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汽水湖・涸沼を通して水環境・水資源の気候変動適応を考えるシンポジウム
―茨城大学が県と連携して運営する茨城県地域気候変動適応センターが主催

 茨城大学が茨城県と連携して運営している茨城県地域気候変動適応センターは、131日、水戸市民会館及びオンラインで、水環境シンポジウム「涸沼に関する適応のこれから」を開催しました。会場、オンラインをあわせて83人が参加しました。

茨城県地域気候変動適応センターとは

 気候変動の対策には、原因となる温室効果ガスの排出を減らして気温上昇を抑える「緩和策」と、それでも生じてしまう温暖化による海面上昇や豪雨災害、農作物などへの影響を予測し、対応していく「適応策」があります。茨城大学では気候変動の影響が顕著なアジアの諸地域をフィールドに、適応策の研究・実践に長年取り組んでいます。

DSC_3299.JPG 茨城県地域気候変動適応センターのセンター長を務める理工学研究科の横木裕宗教授

 日本では気候変動適応法により、各都道府県に地域気候変動適応センターを設置し、各地の影響を調査・予測して適応計画をつくるための支援を行うことになっています。茨城県地域気候変動適応センターは、20194月、全国で初めて大学に設けられた適応センターとして開設されました。大学が運営に関わっている利点を最大限活かして、学生や研究者が関わりながら、県内市町村の調査や適応計画策定の支援、また、報告書やシンポジウムを通じた積極的な普及啓発活動に取り組んでいます。

涸沼(ひぬま)への注目

 茨城県地球温暖化対策実行計画では、適応の7分野として「農林水産業」、「自然災害・沿岸域」、「水環境・水資源」、「自然生態系」、「健康」、「県民生活」、「産業・経済活動」を掲げています。今回のシンポジウムはこのうち「水環境・水資源」に焦点を当てたもので、ラムサール条約にも登録されている関東地方で唯一の汽水湖・涸沼(ひぬま)に着目しました。
 茨城町、鉾田市、大洗町の3市町にまたがって広がり、那珂川と太平洋につながっている涸沼は、海水と淡水が混ざり合った汽水湖で、貴重な生態系を育む地域の重要な水環境資源です。ヤマトシジミ漁でも有名で、ヒヌマイトトンボなどの絶滅危惧種も生息しています。
 茨城大学と涸沼の関係も長く、大学創設当初から研究者たちがフィールドワークを実施。1956(昭和31)年には茨城大学涸沼臨湖実験所が開設され、それが現在潮来市にある地球・地域環境共創機構(GLEC)水圏環境フィールドステーションのルーツとなっています。

hinumalab.jpg 涸沼臨湖実験所(「茨城大学十年史」より)

水の問題は上流での適応策が重要

 本シンポジウムでは、茨城県環境政策課の須藤夏海氏が茨城県地球温暖化対策実行計画について解説し、続けて茨城大学地球・地域環境共創機構(GLEC副機構長の藤田昌史教授が、水環境分野の適応策についての課題やポイントを説明しました。

 その後は、茨城県から霞ケ浦環境科学センターの大内孝雄氏、大学から茨城大学地球・地域環境共創機構(GLEC)の金子誠也助教、市民団体からクリーンアップひぬまネットワーク会長の水野恵美子氏という、官・学・民というそれぞれの立場からの研究成果や活動内容を紹介しました。

 このうち、藤田昌史教授は、水環境・水資源に関わる適応策のポイントを解説しました。
 茨城大学が事務局を務めている「気候変動影響予測・適応評価の総合的研究」(S-18プロジェクト)の調査によれば、20222023年時点での全国の気候変動適応計画などで紹介されている適応策531件を適応7分野に分類すると、水環境・水資源に関わるものは24件(5%)で一番少なかったということです。ただ、これについて藤田教授は、「水の問題はさまざまな分野に波及する。たとえば、上水道や下水道に関わる対応は『国民生活・都市生活』に分類されているが、それらも含めて大きく捉えれば、水環境・水資源に関わる適応策の重要性は高い」と話します。

気候変動影響の連鎖のスライド

 また、気候変動の影響は分野間で連鎖することが知られており、水環境・水資源の分野はその上流側に位置することから、「水環境・水資源の分野の適応策は大事」だと強調しました。
 続いて藤田教授自身が取り組んでいる、涸沼の水質、とりわけ生活排水がヤマトシジミの成長にどのような影響を与えるかについての調査結果を紹介しました。水温や塩分を変えた16の水質条件に対し、ヤマトシジミがどのようなレスポンスを示すかを実験で調べたところ、水温、塩分の上昇はヤマトシジミの抗酸化能力、成長力に影響(ただし、餌源があればあまり影響しない)し、さらに排水の影響は水温や塩分によって異なるということがわかったそうです。
 藤田教授は、下水処理のプロセスで栄養となる成分を残して排水している瀬戸内海の事例を紹介しながら、ブルーカーボンの促進にも寄与できる可能性を指摘し、「下水処理場においても、水をきれいにするということだけでなく、適応や緩和も考えながら進めていくことが重要だ」と提言しました。

