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『日本列島はすごい』(中公新書)著者・伊藤孝教育学部教授にインタビュー
―「自分たちは、日本列島という『じゃじゃ馬』をまったく乗りこなせていない」

 教育学部の伊藤孝教授が書いた『日本列島はすごい 水・森林・黄金を生んだ大地』(中公新書)が今年(2024年)4月に発売になり、さっそく話題になっています。私たちが生活している日本列島の地質学的な成り立ちや特徴を、身近な例や古今東西の物語をもとに読み解いていく1冊。執筆のきっかけや本に込めたメッセージについて聞きました。

―執筆のきっかけは?

伊藤「『生環境構築史』という、主に建築の研究者などが集まっている勉強会があって、2020年から半年に1回のペースで機関紙のようなものをWEBで公開しています。石器から始まって、やがて土器に、ついには鉄を使い、石炭や石油を発掘して......という人類が生活のための環境を整えてきた歴史を捉えた上で、いまや資源が枯渇して宇宙にも手を伸ばそうとしている中、次はどうすべきなのかということを考えています。あまり大きくない会ということもあって、地質学の研究者は僕だけです。そこで半年に一度特集を組んでいくことと別に、私が『日本列島ってどういう島なのか』というテーマで連載を担当することになったんです。その第4回、この本でいうと第2章で書いたような、松尾芭蕉の歩いた道と地質の関わりについての記事に中公新書の編集者の方が目をとめられて、メールをくださったのが始まりです。中公新書の方から突然連絡が来るなんて、最初は出版詐欺かなと思いましたよ(笑)」

―松尾芭蕉の話もそうですが、普段の生活や文学の話と、何億年、何万年というスケールで見る大陸の形成や海・河川の動きの話とが絡み合って、テンポよく話が進んでいくので、読みやすく、好奇心が強くそそられました。古今東西さまざまな素材を引用しており、執筆や構成は大変だったのでは?

伊藤「ええ、そうですね。頭の中に入っている知識だけでスイスイ書けてしまいました、ということではまったくありません。章立てができたあとで、新たに資料を手に入れて裏を取ったりというのはもちろん、普段の生活の中でテレビやネットで見つけた話を取り入れたりという形で本文を構成していきました。第6章の火と酸素供給体の話、第8章の金と水との関係など、書いていく過程で気付かされた視点やトピックもありました。思いのほか大変だったのは図版です。中公新書の他の本に比べても図版はかなり多いようです。これでも結構削ったのですが、カラーの原図を白黒に加工したりする実務的な作業にだいぶ手間取りました」

―図という点では、たとえば、『おくのほそ道』に出てくる景観の情報を地質年表に落とし込んだ図表(p.38)などは興味深かったです。これも作られたんですか?

伊藤「はい。よくぞ、そこを聞いてくださいました!という感じです。ありがとうございます。2021年の年末から年始の休みのほとんどをそれに注ぎ込み作りました。まだ新書の話も出ていない連載記事の段階でです。時間の投資の仕方が間違っていたかもしれません(笑)。この連載の方に載せていた図では、芭蕉がどの時代の地層や岩石の上でどんな俳句を読んだのかが一目瞭然になっていて、一部のマニアにはたまらないかもしれません。誌面の都合上、新書では俳句部分を削除したんですが。この芭蕉ですが、10年ぐらい前から読むようになりました。あるとき、ふと、日本海ができたばかりぐらいの1500万年前の地図に、芭蕉と曽良が訪れた場所をプロットしてみたら、彼らが歩いているところの多くは、当時は海中だったことがわかったんです。これはおもしろいんじゃないかと思って書き始めました」

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―たとえば東北の中央付近は、火山から発泡しながら噴出した岩屑が溜まってできた地層が多く、孔だらけで脆い岩石に囲まれている、と。その形成の歴史を図版付きでわかりやすく解説した上で、その空間での「音のくぐもりを鋭く捉え、『岩にしみ入る』という素人にもわかるかっこいい表現にまで到達してしまった」(p.41)と書いています。こういう話は読んでいて楽しいですね。

伊藤「編集者の方から当初提案されたのも、松尾芭蕉の足跡に基づいて東北日本の地形・地質の成り立ちを紹介したような形式で、日本全国を網羅して1冊書くというものでした。でもそれは僕にはできません、と断ったんです。それを臨場感を持って成立させるためには、実際に日本各地を歩いた間宮林蔵、行基、空海、平清盛、西郷隆盛等々、いろんな人たちの足跡を丹念に追い、彼らの目を通して語りかける必要があるわけですから。それには、あと何十年かかるかわかりません。結果、いろいろと意見交換をする中で現在のかたちに落ち着きました。出版後に気付いたのですが、自分で毎日付けている業務日誌で振り返ったら、執筆・図版作成・校正確認で計800時間ぐらいかけていたんですよ。資料を読み込む時間を含めずです。遅筆にもほどがありますよね(笑)。SNSで『半日であっさり読めました!』的な感想も目にすると、一瞬、複雑な気分になります。まあ、私も美術館で画家が膨大な時間と情熱を注ぎ混んだ絵画の前をほぼ素通りしてしまったりするわけですが。読みやすい本に仕上がったということで喜ぶべきことと思います」

―古今東西の話題と地質の話題とを軽快に行き来する語り口は、普段の授業に通ずるものがありますか?

