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茨城大学・県教育行政・高等学校の代表者が議論、教育の新たな共創へ
―「茨城大学トップメッセージフォーラム」レポート(下篇)

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 茨城大学、茨城県教育委員会・教育庁、茨城県内の公立・私立の高等学校の代表者が一堂に会して教育のあり方を議論する「茨城大学トップメッセージフォーラム」が、729日(金)、水戸キャンパスの講堂で開かれた。パネルディスカッションでは、高校現場での「探究」の取り組みの実態が紹介されるとともに、大学への率直な提言、期待が示された。(フォーラムの経緯を紹介する上篇の記事はこちら

探究と主体性育成の実践

 今回は、「茨城大学トップメッセージフォーラム」の後半、パネルディスカッションに焦点を当てて議論を振り返りたい。パネリストとして、森作宜民 茨城県教育長、茨城県教育庁から秋本光徳 学校教育部長、公立・私立の高等学校等から茨城県立水戸第一高等学校・附属中学校の髙村祐一 校長、学校法人茨城 茨城高等学校・中学校の梶克治 校長、茨城県立竹園高等学校の川村始子 校長、そして茨城大学から太田寛行 学長、教育担当の久留主泰朗 理事・副学長が登壇した。ファシリテーターは、高等学校の教員・校長や県教育行政トップである教育長の経験ももつ、茨城大学アドミッションセンターの柴原宏一 センター長が務めた。

 柴原センター長から、高等学校に携わるパネラーへ示された論点は3つ。①真の学力を育む各校の取り組みについて、②茨城大学に限らず大学の今の入学者選抜は、真の学力を評価できているといえるか、③大学に期待することは何か。時間の都合上すべてを充分に議論することはかなわなかったが、各高等学校の校長からは、現場での最新の取り組みの状況と大学への提言、期待が率直に示された。

 昨年度から中高一貫校となった水戸一高・附属中の校長で、茨城県高等学校長協会の会長を務める髙村氏は、大多数の生徒が大学進学を目指している同校の特質上、新しい学習指導要領下でも大きな変化は起きていないとしつつも、「ICTを活用した授業はどんどん取り入れている」と語る。また、「探究」の活動は以前から進めていたが、現状はあくまで生徒個人ごとのテーマでの活動に留まっていることから、新たな学習指導要領を踏まえて、今後どのように組織化し、学校として主体性の育成を進めていくか、検討しているところだそうだ。

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 茨城高校・中学校の梶校長は、「知識偏重の旧態依然の教育では子どもたちを支えられないが、『生きる力』という抽象的なものを学校教育の場でどのように展開していくかに悩み続けている」と、心境を吐露した。そして、「現実が軽視され、理念先行の改革で、振り回されるのは学校現場、ひいては生徒たちだ。生徒たちがいて、先生たちがいる、というリアリズムに立脚した上で、真の学力ということを考えていかなければならない」と鋭く指摘する。「理念を追究すれば入学選抜は複雑化していく。複雑化するほど一般の教科が軽視され、内容への理解が不十分なまま大学へ入ることが増える。『知識技能に偏った』と言われたセンター試験が、果たして何を評価し、評価できていなかったのか、広く検証すべきだったのではないか」との問題提起に対し、大学関係者はしっかりと耳を傾けるべきだろう。

 また同校では、医学部等への進学をめざす生徒を支援する「医学コース」を設置。このコースには、中学3年以上の生徒が自らの判断で参加する。コースへの参加につて「面接はあるが学力選抜は行わない。生徒の自己判断を尊重することが、一人ひとりの主体性の育成ということにつながる」と語る梶校長。入試に向かって教科の学習に努めること自体に問題があるのではなく、学びに向かう生徒たちの主体性に寄り添い、それを活かす場面をつくろうと努めている様子がうかがえた。

 茨城大学で経営協議会の委員も務めている、竹園高校の川村校長。同校でも、「探究を軸とした学びのスタイル改革」を進めている。「これまでは学究的な内容が多かった一方、社会的な課題の解決という視点が不足していたのではないかという反省から、社会課題解決の探究という実践を、大学院生や探究支援員の協力を得ながら進めている」と川村校長。年間2~3回にわたり、課題設定からまとめ・表現までのサイクルを回す年間計画に基づき、教員たちが取り組んでいるという。

