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福島原発事故後の農耕地における放射性セシウムの長期的動態予測モデル
−100年間にわたる安全な農産物生産に向けた科学的理解のために−

 茨城大学農学部附属国際フィールド農学センターの小松﨑将一教授、中国生態環境部華南環境科学研究所の李沛然博士(研究当時、東京農工大学大学院連合農学研究科所属)、フランスのAndra(Agence Nationale pour la Gestion des Dechets Radioactifs)のYves Thiry博士、フランス電力(Électricité de France)の田中拓博士、広東省農業科学院農業資源と環境研究所の龔穎婷博士らは、2011年の福島第一原発事故以降の放射性セシウム(137Cs)の農耕地での動態に関する数理モデルを作成し、100年間にわたる長期的な影響評価を行いました。その結果、農耕地の放射性セシウムは、土壌中での溶脱や作物吸収による移動は100年間にわたりごく僅かであり、自然崩壊に伴い農耕地中での存在量は減少し、長期的に作物中の137Cs濃度は現状よりもさらに低下していくことが示されました。
 本研究は、農耕地における放射性物質の今後100年間にわたる長期的な環境動態について明らかにしたものであり、原子力発電所事故後における農産物の安全性確保について科学的根拠をあたえるための貴重な示唆を提供するものです。
 本研究成果は、2023年10月21日、オランダの科学雑誌「Science of the Total Environment」(2024年1月10日号)に速報版(オンライン)として掲載されました。

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研究内容

 2011年の福島第一原発事故以降の土壌から農作物へのセシウム-137137Cs)について、事故後100年間にわたる長期的な予測についての研究を実施しました。ここでは、放射性物質の生態系での動態に関する数理モデルを開発し、農業生態系の汚染の長期的な影響を評価しました。農業における耕作方法、例えば、土壌の耕うん方法やカバークロップの栽培は、137Csの循環において大きな影響を与える要因となります。

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図1 福島第一原子力発電所事故により降下した放射性セシウムの農耕地生態系での長期動体予測のための数理モデルの概要。2011年3月に降下した放射性セシウムの土壌中の移行と、耕うん作業やカバークロップ利用などの組み合わせた農作業体系との関係について100年間にわたる挙動を予測した。

 この研究では、事故後10年間のモニタリングデータを使用して、異なる耕作方法(不耕起栽培;NT、ロータリー耕;RC、プラウ耕;MP)やカバークロップ(ライムギ、ヘアリーベッチ、休耕)の条件下で137Csが農耕地生態系においてどのような動態をするかを予測する数理モデルを開発しました(図1)。
 モデルの検証と評価から、予測された値の時間的な変化は観測された値と一致しており、このモデルは信頼性があることが示されました。農業生産者が実施する耕うん作業は土壌中の137Csの分布に大きな影響を与え、それにより137Csが作物へ移行する量が減少しましたが、カバークロップの利用は137Csの作物への移行に長期的に影響を与えませんでした。さらに、MP処理下では一貫して放射性セシウムの作物への移行は最も低い濃度を示しました。また、福島第一原発事故から62年後には、RCNTの処理下では大豆の中の137Cs濃度が同等となり、環境再生型農業においても作物への移行は少なくなりました(2)。農業生態系における137Csの減少の主要な原因は自然崩壊であり、深い土壌への浸透や大豆の収穫による移動は非常に少ないことがわかりました。

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図2 不耕起栽培とカバークロップの利用を継続した場合の農耕地生態系での土壌、作物中の移動割合に関する長期予測結果。不耕起栽培とカバークロップの利用による環境再生型農業は、事故当初は放射セシウムの移行量は比較的多くなったが、長期的には漸減し、耕うん栽培とほぼ同等の放射性セシウムの移行量となった。

 本研究の結果は、適切な耕作方法を採用することが、作物中の137Cs濃度を長期的に低下させるのに役立つことを示すものです。今後、農業生態系の放射性物質の動態予測を進める上でモデルの精度を向上させためには、土壌の特性や極端な気象イベントが137Csの動きに与える影響をモデルに取り入れることを考慮することが不可欠です。

今後の展開

 この研究から得られたデータは、長期間にわたり農地での放射性セシウムの挙動を信頼性高く予測しているものであり、国際的にも非常に貴重なものです。これは、将来の農業管理方法の検討や、放射性セシウムの長期的な変動予測の上で大いに役立つでしょう。
 また、この研究では黒ぼく土壌を対象にし、農作業による耕うんや不耕起栽培、カバークロップの利用などが土壌内で放射性セシウムの移動や吸収、そして土壌から作物への移行量にどのように影響するかを明らかにしました。今後、農産物の放射性セシウム濃度をより広域的に予測するためには、土壌の種類による放射性セシウムの蓄積量や変動幅などを考慮する必要があります。したがって、今後もモニタリングと研究を継続していくことが不可欠です。

論文情報

  • タイトル:Modeling long-term transfers of radiocesium in farmland under different tillage and cover crop treatments
  • 著者:Peiran Li (李沛然), Yingting Gong(龚颖婷), Taku Tanaka (田中拓), Yves Thiry , Qiliang Huang (黄啓良), Masakazu Komatsuzaki (小松﨑将一)
  • 雑誌:Science of The Total Environment2024年1月10日号)
  • 公開日:20231021日(オンライン版)
  • 論文URLhttps://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0048969723064768

※本研究は、茨城大学震災復興支援プロジェクト、国立大学法人東京大学大学院工学系研究科原子力専攻連携重点研究制度、公益財団法人 飯島藤十郎記念食品科学振興財団などの補助・助成を受けて実施したものです。