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「看板はまちそのものを映し出す」常総市との共同研究 
野立て看板から考えるまちづくり

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 まちを見渡すとさまざまな看板が目に入ってきます。民間が設置したものもあれば、自治体が設置したものもあり、さらに意識して見ると、「これはユニークだな」「何を伝えたいんだろう」「だいぶ古びてきているな...」などいろんなことに気付くはず。 茨城県常総市と茨城大学の共同研究では、景観などを踏まえた看板設置のマネジメントという視点から持続可能な地域づくりという課題に挑みはじめました。

DSC_7543.JPGのサムネイル画像理工学研究科M1の扇谷匠さん(右)と常総市役所・冨山和弘さん

 116日から20日まで、常総市役所1階の市民ホールで「かんばん展 常総のまちを案内するデザインたち。」というイベントが開かれました。
「かんばん展」といっても看板そのものが展示されていたわけではありません。自治体が設置した80以上の看板の写真を市内各所で撮影し、地区やテーマごとに整理してポスター状にしたものを、地図とセットで掲示しました。会場に入るとアンケート用紙が手渡され、来訪者はひとつひとつの掲示物を丹念に眺めながら、看板から感じる印象を評価していきます。

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「何をやっているんですか」と覗きに来る地域の方や市役所職員を出迎え、丁寧に案内をしていたのは、大学院理工学研究科博士前期課程1年(M1)の扇谷匠さん(都市システム工学専攻)です。プロジェクトをきっかけに、学部の卒業研究のフィールドとして常総市を選び、今回の研究にも関わってきました。

 この共同研究プロジェクトは、「関係人口を増やしたい」という常総市の想いに端を発し、来訪者や移住者を迎えるウェルカムサインの設置方針を考える、という課題から出発しました。

 常総市といえば、2015年に起きた大きな水害がまだ記憶に新しいところです。当時は茨城大学も災害調査団を立ち上げ、原因の探索や復興支援のための調査、学生たちによるボランティア活動などを行いました。その後も関係が続き、今回のプロジェクトの責任者である人文社会科学部の伊藤哲司教授らは、学校と連携した防災教育などにも継続的に関わっています。
 災害復興や防災の取り組みを進めるとともに、道の駅の開設や、常総インターチェンジの周辺開発などを手掛けてきた常総市。そんな地域の魅力をさらに発信し、人口や観光客の増加を図るべく、縁のあった茨城大学にウェルカムサインのデザインを相談したという経緯です。そこで伊藤教授が、建築・都市デザインを専門とする理工学研究科(工学野)の一ノ瀬彩助教、景観に関わる研究に取り組んでいる農学部の髙瀬唯講師、地域活動の研究者である全学教育機構の伊藤雅一助教に声をかけ、プロジェクトが発足しました。扇谷さんは一ノ瀬助教の研究室のメンバーとしてこのプロジェクトに参加しています。

 プロジェクトチームでは、さっそくウェルカムサインについて検討。しかし、すぐに疑問が湧いたといいます。
 これまでも研究室のプロジェクトや課外活動でさまざまな設計、デザインの事業に関わってきた扇谷さんにとっても、公共看板のイメージはあまりポジティブなものではなかったようです。

welcome_sign 現在のウェルカムサインの一例

「地方都市の野立て看板といっても、今ひとつパッとしないといいますか、あまり良い印象は持ってなかったんです。時代によってスタイルも変わるし、万人受けするデザインというのはないと思うのですが、これからも同じように量産するだけで良いのだろうか、という思いはありました」

 さっそく常総市内を探索し、既存の看板の状況を調査。すると、自治体が立てている看板には思っていた以上に多くの種類があることに気付かされます。人権や水道の安全に関するスローガンを記した看板、市内の観光名所への案内板、川での水泳を禁止する看板など......

