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パワー半導体β-Ga2O3の特性を左右する 水素の準安定状態を解明
-材料中の微量水素が持つ「2つの顔」に迫る-

 半導体材料の電気特性はその中に微量に存在する水素によって大きく左右されますが、その原子レベルでのメカニズムを調べる手段は極めて限られています。
 茨城大学理工学研究科(理学野)の平石雅俊研究員、東北大学金属材料研究所の岡部博孝特任助教、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所ミュオン科学研究系の幸田章宏准教授、門野良典特別教授、物質・材料研究機構 (NIMS) 機能性材料研究拠点の大橋直樹拠点長、および東京工業大学国際先駆研究機構元素戦略MDX研究センターの細野秀雄特命教授らの研究グループは、大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)の汎用µSR実験装置(ARTEMIS)を用い、パワー半導体として注目が集まるβ-Ga2O3中での「擬水素」としてのミュオンの局所電子状態を詳細に調べました。その結果、ミュオンはそれ自身で電子のドナー・アクセプター役に対応する2つの準安定状態を取ることが判明しました。特に、アクセプター状態の存在はJ-PARCの大強度ビームによる高統計データで初めて明らかにされたもので、最近提案された「両極性モデル」を支持する結果となりました。また、アクセプター状態のミュオンは伝導帯と電子をやり取りし、一時的に中性の状態を経由しながら結晶中を高速に拡散していることが示され、これにより微量水素がβ-Ga2O3中の電気特性に影響を及ぼす新たなメカニズムの一端が明らかになりました。
 この研究成果は、米国科学雑誌Physical Review B にLetterとして1月18日掲載(オンライン公開)されました。 

 詳しくはプレスリリースをご覧ください。

背景

 パワー半導体は、電圧の変換や交流から直流への変換などを担う重要な部品としてさまざまな電子機器に搭載されています。近年急速に進む自動車の電動化や低炭素社会の実現に向けて、効率よく電力を利用することが可能となる低損失で高効率なパワー半導体の開発が急務となっています。そこで、次世代のパワー半導体の候補物質として酸化ガリウムの研究が進められています。その特性から、現在主に用いられているシリコンよりも高耐圧で低消費電力となることが期待されていることに加え、大型の単結晶が容易に製造できるため、実用化の暁には安価で高性能なデバイスの作成が可能となります。
 応用上の課題として、キャリア密度などの電気特性を精密にコントロールすることが求められますが、そのためには電気特性に影響を与える主要因(不純物や、酸素及び、ガリウムの欠陥など)を理解し、さらには、合成やデバイスの作成法との関係などを詳しく調べる必要があります。その中で特に、水や水蒸気の形でいたるところに存在する水素は、あらゆる物質に含まれうる普遍的な不純物です。シリコン中の微量水素が導電性に大きな影響を及ぼすことが知られて以来、さまざまな半導体や太陽電池材料物質などの機能性物質中で水素がそれらの特性に及ぼす影響について注目を集めています。酸化ガリウムにおいても理論計算による研究から、水素がn型伝導に寄与しうることが指摘されています。つまり、製造工程などで不純物として水素が含まれてしまうと、電気特性が意図せず変化してしまう可能性があります。しかしながら、微量の水素を直接的に調べる手法が限られていることもあり、実験的な知見は非常に限られていました。
 そこで、酸化ガリウムの中で最も安定な構造を持つ型酸化ガリウム(以下β-Ga2O3)について、不純物としての水素の電子状態を解明することを目的として研究を行いました。

研究内容と成果

 研究グループは、不純物水素について実験的に情報を得られる数少ない手段として利用されてきた素粒子ミュオン(µ+)に注目しました。ミュオンは陽子の1/9、電子の206倍の質量を持つ、Hの軽い放射性同位体(平均寿命2.2マイクロ秒)とみなすことができます。物質との相互作用(化学的性質)という観点では、水素のそれとほぼ同等であることから、擬水素として扱うことができます(以下素粒子の名前µ+に替えてMuを元素記号として用います)。物質中に注入・停止したMuの状態は、ベータ崩壊を用いるミュオンスピン回転(µSR)法により高感度で検出できるので、Muを孤立Hの実験的なシミュレーターとして使うことができます。
 研究グループは、大強度のミュオンビームを利用できるJ-PARCのMLFにてβ-Ga2O3のµSR実験を行いました。その結果、ミュオンはβ-Ga2O3中でドナーとアクセプターに対応する2つの準安定状態となっていることがわかりました(図1: Mu1とMu2。Mu1は、前述の理論計算で報告されているドナーとなる水素に対応しており、そのような水素が実際に存在しうることを実験的に示しました。もう一方のMu2はアクセプター的な状態で、伝導帯と電子をやりとりしながら高速で拡散していることがわかりました。2つの準安定状態が存在することは、先行研究で報告されているβ-Ga2O3のバンド構造(図2)に基づく「両極性モデル」からの予言とよく一致していることも明らかになりました。また、ミュオンが示す2つの電子状態、特にアクセプター的Mu2の状態は、先行研究ではバックグラウンド成分と区別がつかず見落とされていたもので、J-PARC MLFにおける大強度のミュオンビームを用いることで初めて明らかになりました。

本研究の意義、今後への期待

 本研究ではパワー半導体として注目を集めるβ-Ga2O3について、電気特性を左右しうる不純物水素の電子状態をミュオンで明らかにしました。特にアクセプター的な状態の高速拡散は、材料の合成過程、あるいは光照射・電圧印加時などの非平衡な状況下での水素でも起き得ると考えられ、水素と他の不純物欠陥が複合体を作る原因となる可能性を示唆しています。また、擬水素としてのミュオンからの情報と、最近提案された両極性モデルを組み合わせた研究の有効性を示しました。
 今回明らかになった知見は、材料開発に大きな指針を与えると考えられ、小型でより高性能なパワー半導体の実現に向けての端緒となることが期待されます。
 本研究は、文部科学省の「元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>」(助成番号:JPMXP0112101001)、文部科学省JSPS科研費(No.19K15033)の支援により行われました。論文中に引用されたミュオンスピン回転実験は、KEK物質構造科学研究所による大学共同利用研究プログラム(課題番号:2013MS01、2019MS02)の支援のもと行われました。

  • 論文タイトル:「Local electronic structure of dilute hydrogen in β-Ga2O3 probed by muons (日本語題目:ミュオン研究によって明らかにされたβ-Ga2O3中の希薄水素の電子状態)」
  • 雑誌名:「Physical Review B」第107巻、L041201(オンライン版2023年1月18日)
  • 著者名:M. Hiraishi, H. Okabe, A. Koda, R. Kadono, T. Ohsawa, N. Ohashi, K. Ide, T. Kamiya, and H. Hosono
  • DOI:10.1103/PhysRevB.107.L041201

【参考図】参考図

図1 (a) 室温でのβ-Ga2O3のµSR実験結果

a),b)

図2 (a) β-Ga2O3でのミュオン(Muqi, q = 0,±1)の形成エネルギーとフェルミエネルギーの関係図

(b) ドナー(Mu+ = Mu1)とアクセプター(Mu-= Mu2)準位に対応したバンド構造の模式図