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気温上昇、降雨、海面上昇の影響を踏まえた適応策を

 霞ケ浦環境科学センターの大内孝雄氏は、涸沼の現場の状況として、水の汚れ具合を示すCODChemical Oxygen Demand=化学的酸素要求量)と、プランクトン増殖の原因となる窒素・りんの量の推移を紹介しました。それによれば、涸沼のCOD1990年代後半から下がってきているものの、現在も国の環境基準よりは高い状態で推移しており、窒素・りんのレベルも「瀬戸内海と比べて一桁違う(高い)」とのことです。
 加えて、塩水遡上の状況についても解説。「地形上、いくつかの条件を満たさないと湖内への直接的な遡上はない」としつつ、「降雨による那珂川の水位の変化や、地震による地盤低下による湖底の高さの変化で遡上の条件も変わる」とも述べ、継続的なモニタリングの必要性を示しました。

 大内氏の報告に対しては、フロアで聞いていた茨城大学の三村信男GLEC特命教授(前学長)から、「気温上昇、降雨、海面上昇(地盤沈下)という3つで涸沼がどう変わるか、その変化を良いものととらえるのか、それとも対策が必要と考えるのかというのが適応策で重要なことだ。海面上昇まで考えれば涸沼は将来、塩分濃度が高くなるほうに動くと思う。そうした長期的な見通しをもって対処方針や計画を考える必要があるのではないか」というコメントがありました。

魚類の多様性とその保全に向けた対策 人材育成も課題

 茨城大学GLECの金子誠也助教は、茨城大学の学生だった頃から、涸沼をフィールドとした魚類の生態研究に取り組んでいます。今回の報告ではその成果の一部を紹介しました。
 金子助教の調査は、涸沼の①塩性湿地(ヨシ帯)、②砂地、③流入河川に着目し、それぞれの環境にどのような魚類が生息しているのかを詳細に調べたものです。
 調査の結果、塩性湿地では水産有用種や絶滅危惧種を含む多くの魚類が確認されており、このうち4分の3以上が海水魚や汽水魚、通し回遊魚という海とのつながりが必要な種だったということです。こうした魚類は塩性湿地を餌場や捕食者からの避難場、産卵場などとして利用している可能性があるようです。

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 一方、砂地では塩性湿地と比べて確認された魚類全体の種数は少ないものの、個体数は多いという結果が得られました。特に水産有用種のシラウオの多さが特徴的だったようで、金子助教は「湖岸の砂地はシラウオの産卵場になっている可能性がある」と述べました。また、近年の調査から、流入河川にはウツセミカジカなどの本湖ではあまり見られない種が複数生息していることがわかってきた一方で、特定外来生物のコクチバスの侵入が確認され、在来生物群集への脅威となっていることについて説明しました。
 金子助教は、最後に「涸沼の魚類の多様性を維持するためには、現在残された様々な生息環境を適切に保全することや、海域とのつながりの確保、外来種対策が重要であり、今後もモニタリング調査を継続することが大切。あわせてフィールド調査の担い手となる人材の育成も必要」と話しました。

涸沼を守る教育と共創

 続いて、涸沼の環境保全や学校などと連携した教育活動を行っているクリーンアップひぬまネットワークの水野恵美子会長が、「昔のように泳げる涸沼に戻ってほしい」という思いとともに、現在行っている取り組みを紹介しました。

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 その後の全体討論で、今回のシンポジウムで紹介されたような研究のデータが同団体の活動にどうつながり得るかを問われた水野会長は、「わかりやすい図やデータがあれば、子どもたちも大人たちも関心が高まり、教育の活動のレベルアップにつながる」と述べ、今後のさらなる連携への期待を示しました。

 進行を務めた茨城大学GLECの加納光樹教授は、「環境保全には教育も重要だが、それが体系的に行われていることに驚いた。子どもたちがしっかりと学び、活動している様子を知り、涸沼の未来は明るいと感じることができた」と話しました。

 最後に挨拶に立ったGLEC機構長の戸嶋浩明教授は、「水環境はすべての生物やSDGsの基本であるという点について、改めて考え直す機会となった。個人、チーム、行政・国のレベル、さらには地球レベルまで含め、総合的に考えていくことが重要。今後も共創の視点でがんばっていきたいし、ぜひ要望などがあれば寄せてほしい」と述べました。

(取材・構成:茨城大学広報室)