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⾼温耐性を持った⽔稲品種の開発・導⼊基準を解明
―温暖化による⽔稲品質低下を防ぐ―

 国立環境研究所気候変動適応センターの増冨祐司氏、茨城大学地球・地域環境共創機構(GLEC)田村誠教授らの研究チームは、近年の温暖化により全国的に問題になっている水稲の品質低下、特に粒が白味がかった白未熟粒と呼ばれる低品質米の発生について、この発生を抑えるためには、いつまでに(When)、どの程度(How)高温耐性を持った水稲品種を開発・導入しなければならないかを調べました。その結果、日本全体としては2040年代までに現在の主要品種コシヒカリに対して1度から2度の高温耐性を持った品種を開発・導入する必要があること、また今後10年ごとにおおよそ0.5度ずつ高い高温耐性を持った品種を開発・導入していく必要があることを初めて明らかにしました。この結果は今後の温暖化に備えた長期的な新品種開発・導入戦略の検討などで利用されることが期待されます。
 本研究の成果は、2022年10月17日付でSpringerから刊行される緩和・適応分野の学術誌『Mitigation and Adaptation Strategies for Global Change』に掲載されました。

詳しくはプレスリリース(PDF)をご覧ください

研究の背景 

 近年の温暖化によって水稲の品質低下が全国的に問題となっています。特にこの品質低下で問題となっているのは白未熟粒と呼ばれる白味がかった米粒の発生です(図1)。農林水産省が行った調査ではこの白未熟粒の発生が実に2/3の都道府県ですでに問題になっていると報告されています。この白未熟粒が多く含まれると米の等級が下がり、価格が低下するため、生産者の収入低下に直結します。また一般に食味が悪いとされ、消費者にとっても良い問題ではありません。

図1図1 白未熟粒(左)と整粒(右)。白未熟粒は粒が白味がかっている。

 白未熟粒の発生を抑えるには高温耐性品種と呼ばれる高温に強い水稲品種を開発し、導入していくことが非常に効果的な対策と考えられています。実際に様々な高温耐性品種が既に開発され、導入されてきています。しかしながら、新しい品種の開発には10年単位の時間を要し、さらに開発された品種を導入・普及するのにも時間がかかります。このため、将来のさらなる温暖化を見据えながら、今後の新品種の開発・導入に関する長期的な戦略を検討していくことがとても重要です。そのような中、そもそも例えば10年後、20年後までにどの程度の高温耐性を持った品種を開発・導入しなければならないのかということについてはこれまで何もわかっておらず、長期的な戦略の検討の材料となる科学的な情報はありませんでした。

研究の目的・手法

 本研究の目的は、いつまでに(When)、どの程度(How)の高温耐性を持った水稲品種を開発・導入する必要があるかを日本全体及びそれぞれの都道府県において明らかにすることです。これにより、将来にわたり必要な高温耐性品種の育種開発・導入戦略の検討に資する科学的な情報の提供を目指します。

 まず同研究チームが2019年に開発した、気温を入力すると白未熟粒発生率を推計できる数理モデルに対して、高温耐性効果をもった水稲品種の白未熟粒発生率を仮想的に計算できるように改良を加えました。次にこの数理モデルを用いて、高温耐性を0度から3度まで0.5度刻みで変化させて、日本全国の各地点の白未熟粒発生率を計算しました。この際、2011年から2050年までの気温を数理モデルに入力し、現在から将来にわたる白未熟粒発生率を計算しました。またこの計算は、将来の温室効果ガス排出が多く気温上昇が大きいケース(RCP8.5)と、温室効果ガス排出が少なく気温上昇が比較的小さいケース(RCP2.6)の二つのケースで行いました。なお2019年に開発した数理モデルはコシヒカリを対象としており、今回の計算はコシヒカリに対して、高温耐性が0度から3度高い水稲品種の白未熟粒発生率を計算したことになります。

研究結果と考察

 図22040年代における白未熟粒発生率を色分けして示しています。図で赤いところは、等級低下が起こるような高い白未熟粒発生率の地域を示しています。上の図がRCP2.6ケースで、下の図がRCP8.5ケースです。一番左は基準品種(コシヒカリ)の計算結果で、右に行くほど、より高温耐性を持った品種を導入していることになります(左から高温耐性が00.511.52)。これによると、基準品種では2040年代には、西日本の沿岸部を中心に、等級低下を招くような高い白未熟粒発生率を示すことがわかります。またRCP2.6ケースとRCP8.5ケースを比較すると、気温上昇が大きいRCP8.5ケースでは、RCP2.6ケースに比べて高い白未熟粒発生率を示す地域がより広範囲に広がっていることもわかります。一方、図を右に見ていき、高温耐性品種を導入した場合の白未熟粒発生率を見てみると、赤い部分が小さくなり、確実に白未熟粒発生率を低減できることがわかります。

図2図2 2040年代の白未熟粒発生率[%](RCP2.6(上)とRCP8.5(下))。左から右に高温耐性の異なる品種を0.5度刻みで導入した結果。赤い部分は2等への等級低下を招くほどの高い白未熟粒発生率の地域を表している。

 上記の2040年代の計算結果に加えて、2010、2020、2030年代の計算結果も解析すると、例えば現状より白未熟粒発生率を増加させないためには、いつまでに、どの程度の高温耐性を持った品種を開発・導入しなければならないかを計算することができます。表1はこれをまとめたものです。これによると、2020年代には0度から0.5度、2030年代には1度、2040年代には1度から2度の高温耐性を持った品種を開発・導入しなければならないことがわかります。RCP2.6とRCP8.5の違いはありますが、おおよそ今後10年につき0.5度の速さで高温耐性を持った品種を開発・導入しなければならないということが今回の計算から初めて明らかになりました。 なお、論文中ではコシヒカリを主に栽培している都道府県を対象に同様の表をまとめています。これにより、各都道府県において必要な高温耐性品種の開発・導入目標が年代別にわかるようになっています。また今回の報道発表では、将来予測を行う気候モデルの違いや白未熟粒発生率を計算する数理モデルの推計誤差などを考慮した多数の推計の中位推計だけを示しました。

今後の展望

本研究では、数理モデルを用いて仮想的に高温耐性品種を導入した場合の計算を行い、0.5度/10年という開発・導入速度が必要であることを明らかにしました。しかしながら、実際にこの開発・導入速度が技術的に可能なのかはまだわかっていません。またそもそも現在高温耐性品種に分類されている品種が、例えば現在のコシヒカリに対してどの程度の高温耐性を持っているのかは定量的にはわかっていません。これは高温耐性を定量的に測る手法がこれまで確立されていなかったことが原因の一つとして考えられます。幸いなことに本研究で利用した数理モデルを用いれば、栽培データなどを用いて各品種の高温耐性を簡易に定量化することが可能です。したがって、今後の展開として、本研究で利用した数理モデルを用いて現在の品種の高温耐性を定量化し、これらの品種で今後白未熟粒発生をどの程度抑えることができるのか、更なる高温耐性品種の開発・導入が必要なのか、過去の品種開発・導入速度は0.5度/10年を満たしているのかといった問いについて、明らかにしていきたいと考えています。

論文情報 

  • タイトル:Breeding targets for heat-tolerant rice varieties in Japan in a warming climate
  • 著者:Yuji Masutomi, Takahiro Takimoto, Toru Manabe, Yoko Imai, Makoto Tamura, Kazuhiko Kobayashi
  • 雑誌:Mitigation and Adaptation Strategies for Global Change
  • DOI:0.1007/s11027-022-10027-4