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結晶表面超構造によるトポロジカル電子の制御
―表面原子層のみを操作して「頑固」なトポロジカル電子を「柔軟」に―

 大阪大学大学院生命機能研究科(理学研究科兼任)の大坪嘉之助教(当時。現職:量子科学技術研究開発機構主任研究員)、中村拓人助教、木村真一教授(兼:分子科学研究所教授)、Synchrotron SOLEIL(仏研究機関)のPatrick Le Fèvre博士、François Bertran博士、茨城大学大学院理工学研究科(理学野)の伊賀文俊教授らの研究グループは、結晶表面の原子構造を制御することにより、トポロジカル表面の電子状態が、結晶内部(バルク)の状態から予測されるものとは全く異なる状態を作り出すことができることを世界で初めて明らかにしました。

 これまで、TIの表面電子状態はバルクの電子状態の対称性によってのみ決まってしまっており、結晶表面が変わっても変化しないものと考えられてきました。今回、同研究グループは、TIの一種である六硼化サマリウム(SmB6)表面にバルクとは明らかに異なる対称性を持つ異方的な構造を結晶表面近くの数原子層だけ(表面超構造)に作製し、その電子状態を角度分解光電子分光(ARPES)により観測することで、表面電子状態がバルク結晶構造ではなく表面超構造の異方性を反映することを明らかにしました。これはTSSの制御手法として新たな方向性を提供する成果であり、トポロジカル表面電子状態を利用した低消費電力・高速な次世代素子、さらには量子コンピューターの情報伝達への応用が期待されます。

 本研究成果は、2022年9月24日(土)5時(日本時間)に米国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

研究の背景

 ここ10年ほど、結晶内部(バルク)の電子状態の対称性により分類される、トポロジカル物質の研究が盛んに行われています。その中でも、最初期に発見されたトポロジカル絶縁体(TI)は、バルクは絶縁体でありながら、その表面は高い電気伝導度を持つ金属であり、さらに、そこに属する電子スピンが電子の運動方向に依存した渦巻き状の偏極構造を持つことなど、次世代素子の素材として極めて有望な性質をもっており、その応用に向けて研究が進められてきました。 

 TIの表面電子状態、いわゆるトポロジカル表面状態(TSS)は、その性質の多くがバルク電子状態のトポロジカルな分類により決定されます。そのおかげで、結晶表面にどのような汚染や原子欠損があっても、バルクが無事であればトポロジカル表面状態は必ず出現することが知られており、様々な周辺環境で利用される応用製品にとって重要な利点と言えます。しかしながら、一方でこの特徴は、TSSを目的に応じて制御することが困難であるということも意味します。実際の半導体素子においては、特定方向にだけ電子を流したり電子スピンの方向を揃えたりといった制御機構が不可欠ですが、TIにおいてはバルク電子状態、つまり結晶全体の性質を変えなければTSSも制御できないと考えられていました。トポロジカルな分類の関係しない通常の表面電子状態においては、結晶表面に作った特殊な状態により、例えば1次元の鎖状に原子を並べることで、1方向にだけ電子を流すような技術は既に知られていましたが、TIにおいては表面に原子を並べてもバルク電子状態は変化しないと考えられているため、これによるトポロジカル表面電子状態の制御の可能性はあまり調べられてきませんでした。

press0928_1.jpg 図1 (a) SmB6の原子構造と今回活用した微傾斜面の模式図。
図1 (b) 得られた異方的表面超構造の電子回折パターン。実線と破線の丸印で示したスポットの強度差が異方性を反映。
図1 (c) ARPESで得られた表面電子状態のフェルミ面。斜めに延び、90°回転しても元の形に重ならない形状が見える。

研究の内容

 本研究では、TIの一種であるSmB6の表面を対称性の高い正方形の結晶面[(001)方位]からわずかに傾けて研磨し、超高真空中で清浄化することで新たな表面超構造を作製しました(図1a)。得られた結晶表面の周期構造を観測する電子回折パターン(図1b)では、バルクの正方形な結晶面の対称性が保たれていたならば等価になるはずの回折スポットに明暗が生じました。これは表面のわずかな傾斜によって生じた異方性を反映し、正方形の対称性(90°回転や鏡映)が崩れた表面超構造が得られたことを示しています。

 さらに、得られた表面超構造においてTSSの特長をつかむためにARPESによる観測を行いました。すると、図1cのように斜めの1方向にだけ明るいフェルミ面を持つトポロジカル表面状態が観測されました。これまでに知られていたSmB6(001)TSSは、結晶構造の対称性を反映して90°回転により元の形と重なるものばかりであり、今回新しく得られた180°回転でのみ重なる結果は、微傾斜した表面超構造の作製によって、これまでとは異なるトポロジカル表面状態が作製されたことを示しています。

 今回の結果は、これまで考えられていたように、TSSがバルクの状態を「頑固」に反映するわけではなく、超構造を含む表面原子構造の影響を強く受けて「柔軟」に変化することを示しています。過去の計算結果を注意深く検討したところ、実はこの結果は過去の理論的な考察と矛盾するものでは無いこともわかってきました。電子状態のトポロジカルな分類は確かにTSSの特長の多くを決定しますが、それは形や対称性を厳密に規定したものではなく、例えば「必ず奇数枚のフェルミ面が存在する」ことを予測しているだけというような曖昧さを含んでいたのです。つまり、ここでフェルミ面が1枚か5枚か、あるいはその形が等方的な円形や正方形か、今回のように1方向に長く伸びる形か、というような細部については実は定まっておらず、表面超構造を含む様々な「制御」の余地が残されていました。

今後の展望

 本研究成果により、バルクの対称性により「頑固」に性質が決まってしまっていると思われていたトポロジカル表面電子状態について、実は多くの自由度が残されており、表面原子構造を操作することで、「柔軟」に制御できることが明らかになりました。この成果は同電子状態を利用した低消費電力・高速な次世代素子、さらには量子コンピューターの情報伝達への応用が期待されます。

論文情報

  • タイトル:Breakdown of bulk-projected isotropy in surface electronic states of topological Kondo insulator SmB6(001)(結晶表面超構造によるトポロジカル電子の制御)
  • 雑誌:Nature Communications/li>
  • 著者:Yoshiyuki Ohtsubo, Toru Nakaya, Takuto Nakamura, Patrick Le Fèvre, François Bertran, Fumitoshi Iga, and Shin-ichi Kimura
  • DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-022-33347-0

共同発表機関・発表者

  • 大阪大 大坪嘉之助教(研究当時)
  • 大阪大 仲矢透 大学院生(研究当時)
  • 大阪大 中村拓人助教
  • 仏国・ソレイユ放射光施設 Patrick Le Fèvre研究員
  • 仏国・ソレイユ放射光施設 François Bertran研究員
  • 茨城大 伊賀文俊教授
  • 大阪大・分子科学研究所(クロスアポイントメント)木村真一教授