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[人文社会科学の書棚から]荒木雅也教授、伊藤聡教授

 人文社会科学部の学問について、教員の新著に関するインタビューを通じて紹介する不定期配信のシリーズ「人文社会科学の書棚から」。第7弾となる今回は、2023年度前半期に刊行された、人文社会科学部の先生の著書、編者として出版した書籍を2冊取り上げます。それぞれの立場から刊行に携わった先生方ご自身に、書籍の内容や出版の狙いについてご紹介いただきました。(企画・構成:茨城大学人文社会科学部

荒木 雅也
地理的表示と日本の地域ブランドの将来(信山社新書、2023年3月刊 定価1,250円+税

 2015年に、愛知県味噌溜醤油工業組合は、地理的表示法に基づき「八丁味噌」を地理的表示登録するよう、農水大臣に申請しました。これをうけて農水大臣は、2017年に、「八丁味噌」を地理的表示登録しました。
araki_chizai01_2.jpg
 地理的表示法とは、登録制の地域ブランド保護制度です。登録申請を行う生産者団体は、生産方法、産地の範囲などを申請時に農水大臣に伝えることが求められます。認定・登録されれば、登録された産地名称(地理的表示)をアウトサイダーが用いることは禁止されます。
 八丁味噌の場合は、産地の範囲は愛知県全域として申請され、農水大臣の認定を得ました。この結果、愛知県産の味噌であれば、「八丁味噌」と名乗ることができることになりました。
 これに不満を持ったのが、岡崎市八丁町(八丁味噌の発祥の地)の生産者です。八丁町の生産者は、八丁町産味噌には他の地域には無い特徴(形や味など)があるとの認識のもと、「八丁味噌」と名乗り得るのは、八丁町産の味噌のみであるべきと考えました。
 そこで、八丁町の生産者は2018年に農水大臣に対して審査を請求しましたが、2021年に第三者委員会(農水大臣が設置)は農水大臣の判断に問題は無かったと結論しました。そして同年に農水大臣は、第三者委員会の結論を踏まえて、最終的に審査請求を棄却しました。
 八丁町の生産者は、これに納得できず、提訴に踏み切りましたが、2022年に東京地裁が、そして2023年に知的財産高裁が、訴えを退けています。
 こうして、農林水産省、第三者委員会、裁判所が一致して、当初の登録に問題無しと判断したわけですが、この判断に対しては反発もありました。実は、私自身が、第三者委員会の一員でありましたので、私自身に対してもかなり厳しい批判がありましたが、第三者委員会としては、八丁町外で生産されている「八丁味噌」も高い名声を博していることを示す事実が認められることなどを重視し、農林水産省の登録に問題は無いと結論しました。
 本書では、八丁味噌の他、和牛や茨城県産干し芋など幾つかの産品の産地名称保護の現状と課題について論じつつ、地理的表示制度の全体像を解説しています。また、海外において日本の産地名称が十分には保護されていないことが本書における問題意識の一つです。たとえば、八丁味噌は日本国内での争いを尻目に、中国で商標登録されてしまっています。和牛の幾つかの銘柄も、東南アジア各国で商標登録されています。
 本書に接して頂くことでこのような状況が一般読者に伝わり、産地名称や地名の重要性を認識して頂けますならば望外の幸せであると考えています。

araki_chizai02.jpg茨城県の最高級干し芋の一つ Episode ⅩⅢ(エピソード・サーティーン)
写真提供:那珂市農政課

(荒木 雅也(あらき・まさや)人文社会科学部教授 専門は経済法・知的財産法) 

伊藤 聡 斎藤英喜
『神道の近代 アクチュアリティを問う』(勉誠出版、20233月刊 定価3200+税)

 このたび、仏教大学の斎藤英喜さんと共同で編集した『神道の近代―アクチュアリティを問う』が刊行されました。近代神道の諸問題を扱った論文集です。私は神道や神仏習合を研究していますが、扱っている主たる対象は中世であって、近代はいわば専門外です(もうひとりの編者の斎藤さんは、古代から近代までの神道・陰陽道を扱うマルチな方ですが)。そんな私がこの論文集の編集に参加した理由には、近代神道の中に前近代の神仏習合的な伝統や信仰との断絶ではなく、連続面を見ようとする近年の研究動向の変化があります。
ito_god.jpg 従来、近代以降の神道は、国家・天皇制と癒着したイデオロギー=「国家神道」と見なされ、専ら政治史・政治思想史および神道学の分野を中心に研究が進められてきました。しかし、1970年代の半ばから幽冥観・心霊術・神仙道との関わりなどのスピリチュアルな側面も注目されるようになり、国家イデオロギーに収斂していかない多様な要素を含むものであることが次第に明らかになってきました。さらに近頃では、近代霊学と中世神道との類似性・相同性、中近世の偽史・偽書と近代以降に現れる「古史古伝」とよばれる偽書群の連続性なども指摘されています。時代を越えたアプローチが必要となってきているのです。
 近代神道を対象とする本論文集は、このような研究の最前線を示すべく企画されました。構成は、最初の総論に続いて、「Ⅰ 近代の国家と天皇祭祀・神社」「Ⅱ 国体神学と国民道徳論」「Ⅲ 異端神道/霊術/ファシズム」「Ⅳ 学問としての神道」の4章を立て、コラムを含む21本の論考から成っています。私は総論を担当し、「「神道の中世」から「神道の近代」へ」と題して、中世神道が近世を介して近代神道にどのように受け継がれたのかを辿ってみました。収められたその他の論考では、明治時代の催眠術・心霊研究と神道改革との関係、戦時下の日本型ファシズムの高揚と修験道再評価との関わり、植民地朝鮮における「檀君」(朝鮮の伝説上の始祖)信仰を国家神道に取り込もうとする試みとその挫折、神霊との直接交流を指向する中世から近代に至る霊学研究の系譜等、様々なテーマが採り上げられています。本の副題にある「アクチュアリティを問う」とは、これらの論考によって近代神道の多元性を示したいという、私たち編者の意図の表明なのです。
 21世紀に入り、神道がまた政治的に大きな影響力を持つようになってきています。またスピリチュアリズムへの一般的関心の高さも相変わらずです。本論文集に収められた諸論考が対象としているのは、おおむね昭和前期までですが、現代の問題を考えるときの手がかりを多く含んでいると思っています。一度手に取って読んでみて下さい。
(伊藤 聡(いとう・さとし)人文社会科学部教授 専門は日本中世思想史)