に普及して、各県の方々とデータをやりとりするようになりました。この取り組みは、関東・北陸地域にも拡大し、現在は九州6県、関東・北陸3県の10か所で観測ネットワークを構築するまでに成長しました。
 この発表を聞いた岡山先生から、『こういった実測データを取るデータサイエンスを大学でもできますか?』と質問され、『ハンズオンのような形でできます』『精度の高いデータを取るために必要な工夫を教えることはできます』と回答しました。
 そのあと10月ごろにクロアポの話があり、茨城大学と農研機構間で協議を進め、今年7月から週に1回ほど茨城大学で業務をしています」

図1.jpeg 臼井准教授が作成した自作可能な強制通風筒
(臼井靖浩(2024)生物と気象より引用)

―クロアポの誘いを受けた時の心境はいかがでしたか。
臼井「研究と教育の二刀流っていう感じがいいな、面白そうだなって。農研機構は研究機関なので教育はメインではありませんが、大学はその両方を併せ持ったところです。自らが大学に身を置き、教育の現場がどんな状況なのかを見た上で、人材育成をしてみたいと思いました」

―阿見キャンパスと近い農研機構にいる先生とクロアポできるというのは、茨城大学としてのメリットも大きいと思います。
臼井「近くにあることで、学生にも良い面があると思います。これまでインターンシップで農研機構に行く場合、学生が自分で探して行っていたようですが、農研機構側の職員を知っていれば、話を聞いてもらったり、橋渡しをしてもらったりできますよね。技術講習生という制度を使い、農研機構の研究に協力する形で卒論をやらせてもらう、ということも可能です。大学の中だけではなく、農研機構という、より農業の現場に近いところで実践的な研究を通した教育ができます。また、社会ではどういうことが求められているのか、どういう研究をしているのかを知る良い機会になると思います」

―授業ではどのような内容を扱いますか。
臼井「第3クオーターでは『気象学』、第4クオーターでは『農業気象学』の授業を担当します。
 気象というのは、地球温暖化を考えたり、それを踏まえた品種開発をしたりする上で基盤的なデータです。気温や湿度、日射、雨量とか。特にこれらは、作物に影響のあるところですし、日常生活にも関わります。
 基盤的なところを一般教養のように知っておくと、就職後も役に立つのではないかと思います。就職先の方に『ここの学生を採用して良かった』と思っていただけるような、そういう人材を育てたいという思いがありましたので、クロアポのお誘いは渡りに舟だったわけです。茨城大学では、教育に軸足を置いた活動をしたいです」

―気象の授業の中でデータサイエンスをどのように扱っていく予定ですか。
臼井「そうですね。まずは気象学で、ベースの気象の話をして、農学部で気象学を学ぶというのがどういうことか理解してもらう。その上で、農業気象学では、最先端の農業気象研究の事例も紹介しながら授業をしたいと思います。
 室内実験で完結する研究を志望する学生たちにとって、気象はあまり関係がないと思うかもしれませんが、それは違います。気象は様々な場面で関わってくるもので、気象学の知識が頭の片隅にあるだけでも十分役立つと思います。
 気象データは、自分で収集しなくても、たとえばアメダスを使えばよいと勘違いされている方が多いです。アメダスは正確な気象データですが、農業利用できるとは限りません。設置地点によっては実際の農耕地で測ったデータと比べると、大きな差が生じている場合もあります。茨城大学農学部の学生の中には県庁や農業試験場へ就職する方もいます。こういった知識を身に着けておけば、大学で学んだことを基に試験の方法等を提言できるのではないかと思います」

