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原発処理水放出の影響は―理・鳥養祐二研究室が取り組む水産物のトリチウム計測
「簡便な計測技法を広げて福島の復興に貢献したい」

 824日、福島第一原子力発電所のいわゆる「処理水」の海洋放出が始まりました。同発電所で発生した放射性物質を含む汚染水は、多核種除去設備(ALPS)などを用いて浄化処理され、タンクで貯蔵されています。ALPS処理後も水中にはトリチウムなどの放射性物質が一部残るため、それらを人体や環境への影響が科学的に無視できるレベルにまで海水で希釈して海洋に放出します。
 政府及び東京電力の計画については、IAEA・国際原子力機関も安全と判断していますが、人びとの安心につなげるためには海洋や海産物に含まれる放射性物質の量の継続的なモニタリングや透明な情報公開が不可欠です。

 茨城大学大学院理工学研究科の鳥養祐二教授は、主たる研究テーマは核融合ですが、2011年の東日本大震災による福島第一原発の事故以降、原子力に関わる専門家として福島の復興のためにできることは何かを模索し、実践してきました。

「(福島の)郡山の生まれなんです。2016年に茨城大学に移ってきたのも、福島のすぐ近くで復興に関わりたいという思いからです」(鳥養教授)

 原発処理水の対処について議論する専門家委員会の委員も務め、安全な方法を検討。トリチウムとはどういう物質か、処理水の海洋放出は本当に安全かといったことについて、メディアの報道取材にも積極的に対応し、懸命に発信してきました。

「トリチウムは自然にも存在する物質で、もともと海の水にも海産物にも含まれています。今回の計画どおり放出が遂行される分には、自然のレベルを大きく超えることはありません。それは大丈夫です」(鳥養教授)

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 しかし、漁業関係者や福島の人びと、あるいは水産物を口にする消費者の安心に確保においては、政府や東京電力が「計画どおり放出が遂行」してくれることへの信頼感と、環境や生物の継続的なモニタリングと情報公開が重要です。
 そこで鳥養教授の研究室では、海の水や水産物に含まれるトリチウムの測定方法の簡易化、最適化に約5年前から挑んできました。

 まず取り組んだのは海水の測定です。「液体シンチレーションカウンター」という機械を使用しますが、この機械でトリチウムの含有度を精緻に測定するには1日単位の時間を要します。しかし、比較の基準を設けてそれより少ないことを確認するだけであれば、時間を大きく短縮することが可能です。
 その後、昨年度からは、海産物の計測の簡易化を検討してきました。液体シンチレーションカウンターで魚介類のトリチウム含有度を調べるためには、乾燥させて水分を取り出さなくてはならず、それまでは2週間もの時間を要していました。

「水揚げした魚介類を実験室に運ぶのに丸1日、そのあと乾燥に2週間、それを液体シンチレーションカウンターに入れて数日間かけて計測......こんなに時間がかかっては、魚をお店に並べて消費者に届けるまでに全然間に合わないですよね。いかに短い時間で、簡単に、いろんな地域で計測するか。それを実現できなければ、消費者の安心にはつながらないんですよ」(鳥養教授)

 その鳥養教授が編み出したのが、魚介類を「マイクロ波加熱」する方法。そう書くと難しそうですが、要は家庭用電子レンジを使った方法です。実は、茨城大学理学部における研究の歴史に、このアイデアのヒントがありました。1999年の東海村JCO臨界事故のあと、理学部の一政祐輔教授(当時)が、電子レンジを使って植物から水を採取する方法を発表していたのです。

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 鳥養教授の研究室では、この方法を参考に、さらに汎用の用具を使って簡便に水産物から水分を採取する方法を探りました。そうしてたどり着いたのが、100円ショップでも売っているようなプラスチックの食品保存容器とジッパー付プラスチック袋を用いる手法です。

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 具体的には、まずはサンプルとなる魚介類を捌き、蓋に穴を開けておいたプラスチック容器に入れます。

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 その容器をジッパー付袋に入れ、電子レンジで100W15分加熱。その作業を手がけていた学生が、「電力が強すぎると袋に穴が開いたり、蓋が飛んじゃったりするんですよ」と、これまでの試行錯誤の経験を踏まえて教えてくれました。そうすると袋の中に水をためることができます。

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 あとは袋にたまったこの水を専用の容器に入れて、シンチレーターという油のようなものと混ぜ、液体シンチレーションカウンターにかけます。この機械では、トリチウムなどの放射性物質に反応して発光を起こすことができ、その光の粒を検出し、数えることで、含有度を調べることができます。水産庁の検出基準である100ベクレル/リットルのサンプルと比較すれば、基準値以下であることをすぐに確認することができます。

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 処理水の海洋放出の決定後、福島県内の大手流通業者から鳥養教授のもとへ連絡がありました。福島県や茨城県の魚を安全に食べてもらうために、店舗で扱う種類の魚の測定に協力してほしい――。研究・産学官連携機構も協力する形で受託研究としてスタート。取材した日は、試験用として処理水放出前の823日に水揚げされたというタイやヒラメ、ホウボウ、ホッキガイといった海産物が届けられていました。パックに書かれた地名を見ると、請戸や久之浜といった福島の漁港の名前が書かれたものとともに、那珂湊、大洗、河原子、久慈浜といった茨城県内の漁港で揚げられたものもあります。

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 今後こうした魚介物が研究室へ定期的に届くことになり、鳥養教授と研究室の学生たちが計測を行って、データを業者へ送るという日々が続きます。そうした情報は、茨城大学が監修した科学的なデータとして、店頭のポップなどでも消費者に伝えられる予定です。
しかし、大学の研究室で計測を行う数には限界があります。鳥養教授は、「大学としても人手が足りない状態ですが、理想は福島県の魚介類は、福島県内ですぐに計測ができること。できるだけ多くの人に取り組んでもらいたいので、この技術はオープンにしています」と語ります。 福島第一原発処理水の海洋放出をめぐっては、地元の人びとの葛藤や風評被害への懸念、海外の国・地域による禁輸措置など、今後もさまざまな課題を抱えながら、進められていくことになります。それはまた、科学と政治、科学と社会の関係がどうあるべきか、という問題をも私たちに投げかけ続けています。 「とにかく1日も早い復興、明るい福島を」――そう語る鳥養教授の目は、福島の未来を真摯に見据えています。

(取材・構成:茨城大学広報室)