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海面上昇に対する堤防+マングローブの適応コストを全球レベルで計算
―土木学会論文賞受賞の研究成果をGLEC・田村誠准教授に聞く

pict_01.jpg地球・地域環境共創機構(GLEC)の田村誠准教授

 茨城大学地球・地域環境共創機構(GLEC)田村誠准教授らによる研究論文が、令和3年度土木学会賞の「論文賞」を受賞しました。対象となった研究は、堤防とマングローブを組み合わせた海面上昇の防護策のコストを、地球全体の規模で計算したというもので、分析に必要なデータを集めるのに2年を要したという貴重な成果です。田村准教授にインタビューをしました。

グレー+グリーンの組み合わせでコストに対する便益が1.5倍に

―地球全体(全球)レベルの分析を行った結果、気候変動による海面上昇、それによる沿岸の浸水への対応として、コンクリートの堤防(グレーインフラ)だけをつくるよりも、堤防とマングローブ(グリーンインフラ)を組み合わせた対策を進める方が、費用便益比が約1.5倍高くなるという結果が出たということですね。
田村「これはみんなが感じてはいたものの、これまで定量的に評価されていなかったんです。それを今回、グローバルなレベルで計算したというのは大きなことではないでしょうか。しかもローカルな事情も踏まえた評価をしているので、地域間の比較はもちろんのこと、それぞれの地域の評価や政策検討の枠組みとしても活用できるものになったと思います」

pict_02.jpgpct_03.jpg海岸に植えられたマングローブ

―112の国・地域に及ぶ沿岸部を対象としているということで、データを集めるのは大変だったのでは?
田村「まさに今回一番大変だったのが適応費用のデータベースを作ることです。堤防の情報というのは、安全保障上の問題もあって各国が必ずしも正確な情報を公開しているわけでありません。
 世界のマングローブの植生状況や特性については共著者である国立環境研究所の井上(智美)さんが詳しく、横木先生(理工学研究科 横木裕宗教授)は海面上昇、私は経済評価が専門です。これまでの調査の蓄積はありますが、それでも多くのデータを地道に集めなければなりませんでした。
 現状がどうなっているか、マングローブの植生や砂を運ぶ人件費はどのぐらいか、沿岸部の地形、面積はどうか、といった地域ごとに異なる事情を考慮する必要があります。文献だけでなく、現地政府や関係者に問い合わせたり、場合によっては現地に行ってヒアリングしたり、それでも足りないところは推計式を作って求めて......という感じで、データベースを作るだけで丸2年かかりました。その作業は、今回の論文の筆頭著者である愛媛大学准教授の熊野直子さんが中心的に行いました。熊野さんはこの調査を始めたときは茨城大学の研究員だったんです」

堤防の対策コストの評価研究はIPCC報告書でも多く引用

―日本の、しかも茨大を中心としたチームが全球レベルのデータを集め、対策コストの評価結果を発信できたというのは大きな意義がありますね。
田村「この研究には前段があって、もともとは環境研究総合推進費S-14(気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究)というプロジェクトで取り組んできたもので、最初は堤防に限ってそのコスト(適応費用)の全球評価を行ったんです。その結果、堤防を新設したりかさ上げしたりする対策にかかるコストより、それによる被害額の減少の方が大きい、ということを確認できました。実は、これまで被害額よりも適応費用の方が大きく何もしない方が良いのではないかという意見もありました。そうではない、防護策には意味があるんだ、ということを明確に示すことができました」

―そうしたこともこれまでははっきりと分かっていなかったんですね。
田村「研究枠組みとしては単純ですが、さきほども述べたとおり、適応データベースを作るという実作業が大変であまり手が付けられていなかったんです。
 このときの成果は2019年に論文になったのですが、それは先日IPCC(国連・気候変動に関する政府間パネル)が発表した第6次報告書でも複数個所で引用されるなど、大きなインパクトがありました。IPCCでも第5次報告書のあと、適応策の評価が重要だという認識を強めていましたから、そこを狙った研究でもありました」

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―それを今度は、グリーンインフラの評価にも広げていったということですね。
田村「地球上のすべての沿岸部に堤防を建てるというのは現実的ではないですからね。それでも、どういう効果があり、どのくらいコストがかかるのか、という情報がなければ、具体的な対策は進められません。浸水するところに堤防を建てましょう、というのはどこも一緒なのですが、マングローブも植えることで堤防の高さを下げたり、位置を変えたりはできる。グレーかグリーンかという2択ではなくて、組み合わせる、『多重防護』もあるはずです。」

