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リュウグウの炭酸塩から酸素濃度・ガス分子種の変遷を解読
炭素・酸素同位体比に基づく天体進化モデルを構築 形成・変質過程の手がかりに

 茨城大学大学院理工学研究科(理学野)の藤谷渉准教授、北海道大学大学院理学研究院の川﨑教行准教授および圦本尚義教授、東京工業大学理学院地球惑星科学系の横山哲也教授、東京大学大学院理学系研究科の橘省吾教授らの研究チームは、探査機はやぶさ2が回収した小惑星リュウグウの試料を分析し、リュウグウにおける酸素濃度や存在するガス分子種の変遷を明らかにしました。
 この成果は、2023年7月10日、Nature Geoscience誌に掲載されます。
>>プレスリリースをご覧ください

ポイント

  • 小惑星リュウグウの試料の炭酸塩粒子に対して、酸素・炭素の両方の分析を初めて網羅的に行った。
  • リュウグウに含まれる方解石と苦灰石の同位体比変動の違いがわかった。
  • 炭酸塩粒子から、リュウグウにおける酸素濃度・存在するガス分子種の変遷を解読することに成功した。
  • 今回の結果は、リュウグウの母天体の形成時、揮発性の高い成分が固体(氷)として取り込まれたことを示唆する。
  • 小惑星採取のサンプルや隕石の酸素・炭素の両方の分析は、小惑星や母天体の変質過程の解明にきわめて有効であり、今回の研究でそのモデルを示した。

背景

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機はやぶさ2は小惑星リュウグウから表層の物質を回収し、2020年12月に地球に試料を届けました。2021年の6月から初期分析が行われ、北海道大学の圦本尚義教授がリードする「化学チーム」は、リュウグウ試料の化学組成・同位体比から、リュウグウ試料はイヴナ型炭素質コンドライトと類似しており、水を多量に含み、母天体上で水による岩石・有機物の変質作用が顕著に起こっていることを明らかにしました。リュウグウ試料から、惑星の前駆体である小天体上での変質作用に伴う物質の進化が明らかになることが期待されています。
 一方で、リュウグウにおける変質作用の環境、例えば、温度・水溶液の組成・酸素フガシティ・共存するガス分子の種類などは、元の物質が変質作用を経て現在のリュウグウの姿になるまでの過程を決定づける重要な要素ですが、これまでその変遷は明らかになっていませんでした。

研究手法・成果

 初期分析の一環として、本研究チームでは、リュウグウ試料およびイヴナ隕石に含まれる炭酸塩鉱物(方解石:CaCO3および苦灰石:CaMg(CO3)2)の炭素・酸素同位体比を測定しました。炭酸塩鉱物は、リュウグウやイヴナ隕石の母天体において、水溶液から沈殿したと考えられる物質で、変質作用の環境に関する情報を保持しています。
 同位体比測定は北海道大学の二次イオン質量分析計を用いて行われました。特に方解石は粒子が10 µm以下と小さいため(図1)、一つの粒子に対して炭素と酸素の両方の分析を行うためには極微小領域の分析技術が必要でした。本研究チームでは、1 µmまで小さく絞ったビームを照射して分析する技術を独自に開発し、方解石・苦灰石の分析を網羅的に行うことに初めて成功しました。
 分析の結果、方解石では炭素・酸素どちらの同位体比も異なる粒子の間で大きな変動がある一方、苦灰石ではほとんど変動は見られませんでした(図2)。同位体比は、粒子が形成した温度および共存する水溶液やガスの同位体比を反映します。酸素同位体比の変動は、粒子が形成した温度の変化と、岩石との反応による水の酸素同位体比の変化で説明できますが、炭素同位体比の変動はそれらだけでは説明できません。本研究チームでは、炭酸塩鉱物と共存する二酸化炭素・一酸化炭素・メタンなど炭素を含むガス分子種の割合が変化すれば、炭素同位体比の変動を最も合理的に説明できると考えました。それらのガスおよび炭酸塩鉱物との間には、同位体分別と呼ばれる現象による同位体比の差異が生じるためです。それらのガスの割合は酸素フガシティに依存し、より高い酸素フガシティにおいては二酸化炭素の割合が高くなります。したがって、方解石はリュウグウにおける変質作用の初期、温度と酸素フガシティが上昇中、二酸化炭素・一酸化炭素・メタンの存在量が変化しているときに形成されたと結論しました。一方、苦灰石は系が平衡状態にあり、温度と酸素フガシティがより高く、ガスの中で二酸化炭素の割合が相対的に高い状態で形成されたと考えられます。以上の考察は、リュウグウやイヴナ隕石の母天体が形成したときに、二酸化炭素・一酸化炭素・メタンなど揮発性の高い成分が固体(氷)として取り込まれていたことを示唆しています。

今後の展望

 本研究で得られたような炭酸塩鉱物の同位体組成は、これまでの隕石研究では報告されていませんでした。このことから、リュウグウや隕石の母天体はそれぞれ異なる物質から構成され、独特の環境で進化したと言えます。今後の研究で、リュウグウや隕石の構成物質、特に揮発性成分(水や二酸化炭素、有機物など)の量や種類が後の進化に与える影響について明らかになっていくと考えられます。ところで、これまでの研究から、リュウグウの母天体は太陽から遠く離れた領域で形成したことが示唆されています。そのような極低温の領域で、どのような揮発性成分がどの程度の量で母天体に含まれるかという点も、今後の興味深い研究対象です。

図1図1:リュウグウ試料中の方解石の電子顕微鏡像(反射電子)

図2図2:リュウグウ試料およびイヴナ隕石中の方解石、苦灰石の炭素・酸素同位体比。方解石は苦灰石に比べて大きな変動を示す。水-岩石反応、温度上昇、酸素フガシティ上昇に伴う同位体比の変化は矢印で模式的に示す。

論文情報

  • タイトル:Carbonate record of temporal change in oxygen fugacity and gaseous species in asteroid Ryugu(炭酸塩鉱物が記録する小惑星リュウグウでの酸素フガシティおよびガス種の時間的変遷)
  • 著者:Wataru Fujiya et al.
  • 雑誌:Nature Geoscience
    公開日:2023/07/10
    DOI10.1038/s41561-023-01226-y