測量好きな小学6年生が学会で優秀賞!?
―附属小・鈴木泉輝さんと「齋藤先生」が見つめる地域の防災
教育学部附属小学校6年生の鈴木泉輝(みずき)さんが、今年8月に新潟で行われた第57回地盤工学研究発表会で優秀論文発表者賞を受賞しました。
一般の研究者と並んでの快挙、言うまでもなく小学生の受賞者は鈴木さんただ一人です。「測量がおもしろい。防災の役に立ちたい」と語る鈴木さんをこの世界に導いたのは、工学部の齋藤修特命教授でした。鈴木さんと「齋藤先生」とのストーリーをお届けします。
きっかけはおばあちゃんのご近所付き合いだった。
習い事などの事情で土曜日はひたちなか市のおばあちゃんの家で過ごすことが多かった鈴木さん。そのおばあちゃん家から徒歩30秒のところに住んでいたのが、ICTを活用した防災システムの専門家であり、近くの小学校でサイエンスサポーターも務めていた齋藤先生だった。虫が嫌いで理科にも苦手意識をもっていた当時5年生の鈴木さんに、「暇なら理科を教えてあげるよ」と齋藤先生が申し出て、週1回の "齋藤塾"が始まった。
5年生の理科と算数からスタートした勉強は、1対1の個人レッスンということもあってポンポンと進み、ほどなく6年生、さらに中学校で習う内容も先取りして、ついには高校で習う微分・積分などの学習にまで到達してしまった。
毎回コツコツと勉強をがんばっていることへの"ご褒美"が、齋藤先生が所有するドローン(UAV)に触れさせてもらえることだった。ラジコンさえいじったことのない鈴木さんだったが、すぐにのめり込んだ。そうして「コロナ禍で出かけるところがなくて暇だった」という今年の夏休みも、「じゃ、行ってくるね」と、ほぼ毎日齋藤先生のもとへ通って勉強を続けた。そのモチベーションのもとを尋ねると、「ドローンが楽しすぎちゃって」とはにかんでみせた。
講習会にまで通ってドローンの操作をマスターすると、次は測量にチャレンジすることに。まちでときたま見かける、水平器を使ったあの測量だ。これはドローン以上にハマった。
「こんなに高低差があったのか!......というのが数字で出るのが嬉しくて。言葉は嘘つくかも知れないけれど測ったデータは嘘つかないじゃないですか」と鈴木さん。自分の目と手を使って測るからこそ信頼できる気がするので、デジタルの測量機よりアナログの方を好んだ。鈴木さんの12歳の誕生日、齋藤先生は自身の測量道具をプレゼントした。「誕生日プレゼントに測量機をもらって喜ぶ小学生なんて普通はいないよね(笑)」。
さまざまな調査や防災活動のプランを構想しながらも、多忙でなかなか手をつけられずにいた齋藤先生にとって、ドローンや測量の技術をめきめきと身に付け、コツコツと楽しみながら調査に取り組む鈴木さんの存在は当然大きかった。
そのうち齋藤先生がいくつかのテーマを示しながら、研究論文の作成に取り組むことになり、齋藤先生のコーディネートもあって、学会にも参加するようになった。
鈴木さんにとって学術論文を書くという体験はもちろん初めて。「やったことを書けばいいと思って作文みたいに書いたら、めちゃめちゃ直されました」(鈴木さん)。そんな鈴木さんを、齋藤先生は子ども扱いしない。名刺も作らせた。そして鈴木さん自身も、学会での齋藤先生の所作をしっかり観察し、自分の振る舞いに活かしていった。
鈴木さんのこうした主体的な姿勢と研究に対するセンスを齋藤先生も高く評価する。「大人の書く文章はまだまだ書けないとしても、彼女はストーリーを構想することができるんですよ。それからどの写真を載せたいかを選ぶこともできる。それはたいしたものですよ」。
