1. ホーム
  2. NEWS
  3. コラム・特集
  4. 人文社会科学の書棚から
  5. [人文社会科学の書棚から]原口弥生教授、川島佑介准教授、井上淳生講師

[人文社会科学の書棚から]
原口弥生教授、川島佑介准教授、井上淳生講師

人文社会科学部の学問について、教員の新著に関するインタビューを通じて紹介する不定期配信のシリーズの第11回です。今回は、2023年度に刊行された、人文社会科学部の先生の編著・共著3冊取り上げました。執筆・編集に携わった先生方ご自身に、著作の内容や出版のねらいについてご紹介いただきました。(企画・構成:茨城大学人文社会科学部

原口弥生・関 礼子 編
シリーズ 環境社会学講座 3
福島原発事故は人びとに何をもたらしたのか ―不可視化される被害、再生産される加害構造―
(新泉社 2023年9月刊 定価2500円+税)

 福島原発事故から10年以上が経過し、東日本大震災・福島原発事故に対する社会的関心はいっそう低下しつつあります。環境社会学という学問領域にとって、福島原発事故は非常に重要なテーマであり、今回、全6巻で構成される『シリーズ 環境社会学 講座』のなかで、福島原発事故を独立したテーマとして取り上げました。
 福島原発事故の風化が進むなかで、本書の各章が示すのは、見えない被害埋もれていく被害、そして新たに生まれる被害に敏感であることの重要性です。その被害の様相は浅くもなり、深くもなっており、刻々と変化する状況をとらえていないと、あたかもその被害ははじめから存在しなかったように、復興や生活再建の影に隠れてしまいます。人々の心に刻まれた傷はそう簡単に消えるものではありません。そこにある被害、ただし見えない傷や受苦をとらえ、「生活再建」や「復興」の本質をとらえようと奮闘しました。
 私が担当した第9章では、とくに〈「復興」と「再生」のなかで増幅され埋もれていく被害〉、あるいは時間が経過するなかで新たに生まれる被害を描き、分析しました。一部の被災者/避難者の方は、時間が経過することで、あるいは避難元の避難指示が解除されたことがきっかけとなり、新たな苦悩に直面することもあります。たとえば、外国人被災者の方で、時間の経過により在留資格の更新が難しくなり、結局、国外退去となった方もいらっしゃいました。
 被災者/避難者が、その被災のために本来の在留資格の維持が難しくなり、国外退去となったケースです。被災しただけでなく、生活再建の過程のなかで、本人が望まない方向へさらに人生が押し流された、まさに生活再建の過程の中で被害が増幅したケースでした。

yayoi_h

 事故直後には、「原子力安全神話」のために原子力は安全だと思いこみ、原子力を批判的にみる想像力にかけていたことが各方面から教訓として示されました。そして今、「福島の復興なくして、日本の再生なし」という掛け声があがるなか、復興にかんする批判はタブー視される傾向にあります。国主導のハード面重視の復興の在り方が指摘されていますが、将来の人々は、今まさに進められている復興を望んでいるのだろうか、と批判的な想像力で向かい合うことも難しい状況です。本書のなかでは、これを事故前の「原子力安全神話」の延長にある「復興神話」として指摘し、福島原発事故、そしてその後に続く復興が福島の人々に何をもたらしたのか、もたらそうとしているのかを問うています。
(はらぐち・やよい 人文社会科学部教授 専門は環境社会学)

Yasuhiro Takeda, Jun Ito, Yusuke Kawashima eds.
Civil Defense in Japan: Issues and Challenges
(Routledge 202312月刊 定価130 (Hardback) / 38.99 (eBook))