―すべての地域でマングローブが植えられるわけではないですよね。
田村「そうです。防護策としてマングローブを使うためには、海岸から数百メートルの幅がないと不十分で、結構な面積が必要なんです。そうした土地がないところは堤防中心になる。また、マングローブは成熟するのに10年~20年かかりますから、その成長率なども考慮しなければいけません。
 今回の研究は、堤防のみのケース、堤防とマングローブを組み合わせたケース、さらに砂を入れて浜をつくり(養浜)新たなマングローブを植えるケース、という3つのケースでシミュレーションして、どこまでマングローブに頼れるかということを検証しました。別のプロジェクト(環境研究総合推進費2-1712:グリーンインフラを用いた気候変動に伴う沿岸災害の減災評価手法の開発)では、西表島のマングローブを横須賀の港湾空港技術研究所に持ってきて波の緩衝効果を調べるという研究もしたので、そうしたグループの成果も計算に利用しました」

pict_05.jpg今回検討した3つのケース

―その結果、養浜してマングローブと堤防を組み合わせる方法が、コストに対する便益も高くなるということわかった、というわけですね。
田村「そういうことです。全体で堤防のみと比べて約1.5倍となりました。ただ、国や地域によって大きく違います。ベトナムのように浸水域が多く、また海岸線が一様に長いところは効果が大きいといえますが、フィリピンのように小さな島が多く海岸線長が複雑かつ長いところでは対策コストが高くなると考えられます」

日本の適応策にどう活かせるか?

―日本国内の地域も対象となったのですか?
田村「マングローブの植生地を対象にしているので、日本は屋久島や西表島といった南西諸島などの一部の温暖な地域に限られています」

―それでも、全球レベルでの適応コストの分析は、日本国内の適応策を検討する上でも重要ということですね?
田村「そう思います。海面上昇の対策を考える上で、国際比較のデータの存在は重要ですし、長い目で見れば、現在の東南アジアの亜熱帯化は、数十年後に日本で起きることを先取りしているかもしれません。日本でのマングローブ以外も含めたグリーンインフラ評価は別途研究していきます」

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―2019年の堤防のコスト分析も今回のグレー+グリーンの分析も、環境省のプロジェクトでありながら、国内だけでなくグローバル規模での適応のコストについて詳細に分析するもので、それがIPCCの報告にも影響を与えているというのは大きなことです。一方、近年はよりローカルな、市町村レベルでの細かな適応策の検討も求められていますね。
田村「私が所属しているGLEC(地球・地域環境共創機構)は茨城県の地域気候変動適応センターの事務局も兼ねていて、まさに県内の市町村、あるいはさらに細かい単位での気候変動の影響予測や具体的な適応計画の検討に関わっています。それは気候変動の影響が日本でも顕著になってきているということの顕れでもあります。一方で、研究に対する公的支援が、目先に必要な近視眼的なものに集中する傾向が出てきているともいえるかもしれません。今取り組んでいるS-18(気候変動影響予測・適応評価の総合的研究)というプロジェクトでは、ローカル規模の詳細かつ高度な評価の検討を進めていますが、IPCCなどの世界的研究から見るとそれはケーススタディとみなされ、引用されづらい。それは研究者としてはある種のジレンマです。
 それでも私自身は、地球規模と具体的な地域の研究の両方を行き来したいと思っています。全球レベルで適応策を評価する視点は、より細かな地域の適応策を評価する上でも重要ですし、反対に地域の適応策に具体的に関わり、現実的な状況も踏まえた評価を考える経験が、全球的な研究枠組みをより高度なものにするのに役立ちますから」

―今後の課題は?
田村「海面上昇に対する適応には、防護、順応、撤退という3つのアプローチがあります。今やっている堤防設置などは『防護』です。『順応』は、たとえば高床の住宅を建てるといった、浸水を前提とした生活様式を取り入れること。『撤退』は、住宅やコミュニティを内陸側に移動させることです。
 今回の研究は防護に焦点を当てていますが、今後は撤退の効果、費用も計算していきたいです。順応というのは、防護と撤退という二極の間で現実的にとられる策ともいえます。まずはこの二極の効果や費用をはっきりさせたい。
 撤退のコスト検討というのは、事例が少ないので難しいところがありますが、日本では津波の被害に伴う集団移転施策などが貴重な事例となります。
 こうした、日本や茨城大学で蓄積されてきた経験や研究を踏まえて、今後も地球と地域の両方の視点を行き来しながら世界の適応策に貢献していければと思っています」

(取材・構成:茨城大学広報室)

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