DSC_9351.JPG

―気候変動への適応のための品種開発などが大事になってきていますが、基盤的な気象データでさえ、意外と取っていないものなのですね。
臼井「そうです。そういったデータはグラウンドトゥルースデータ(以下、トゥルースデータ)とよく言います。実測データ、すなわち『真値』です。リモートセンシングや衛星データは間接的なデータ(波長や画像など)を多く含み、地上部のトゥルースデータとの比較が必要不可欠です。しかし、このトゥルースデータを取るのはコストや手間がかかるので、研究者や技術者が枯渇していると言っても過言ではありません。
 データサイエンスというと、コンピューターの前に座ってデータをこねくり回して......というイメージが強いかもしれないですが、精度の高いデータをいかに取るか、センシングするかも非常に重要な要素の一つです。色々なデータサイエンス教育の実践を見ていると、データサイエンス=情報処理・統計解析と捉えていることが多い気がします。ただ、よく考えてほしいのは、『誰がデータを取ってくるのか?』『いずれデータが枯渇するのでは?』ということです。特に農学は実学なので、こういった『真値』を取らないと何にもなりません。
 経済学の分野で使われる『ディープデータ』という言葉があります。あるものに特化し、深く掘り下げた長期的なデータのことです。いわば『農学ディープデータ』を取って、今まで知られていなかった現象を掘り起こすことも、データサイエンスとして行いたいです。ちなみに、農学分野で『ディープデータ』という言葉を使ったのは僕が初めてだと思います。学生には、データを取ること、扱うこと、そして目利きができるようになって欲しいです」

―ピンポイントなデータの取得の対象は大量にありますから、農家の方たち自身がデータを集める必要も出てくると思います。その点でコストがかからないことも重要ですね。
臼井「そうですね、できるだけ安く、使い方も簡素に。でも精度の高さは譲れません。僕は、日本国内にいれば絶対に手に入るような部材を使い、かつ部材の数や加工を少なくすることが重要だと考えます。一方、多少費用は掛かりますが、センサーおよびデータロガー(記録計)はある程度の精度が担保され、操作も容易な汎用のものを使います。安さを求め、データロガーやセンサーを手作りし、プログラミングまでするのはナンセンスです。デバイスを作成し使いこなせるようになるだけでも一定のハードルの高さがあるので、ハードルをいかに下げるか、それが普及のカギだと思います。観測を始めると色々トラブルはありますが、得られたデータから結果を導き出し、それが成果として発表できたとなると、皆さん喜んでくださいます」

富山県現地講習2.JPG 富山県での現地実習で、自作した強制通風筒の設置を見守る臼井准教授(左)

―データの分析に留まらず、そのようにしてみんなが使えるデバイスの制作、普及、教育までやるのはどうしてですか。
臼井「自分のところへ来てくれれば作り方を教えますよというのは待ちの姿勢です。他県の方がこちらに来るとなると、労力や負担がかかり、ハードルが格段に高くなりますし、参加できる人数にも限りがあります。しかし僕が行けば、講義を聞きたい人が10人、多いときは20~30人来てくれます。ましてやデバイスの説明を直接、ハンズオンで実施し、適切な設置環境も選定するのですから、普及の仕方が全然違いますよね。そういった色々な労力や負担、心理的ハードルを下げたいという思いから、僕自身が現地に赴く出前授業のような方式をとりました。友人は、こういう方式は臼井君しかできない、臼井方式だと笑っていました」

―研究を進めるためにも、普及までしっかり面倒を見る。そういう思いがベースにあって、先生の研究活動が広がってきているのですね。
臼井「今ビッグデータがもてはやされていますが、僕は学生の時から多種多様な項目をセンシングし、データを収集し、それをもとに新たな現象の発見や要因の解析を題材とした研究を行っていました。当時、そんなに色々なデータを取ってどうするんだ、という先生方もいらっしゃいました。でも僕は、これだけ時々刻々と変化する環境だから、一つの要因だけじゃなく、色々なデータから様々な現象の発見やその要因を解析することが評価される時代が来ると信じて続けてきました。世の中のニーズが高まらなくて、就職には苦労しました。今のようにビッグデータが注目されるようになるまで、20年かかり、ここまでたどり着くまで紆余曲折はありました。しかし、様々な分野に携わり、視野を広げて見ることができたのは、今の研究に生きているのかなと思っています」



(取材・構成:茨城大学広報・アウトリーチ支援室)