おばあちゃんの家やその近くの小学校の周りの測量を毎週(夏休みは毎日!)進めていた頃、齋藤先生のもとへひたちなか市の河川課から連絡があった。ハザードマップを新たに作るので手伝ってほしい、という相談だった。それならば、と、齋藤先生はひたちなか市のみなさんに鈴木さんのことを紹介。
年を経る中で、地形は多かれ少なかれ変化するし、上空から捉えた点群データに比べると、陸上でのひたむきな測量は、時間はかかるが土地の高低差の精緻な把握につながる。問題はその担い手が圧倒的に足りないこと。ところが、小学生の鈴木さんは地道な測量を趣味のように楽しんでいる(もっとも、正確には「趣味」は他にあるらしい)。
「彼女がデータをとってくれて、自治体がバックアップしながら、不完全だったハザードマップを良いものにしていく。これはいい取り組みにもなるし、論文にもできると確信しましたね」(齋藤先生)。齋藤先生のプロデュース心にも火がついた。そして、彼女が測量をしている様子の写真を見たひたちなか市の大谷明市長も、この取り組みに太鼓判を押した。
測量して高さの数値を地図に細かく書き込んでいく。「一直線の斜面かな...と思って測ってみると実はV字だったとか、ジグザグして不安定だったとか、そういうことがわかってきます」と鈴木さん。また、約50年前の冠水の箇所を記録した資料などを手にしながら、住民へのヒアリングも重ねて、土地利用の変遷や水の流れのイメージをつかんでいく。そして、高低差が100cm以上の場所は太い矢印、というように、大雨のときの水の流れを色や太さを変えた複数の矢印で地図上に表していった。すると、現状のハザードマップの中に、「ここはちょっと違うんじゃないか」と思う箇所がいくつか浮かび上がってきた。
この取り組みを論文にまとめて報告したのが、今年夏に新潟で開かれた地盤工学研究発表会だった。座長の強い興味を誘ったこの報告で、大学生たちもうらやむ「優秀論文発表者」を受賞できた。新潟まで同行したお母さん曰く、「今まで見たことがないぐらい喜んでいました」。
ヘルメットをかぶって測量をする小学生の少女の姿は、地域住民の間でも浸透しつつある。
「今日は何を調べてるの?」「ヘルメットを忘れてきちゃったの?」と声をかけられたり、お菓子をくれたりする人もいる。
そしてこの風景が、住民自身の地域への理解や防災意識を少しずつ育んでいる。彼女との関わりを通じて、「地区の雰囲気が明らかに変わってきましたよ」と語るのは齋藤先生だ。「以前だと、僕が作業していると、役所の人と思われているのか、『あそこの側溝を直してよ』とか言われたものですが、今ではみんな興味をもって声をかけ、主体的に関わろうとしてくれてますよ」。
地域をひたすら歩いて測量すると言っても、ひとりが取り組める範囲には限界がある。でもその使命感を胸に秘めながら技術や知識を身に付け、主体的に測量や観測に取り組んでいく小学生の姿は、着実に住民の心を揺さぶり、防災やまちづくりへの参加意識に火をつける。
研究者との出会いを契機とした鈴木さんのひたむきな試みが、波紋のように少しずつでも広がれば、ゆくゆくは日本の防災の文化そのものを変えていくかも知れない。
10月には京都で行われた土木学会全国大会にも参加した。報告や質問への対応はさらに上達していた。レセプションで会った京都市長もすっかり鈴木さんのファンになったとか。各学会でも小中学生も含めた「教育」の重要性を改めて認識したようで、鈴木さんへの講演依頼まであるらしい。
そのようにして調査、研究はこれからも続く。
「まずはあと2年ぐらいを目標に、勝田駅のまわりぐらいまで調査を進めていきたいですね。そのためにも測量技術を上げて、もっと効率よくできるようになりたいです」と鈴木さん。測量機を覗き込んだ先には、まちの人たちが自分ごと化して取り組む地域防災の未来が見えているようだ。
(取材・構成:茨城大学広報室)