1. ホーム
  2. NEWS
  3. コラム・特集
  4. 研究に恋して
  5. 世代間の価値観の圧倒的なギャップが少子化を加速させる―人社・笹野美佐恵 講師、韓国で拓かれた研究者としての道

世代間の価値観の圧倒的なギャップが少子化を加速させる
―人社・笹野美佐恵 講師、韓国で拓かれた研究者としての道

 韓国での世代間における価値観の圧倒的なギャップを分析し、出生率低下の真の理由を解明。その研究をもとに日本やアジアにおける少子化研究に情熱を注ぐ。(取材・構成:茨城大学広報室、撮影:新垣宏久)

笹野美佐江 講師
 大学で心理学を学んだ後、IT系の企業に就職。「結婚して、子どもを産んで、家族を支えて生きるのかな」という漠然なイメージを持っていたが、就職から2年後、仕事を辞めて韓国へ飛んだ。
 かつて姉妹を訪ねて滞在した米国で多くの韓国人留学生たちと交流し、韓国の若者への興味が高まっていた。「彼らは恋愛では日本よりもずっとリベラルに見える一方で家族文化は保守的。そして日々熾烈なプレッシャーのもと勉強に駆り立てられている。こうした韓国社会の構造を解き明かしたい」との想いから、語学学校と韓国語講師養成講座を経て、ソウル大学校の国際大学院に進学。ソウル大学校を卒業した女性たちへのインタビュー調査を行う中で、笹野講師自身もキャリアを熟考し、専門職として自立して生きる道に進むことにした。
 飛び込んだのは、ソウル大学校社会科学大学院の博士課程で、「圧縮的近代」という理論を提示して家族、生涯、政治経済を論じていたチャン・ギョンソプ(張慶燮)教授の研究室だった。しかし先輩からは衝撃的な言葉を聞かされる。「ここでは博士号をとるまで平均10 年はかかるよ」。その言葉は嘘ではなかった。チャン教授は学者肌で、指導らしい指導はほぼしない。博士論文のトピックを提案しては、ただ駄目出しを食らう日々。どうすれば良いかは教えてもらえない。

NZ8_9804.jpg 恩師のチャン・ギョンソプ教授の著書にはメモと付箋がびっしり

 そんな中、人口学を専門とする他の若手教員から「子供の人口変動による社会的波及効果に関する研究」というテーマの研究プロジェクトに誘われる。「先行研究を紐解くと、ほとんどの文献では日本と韓国の少子化を、保守的な家族文化という共通点から説明する研究ばかりだったんです。それは自分が感じ取っている姿とは違う。でもその違いを見せるツールがその時点ではなかったんですね」。
 そこで大学時代に学んだ心理学からヒントを得て、人びとの価値観に焦点を当ててみることにした。価値観に関する国際調査データを用いて、世代ごと、ジェンダーごとに分けて分析。すると、韓国社会における世代間の圧倒的な差異が顕わになった。「上の世代は驚くほど保守的な世界を生きていますが、若い世代は日本よりもジェンダー平等志向なんです」。ところがその偏差を無視して「平均値」で見ると、日本とほぼ同じか、やや保守的に見える。平均値で韓国の姿を見ると世代間の差が見えなくなるのだ。
 この結果をチャン教授に見せると、「面白い」と言ってくれた。8年目にして初めて教授がくれた「YES」だった。性別役割分業規範、結婚価値、子どもの価値......複数の視点から分析し、韓国では保守的な価値規範というよりも、圧縮的近代によって生じた価値観の世代間ギャップ自体が出生率低下に影響していることを示した。約300頁の韓国語の論文を書き上げた頃には、噂どおり進学から10 年の月日が経過していた。

NZ8_9807.jpg 10 年かけて取得した博士の称号記

 超高学歴社会となった韓国では、ソウル大学校で博士号を取得しても安定したポストを得るのが難しい。折よく茨城大学での採用が決まり、2022 年9月、水戸の地に足を踏み入れた。この夏はオープンキャンパスなどで高校生向けの講義も担当。「韓国の大学院で勉強をし直すことで社会構造や女性の置かれている立場に気付いたので、学生たちが今後の生き方、進路選択を真剣に考えるきっかけとなる授業づくりを心がけています」。
 韓国の出生率は0.78(2022 年)。最近は台湾や香港、シンガポールといった東アジアの他の地域の研究者との連携も広げているが、これらの地域も「圧縮的近代」を経験し、出生率の加速度的低下は韓国と同じような状況だという。「少子化も未婚も地方消滅も、もはや日本だけの問題ではありません。欧米の経験に基づく分析枠組みを導入するだけではなく、欧米とは異なる近代化を辿った東アジア地域の比較研究を通じて、少子化を捉える新たな視座を提供することに貢献したいです」。

笹野 美佐恵(ささの・みさえ)●人文社会科学部 講師

NZ8_9898.jpg

静岡県生まれ。2004年上智大学卒業。2021年8月にソウル大学校社会科学大学院で博士号を取得。ソウル大学校アジア研究所の研究員を経て2022年10月に茨城大学に着任。担当授業は家族社会学、ジェンダーの社会学など。studymylove.jpg ときには何十年、何百年後の未来を展望しながら学問、真理を追究する研究者たち。茨城大学にもそんな魅力的な研究者がたくさんいます。
 研究者自身による寄稿や、インタビューをもとにしたストーリーをお楽しみください。
 【企画:茨城大学研究・産学官連携機構(iRIC)&広報室】