 本書のタイトルである、Civil Defenseとは、「国民保護」を指します。これは、戦争やテロが生じてしまい、人命に危機が迫った際に、人々の生命・健康をなるべく助けようとする政策です。そもそも戦争やテロなど決して生じてはならないのですが、まったく備えをしないのも心配です。私は、行政学を担当していますので、行政活動の観点から国民保護の研究グループに加わっています。
yusuke_k 2020-21年度に、私が代表者となり民間財団から研究資金を頂きました。もともと、全国の国民保護訓練を見てまわる予定でしたが、COVID-19の感染拡大で不可能になってしまいました。そこで、財団のお許しを頂き、2020年に出版した研究書(『論及 日本の危機管理体制』)に加筆しつつ英訳することで、国際的に研究を発信していくことにしました。
 私自身が執筆した2つの章では、法律と実態の間のねじれを明らかにしています。つまり、国民保護に関する法律と、現場で実際に展開されている活動との間には食い違いがあること、そしてそれが問題をもたらしていることを論じました。このねじれとは、三つあります。
 第一に、法律上は国による主導という意味での集権性が見られるのに対し、実態では地方自治体に委ねられた役割も大きいという分権性が確認できるということです。ところが、多くの地方自治体は、職員や予算は厳しく限られているため、期待された役割を実現できていない状況にあります。
 第二に、元来はすべての地方自治体でじゅうぶんな国民保護が実施されると想定されていましたが、分権性のために、国民保護の取り組み状況・取り組み内容に関して、地方自治体の差異が大きいという多様性が生じています。人々の生命・健康を守るという基本的な国家機能に関して地方自治体間で差異が生じてしまって良いのか、という疑問があります。また、多様性が生じると、地方自治体間の連携が取りにくくなるという懸念も無視できません。
 第三に、法律上は、危機の種類ごとに法体系や所管官庁が対応しているという分立性があるのに対し、地方自治体の現場レベルで危機管理間の融合化が生じています。すなわち、自然災害と国民保護の間で、人員・組織が重なっており、実際の対応も相互に参考にされています。もちろん、相互の参照は有益な面もありますが、自然災害と国民保護とでは、取られるべき対応策に違いもあるはずなのに、違いがあまり意識されず、不適切な実施が想定されているという問題もあります。
(かわしま・ゆうすけ 人文社会科学部准教授 専門は行政学)

井上淳生 共著
Lynn E. Frederiksen & Shih-Ming Li Chang(eds.)
Dance Cultures Around the World
(Human Kinetics, Champaign, US. 2023, US$ 117.00 ISBN 9781492572329)

 世界にはなぜ、こんなにもたくさんの種類のダンスが存在するのでしょうか。それらはどのような経緯で現在の姿になったのでしょうか。
 本書はこうした問いへの応答を試みた、世界のダンス文化を学ぶ初学者向けのweb連動型テキストです。25の国と地域を対象に計31人が関わりました。執筆者のほぼ全員がダンスや音楽演奏、演劇等の世界で実績を上げてきた実践者であるとともに、ダンスを多角的な視点から考察する研究者でもあります。私もそこに連なる形で23章「Dance in Japanese Culture」を担当しました。盆踊り(Bon-dance)や神楽(Kagura)、能(Noh)や歌舞伎(Kabuki)といった伝統的な踊りのほか、アイヌ古式舞踊や沖縄のエイサー、世界的にも評価の高い舞踏(Butoh)、そして私が関わる社交ダンス(Ballroom dance)と、幅広い対象を扱いました。

inoue

 執筆にあたっては、表層的な日本文化紹介にならないことに気を配りつつ、想定される読者(主にアメリカで学ぶ初学者)の期待にも沿うことも意識しながら、編者と出版担当者とのやり取りを重ねました。この過程は、踊りという観点から日本を見つめ直す良い機会になりました。
 本書のねらいは、世界のダンスの多様な姿を描くことを通じて、「世界言語(universal language)」としてのダンスと人類の関係を深く考察していくためのきっかけを読者に提供することです。
 本書の大きな特徴は、オンラインでの学習機会が随所に用意されている点です。読者は、出版社がweb上に開設したサイト(HKPropel)でアカウントを作成し、各章に関連する用語や関連動画、記事の閲覧、そして実技のインストラクションにアクセスすることができるようになっています。正直なところ、本文の執筆よりも、オンラインでの解説文の作成や信頼できるリンクの収集・精査、用語集の作成の方に多くの労力を費やしました。読者には、本文だけでなく、ぜひwebにもアクセスしてその仕上がりを味わって頂きたいと思っています。
 ダンスは、人間にとっての単なる「おまけ」ではありません。「ダンスと呼びうる現象」は時代や地域を越えて常に人間のそばにありました。時に未来への祈りを込めて、時に神的存在と一体となって、嬉しさや悲しさを含む様々な思いを人はダンスに託してきたということに読者が想像力を働かせる一助になれば、執筆に関わった一人として嬉しいです。
(いのうえ・あつき 人文社会科学部講師 専門は文化人類学)