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 一方でそれらは全体としてデザインの統一感を欠き、数も地域でバラつきがありました。
「常総市はかつての水海道市と石下町が合併してできたのですが、旧水海道のほうが旧石下よりも看板の数は多いんです。田んぼが多くて大きな幹線道路もあるので、看板が巨大化しがちという特徴も見られます」(扇谷さん)
 また、色あせて文字が読めなくなっているものや傾いているものなど、計画的な点検やメンテナンスが必ずしも行われていないのではないかと思われる看板もいくつか確認されました。
「今の法律では設置できないような仕様の看板もありました。耐久性の問題もあり、そうしたものを放置しておくことは命の危険にもかかわります。新しい看板の設置よりも、まずはそうした状況を把握して、現状の看板を精査することが優先ではないかという方針になりました」

 しかし、地域の看板の調査といっても、どういう観点で評価したら良いのかというのは難しい問題です。
 この日展覧会場に来ていた同プロジェクトのメンバーの農学部・髙瀬唯講師(ランドスケープ科学が専門)も「屋外広告看板に関する先行研究はあまり見当たりませんでした」と話します。
 たとえば、看板の内容だけを見せて、そのデザインから受ける快・不快の感情や、情報の伝わりやすさ・伝わりにくさを評価することはできるでしょう。一方、地域住民にとっての各看板の価値を把握するためには、看板そのものの印象だけでなく、常総市に対する愛着度を知っておく必要もありそうです。
 プロジェクトでは、こうしたさまざまな切り口を丁寧に検討しながらアンケートの作成を進めていきました。

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 地域の看板と景観の状況を俯瞰的にとらえ、統合的にマネジメントしていく視点が必要なのではないかと指摘します。
「これまでの調査によって自治体内でも課によってバラバラに看板を作っていることがわかり、設置の計画の時点で他の部署にも共有するなど、横の連携体制を検討することや、既存看板の共有管理シートの作成が急務となっています」(扇谷さん)

 こうした課題意識には、共同研究プロジェクトの常総市側の主担当者である市長公室常創戦略課の冨山和弘さんも共感します。
「確かに昭和のイメージの看板がそのまま残っていたり、設置時と周辺環境が変わってしまって見えづらくなっているような看板もあります。設置したのは良いものの、その後継続的に管理するという意識自体をもてていないというケースもあるようです」と冨山さん。
 そこで今回、市職員向けにこのテーマでのワークショップを行ったほか、調査状況も中間報告として市役所内で共有しました。「来年度予算を提案する段階でも、『今あるものを整理してからの方がいいんじゃないか』と看板の設置計画を見直したという部署もありました」と冨山さん。少しずつ変化が見られているようです。

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 また、展示を通じて市職員から得られたフィードバックとして、扇谷さんは、「わが子のように『これ、俺が設置したんだよ』と部下の方に説明している職員の方もいました。それぞれ思い入れがあったり、住民の生活に溶け込んでいるものもあるので、景観上良くないからただ撤去すれば良いということでもないのだと気づかされました。大切なことは自分たちのまちに誇りをもてることだと思うので、引き続きいろんな角度から人びとの印象を調査して良い形を探っていきたいです」と語ります。

 加えて、常総市は茨城県の中でもブラジルなど外国にルーツをもつ住民が多い地域です。既存の看板は日本語表記のみのものが圧倒的に多いことから、「英語、ポルトガル語の表記を入れるか、せめてひらがなを多用するなどの改良が必要になると思います」とも指摘しました。

 扇谷さんは語ります。
「大げさかもしれませんが、看板はまちをそのまま映し出すところがあります。看板がさびれていれば、まちがさびれている。外から来る人は1回見て終わりですから、良い地域づくりは、そこに住んでいる人たち自身が良いと思わないと始まりません。私たちの取り組みが、地域の人たちが看板をとおしてまちをもう一度見つめなおすきっかけになればうれしいです」

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 2年間の共同研究プロジェクトは今年度でいったん終了しますが、挑戦は始まったばかりです。これらの成果が、常総市の景観やまちづくりに留まらず、日本の自治体における総合的な観点からの看板のマネジメントという新しい専門領域の誕生にもつながっていくかも知れません。

(取材・構成:茨城大学広報室)