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熱流が重力に逆らって液体を浮上させる現象をシミュレーションで発見
水が水蒸気の上に浮かび上がる?液体浮遊の新たなメカニズムの可能性

 茨城大学大学院理工学研究科博士後期課程の吉田旭大学院生(研究当時/現在は京都大学特定研究員)、同研究科の中川尚子教授、京都大学の佐々真一教授は、気体と液体が共存する状態で重力に拮抗する弱い熱流をかけると、沈んでいた液体が気体の上に浮き上がり浮遊し続けることを、分子動力学計算による数値シミュレーションで発見しました。また、この浮遊現象を熱流体力学の理論で説明し、液体が浮くための条件を明らかにしました。これまで、雲のような上昇気流による液体の浮遊現象は考察されてきましたが、本研究結果はそれらとは異なる、弱熱流によって液体が浮遊する新たなメカニズムの可能性を示すものです。
 この成果は、2024910日付でPhysical Review Lettersに掲載されました。

>>くわしくはプレスリリース(PDF)をご覧ください

背景

 ポットの中で水が沸騰しているとき、100℃に保温されていれば、中には100℃の水と100℃の水蒸気が共存していることになります。この状態を飽和状態と言います。この場合、水はポットの下側にあり、水蒸気は水の上にあると思いがちですが、実は、無重力下では、ポットの中の水と水蒸気の位置ははっきりとは決まりません。日常で目にするように水がより下側に位置するのは、重力の影響です。水は水蒸気に比べて質量密度が重いため、地球上では重力を強く受け、水の位置がしっかりと定まるのです(図1左)。

 一方、無重力下でも、ポットの中に温度差があり熱流が流れていれば水と水蒸気の位置は自ずと決まります。例えば、ポットの底が100℃よりも高温、ポットの上蓋が100℃よりも低温となっていれば、上側に水が位置します(図1右)。それは、水は温度が低い方がより安定になるからです。水と水蒸気の位置関係を見ると、あたかも熱流が水に力を与えているかのように見えます。

 では、重力下で温度差があるときにはどういった現象が起こるでしょうか。水を下に沈ませようとする重力の影響と、水を浮き上がらせる熱流の影響が拮抗したときに、水と水蒸気の位置はどうなるかという問いは、シンプルであるにもかかわらず、これまで理論的にも実験的にも議論されないまま残されていました。

研究手法・成果

 水と水蒸気の位置の問題は、水に限らず一般的な液体と気体すべてに当てはまります。本研究では、希ガス(アルゴンやキセノン)の熱力学的性質を再現するモデルとして知られるレナード=ジョーンズ粒子系を採用して、分子動力学計算を実施しました。このモデルは気体と液体の相転移を示すため、気体と液体が共存する飽和状態の再現ができます。まず、密閉容器の中にこの粒子系を入れて飽和状態にし、次に重力をかけて、液体が下に沈んだ状態にしました。その上で、容器の底の温度を少し高く、逆に容器の上蓋の温度を少し低くし、重力と逆向きに熱流を流しました。熱流や重力加速度の大きさを自由に設定できる数値シミュレーションの利点を活かし、液体と気体の位置関係が重力と熱流によってどのように変化するかを系統的に調べました。

 この結果、重力と熱流の影響が拮抗したと見られる状態では、液体が重力に抗って浮き上がることが分かりました。浮きあがった液体は、容器の真ん中で浮遊したまま静止していました。(図2

 次に、容器の上下端の温度や重力加速度の大きさを様々に変化させると、液体の浮上する高さが変わりました。液体が静止する高さは、容器にかかる平均的な温度勾配と重力加速度の比で決まっていました。この際、流れる熱流が十分に小さく、上昇気流のような気体の大規模運動が起きていませんでした。このことは、物の流れではなく熱の流れだけで重いものを上に持ち上げていることを意味します。

 続いて、日常の直感とは相いれないこの浮遊現象が、通常の熱流体力学の理論で説明できるものなのかを調べました。数値シミュレーションでは微小な系の実験しかできません。そこで、日常サイズのマクロ熱流体に用いる標準理論を解析して、液体の浮遊現象が起こる条件を調べました。この結果、液体が浮き上がる高さは、飽和状態の性質と液体や気体の質量密度と熱伝導率で決まることを突き止めました。理論的に予想される浮遊の高さは、数値シミュレーションの結果と整合していました。また、液体の上にある冷たい気体は、液体になるべき温度でも気体のままになっていることがわかりました。

 以上の結果を応用すると、物質を選んで飽和状態を調べれば、重力に逆らって液体が浮き上がるために必要な温度差が分かります。実際に、地球上で飽和状態にある希ガスの液体が気体の上に浮き上がるために必要な温度差を見積もってみると、非常に僅かな温度差と予想されました。容器壁が分子を吸着しないように設計する必要がありますが、上昇気流がなくても液体が浮き上がることが実際に観測可能であると予想しています。

figure_1.png図1 (左)重力下で100℃にある水と水蒸気の共存状態。
水は容器の底に沈む。
(右)無重力下で容器の上蓋と底に温度差がある水と水蒸気の共存状態。
水は温度の低い上側に位置する。

figure_2.png 図2 数値シミュレーションで観測された気体と液体の位置関係の変化の様子。
(左図)の重力で液体が容器の底に沈んでいる状態で、容器の底の温度を高く容器の上蓋の温度を低くすると、
(右図)のように液体が重力に逆らって浮かび上がる。

今後の展望

 本研究の結果は、液体浮上の新しいメカニズムの発見になっています。水が重力に抗って浮き上がる現象は身近にいくつかあります。例えば、空に浮かぶ雲は、浮いている水の代表例です。雲が浮いていられる理由は完全に解明されているわけではありませんが、一般には上昇気流によって浮いていると説明されます。また、日常生活では、ホットプレートの上を水滴が転がり回る現象を見ることがありますが、これはライデンフロスト効果と呼ばれ、水滴の下部が激しく蒸発してできる気流によって水滴を持ち上げる現象です。一方、本研究で発見された現象は、上昇気流がなくとも弱い熱流が生み出す力で液体を浮上させるものです。

 本研究の結果は、熱流が生み出す力に関する理解を深める重要な一歩です。熱流が力を生み出すメカニズムを理解することは、基礎物理学的に重要な課題です。また、本研究が発見した現象は新しい物質輸送技術やエネルギー効率の向上に向けた応用の可能性を秘めています。エンジンで動力を得ると排熱はつきものですが、これを利用して熱流を生成・制御できれば、排熱を使って物質を運ぶ技術を開発できるかもしれません。

論文情報

  • タイトル:Heat-induced liquid hovering in liquid-gas coexistence under gravity
  • 著者名:Akira Yoshida, Naoko Nakagawa, Shin-ichi Sasa
  • 掲載誌:Physical Review Letters
  • 公開日:2024年9月10日
  • DOI:10.1103/PhysRevLett.133.117101