伊藤「そうですね。地質の話ってとっつきにくいところがあるようなので、余裕があるときはいろいろ材料を準備して、興味を引き寄せるように工夫はしています。導入が大事なんですね。それで学生さんの表情を見ながら、これは受けたなとか、これはいまいちだったなとか、手応えを得る。最初から地質の専門的な話に興味を持っている理学部の学生ではなく、教育学部の学生に向けた授業だからこそ、導入に力を入れてきたというのはあるかもしれません。そうやって茨大生たちに30年間鍛えてもらった成果がこの本なのでしょう。謝辞の原稿で最初そう書いていたら、「長すぎる」という指摘もあり泣く泣く削ったのですが...」

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―先生が編集を務めた『変動帯の文化地質学』(京都大学学術出版会)という本も今年(2024年)2月に出版されました。この本では、教育学部家庭選修の石島恵美子先生との共著で、茨城の郷土料理との関わりについて書いていますね。地質学と「文化」「文芸」との距離がだいぶ接近してきているのでしょうか。

伊藤「私自身もう還暦ですが、一般に年を取ると自分がこれまで行ってきた研究が、社会、さらには歴史とどういう関係があるのか、と総括したくなる気持ちが強まってくるように思います。少なくとも地質学の分野ではそうです。この本についても、若い執筆者も少しはいますが多くは年長の地質学者です(笑)。たしか最高齢は80歳台後半です。ただ、地質学の変遷という点では、もともと地質学は地下資源探査の学問として始まったんですよ。社会との関係は密接でした。その後、純粋な自然科学的な側面も重視され、地球の成り立ちが探究されてきました。その流れはもちろん現在も継続していますが、一方でここ20年ぐらいは、人との関わりを再定義してみようという機運も高まってきています。ジオパークもまさにそういう視点の活動ですよね」

―今回の新書を読んでいると、黒潮が対馬海流に分岐するのに絶妙すぎる対馬海峡の幅や深さとか、それによる降雨と地下水の関係とか、降灰と黄砂の影響で土壌が若く保たれ、それによって森林が維持できているとか、「日本列島はすごい」というタイトルのとおり、奇跡的ともいえる地質的条件に驚かされます。その一方で、終章では、今なお活火山が多い日本において、過去からのサイクルを踏まえればいつ大きな火山爆発が起きてもおかしくないという警鐘が鳴らされており、「ありがたさ」とリスクとをバランスよく認識しておくことが大事なんだと意識させられました。


伊藤「ありがとうございます。それが一番伝えたかったことです。何千年に1回のペースで噴火すると言われても、多くの人たちにとってはリスクと感じられず、具体的な政策にもなかなか反映されないのですが、何億年、何万年というスケールで地球の歴史を捉えているわれわれ地質学者にとっては、千年単位というのは結構短いスケールで、まさにいつ来てもおかしくないんですよ。その感覚をどう共有していけるか。
 私も若いときは自分の研究・教育に専念していて、周りの社会のことはほとんど目に入っていませんでした。ところが2011年に東日本大震災を経験し、虚無状態になったといいますか、自分は永年にわたって地学を専門にしながら、社会に対し何の貢献もできていないではないかと、ともかく途方にくれました。この本でも『日本列島の使い方』という表現をしていますが、まさにもっと違う『使い方』があったんじゃないかと考えてしまいますね」

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―「自分たちは、日本列島という『じゃじゃ馬』をまったく乗りこなせていない」という自覚が大事だと書いていますね。恵まれた条件によって資源がもたらされている「慈悲深い列島」と、それと裏腹の火山やプレートの運動の活発さという「危険な列島」の両面を理解した、より良い「使い方」とは、たとえばどういうことでしょうか。

伊藤「この本では、旧石器時代の鹿児島湾の噴火、縄文時代の薩摩硫黄島付近での噴火を踏まえ、都市一極集中ではなく、積極的・戦略的に分散するという方向性のみ主張しました。原則といえるかもしれません。近代地質学は明治以降に確立したものですが、これまで先人の情熱と努力の結果、日本列島の成り立ち・特徴はかなり鮮明にわかってきました。その地質学的な特徴に基づきつつ『日本列島に住まう』とすれば、どのようなかたちが理想的なのかという問いには興味がありますね。でもこれは経済の原則やこれまでの日本史の流れと合致しないのは明らかなので、それを主張し続けることは苦難の連続になることは間違いありません。かなりの図太さが必要になりそうです」

(取材・構成:茨城大学広報・アウトリーチ支援室)

書籍情報

伊藤 孝 著『日本列島はすごい 水・森林・黄金を生んだ大地』
(中公新書2800
発売日:2024425
定価:本体920円+税

プロフィール

いとう・たかし。宮城県生まれ。1987年 山形大学理学部地球科学科卒業、1989年 筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了、1993年 筑波大学大学院地球科学研究科修了。博士(理学)。筑波大学研究協力課協力部準研究員、茨城大学教育学部助教授・准教授を経て,現在茨城大学教育学部教授。共著書に『地球全史スーパー年表』(岩波書店)、『海底マンガン鉱床の地球科学』(東京大学出版会)など。