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 また、探究以外の各教科でも「学力の3要素」が問われていることを踏まえ、評価の方法についても試行錯誤しているところだ。たとえば英語科では、複眼的な「ルーブリック」を使ったパフォーマンス評価の研究的な実践を始めたが、ここでも失敗と修正の連続だという。「ルーブリックや観点別評価も、やってみて、失敗してみないとわからない。定着まで3年ぐらいかかるのではないか」と語る川村校長の話からは、学校全体として探究へと向かっている真摯な姿勢が感じられた。

深い連携への第一歩に

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 こうした高等学校での試行錯誤の連続とリアリズムを、大学関係者はどれほど理解しているだろうか。
 その内省が、太田学長による、「高校での探究の取り組みをこうして聞くということが、私たちにとって大きい。大学の教員はほとんど察知できていない。大学に入ってくる学生たちが、それまで探究をやってきたということを、われわれはどれだけ考慮して受け入れていくか、ということを意識しなければならない」という言葉に如実に表れていた。

 続けて、高等学校の現場が、大学に対して具体的に求めること、期待することとは?

「高校生、大学生といういわゆるZ世代の若者たちの社会貢献意識は非常に高いと思っている。小さいことでも社会の役に立ちたいと思っている生徒は結構多くいる。そのZ世代の人たちが活動できるような地盤をつくってあげたいし、花開かせていくかいかないかは、私たちの環境の作り方にかかっている」と口火を切ったのは、川村校長だ。

 その「環境」づくりの具体的なアイデアとして、「大学生が高校生に対して、卒論のテーマをどうやって決めたかを語ってほしい」と提案。以前実際にやってみたところ、生徒たちの反応が良く、手応えがあったという。「探究活動で生徒たちはたいてい困るんですね。課題を決めてから、『これは違うかも』と止まる。失敗して学んでいくんです。だからこそ、困り、止まったときに、大学生、大学院生のアドバイスがあるとありがたい」と川村校長は語っていた。

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 また、県教育庁の秋本 学校教育部長は、「社会に開かれた教育課程」が重要だと述べる。高校内においても教員以外の多様な人たちを受け入れ、生徒たちが幅広いキャリアを学べる機会を作りたいとしつつ、大学に対しては、フォーラム前半で太田学長が示した、大学生が企業等で働きながら学ぶ「コーオプ教育」の構想を例にあげながら、「大学と社会との共創と同じような構図で、コーオプの高大接続版、大学の中に高校生が入って学べるような共創の場があると良い」と提案した。

 梶校長は、「主体的に学び、探究したいと思ったとき、各大学の研究内容に高校生がアクセスできるような機会を増やせないか」と提案。実際に梶氏が関わったある生徒は、「好熱菌」に関心をもち、専門家を探したものの、大学のホームページの情報から、高校生が研究の詳細を理解することは難しかったという。「その大学で何を学べるかについての発信や、研究室レベルでのレクチャーがあるならぜひ歓迎したい。そうした取組みを通じて高校生の学習意欲を引き出すことが大事」と梶校長。大学として真剣に考えたい貴重な提案だ。

 こうした具体的な提案に対して、さて、何から始めていくか―ということまでは深掘りできないまま、残念ながら終わりの時間が来てしまった。今回の議論はあくまで「キックオフ」。今回のフォーラムの参加者は、学内外の教育関係者、対面・オンライン含めて230人だった。高校現場からの実情の紹介と率直な提案に立ち会った「証言者」が、それだけたくさんいるということだ。大学は―私たちは―、これからどうするか。

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その具体的なアクションへの覚悟を胸にした太田学長は、「今日この日を、高校教育からの意見を聞いて、それに大学はどうしていけばいいかを語った記念日にしたい。この取り組みを継続しなければ記念日にはならない。まだ始まったばかりの歩みだが、今後もよろしくお願いします」と呼びかけた。

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(取材・構成:茨城大学広報室、写真:小泉慶嗣)